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「お疲れ様でした…」
「ああ…どうした?マヌケな面が更にマヌケになってンぞ」
ひよりが西條に恋心を抱いていると知り、最早抜け殻寸前の祐樹に浴びせられる当の本人の言葉。
それは硫酸をかけられる骨。
祐樹は歪む顔の筋肉をまま怒りに変え、
「うるっせえ!西條さんがかっこよすぎンのが悪いンすよばかぁ!」
「は!?」
腹いせに自分なりの悪口を叩きつけ、報復をかけられないように軽く叩く。
しかしジャンパーの下は意外にも鍛えてあるのか、さすが元体操部というのか、祐樹の細腕が思い切り叩いても何ら効き目が無さそうだった。
いきなり意味不明なことを言われ叩かれる西條にとっては、最早何が何だかわからない。
「お前、褒めてンのか貶してンのかはっきりしろ!」
とにかく興奮を抑えようとそう言いながら肩を掴む。
掌に収まるほどの薄い肩に、西條は思わずまじまじと祐樹を見下ろした。
ぱっと見た感じそこらの男子高校生と変わらない体型だ。それなのに掴めば掴むほど細い。が、なぜかしっくりする。云わば女性とあまり変わらない細さである。
思わず、
「…お前、食ってないからカリカリしてんじゃねえの」
と言えば。
「食ってる!西條さんが優勝してもらった米美味しいからおかわりしたし!」
いらない方向に逆上された。
何をそんなに彼を奮い立たせたか西條にはわからないが、とりあえず謝っとけば何とかなるだろうと思い、言いたくは無いが口に出そうとしたその時。
事務室に居て帰りの仕度をしていたもう1人がドアを開き口も出した。
「あ、2人とも!お疲れ様です!」
奈多高の制服は全体的に翠を基調とされ、お嬢様のような制服である。
それを可愛らしく着こなすひよりは、西條は見た途端へにゃりと更に可愛らしく顔を歪めた。
その表情を見て、更に祐樹の心の傷は抉られるのに。
「どうしたんですか?岡崎先輩」
「ううん…なんでもないです…」
そして更に悪気の無い心配。
祐樹は恋愛の苦さにノックダウン寸前だった。
その様子を見て、大人な西條は気付く。
にた、と口の端をあげて意地悪な子どものような表情になり、祐樹の肩を抱き、ひよりの逆方向に向かせた。
いわば男の密会みたいなもの。
だが議題が。
「なに?東條に惚れたけど彼氏が居たってか?」
当たっているようで当たっていない。
そして祐樹を抉りずたずたにするかのような質問。
しかも本人。
苛め以外のなにものでもない。
「落ち込むなよ、オメーに東條はムリだ」
西條の言ったことは、「祐樹とひよりでは性格が似たようなものだから合わない」ということ。
しかし、祐樹にはそれが「俺にだったらいいけどな」に聞こえた。まるっきり皮肉と受け取った祐樹は、思わずぶるぶると怒りに震える。
どこまで無神経な男なのだと。
これのどこがいいのだと。
「…自分だったらいいンすか?」
「…ハ?」
「だから!…西條さんだったら似合うンすか」
「…あー…」
口を尖らせ、不服そうに見上げる祐樹。
その距離が意外と近いことを、祐樹は怒りと不服で気付いていなかった。
が、西條はその若い肌を見る。穴の開くほどに。
顔立ちはやっぱりいいな、なんてくだらないことを思いながら質問の意図を読み違えていた。
祐樹が言っているのはひよりと西條。
しかし西條が読み取ったのは、祐樹と西條。
どう考えても可笑しいのだが、西條はなぜかそう思ってしまったのである。
「…俺はしっかりもんだしな」
「自分で言ってる…」
「お前、バカだしなあ」
「俺は関係ないンじゃ…」
空いている手で、西條は後ろ頭を掻く。
うーんと唸りながら、じろじろと祐樹をまた見つめた。
不思議な顔をして見上げる祐樹。
その曇りの無い瞳に思わず、
「まあ結構合ってるっちゃ合ってるンじゃね?」
と言おうとした。
が、
「2人とも何話してるンですか?」
ひよりの高らかで大きな声がその声を打ち消した。
しかも何を思ってか西條と祐樹の間に顔を出したので、いきなりのどアップに祐樹の心臓が跳ねる。
同時に体も跳ねて、西條とひよりから離れたのだが。
「女にはわかンねぇよ」
「なんですかそれ!」
祐樹はやっと気付く。
祐樹は離れても、ひよりと西條は離れていないのだ。
唇が触れるか触れないかのギリギリで楽しそうに会話する2人。
傍から見るとお似合い以外のなにものでもない。
周りのオーラがきらきらと輝くばかりに。
やはり彼自身も言うとおり(といっても西條が言っているのは祐樹と西條なのだが)お似合いなのだろう。
導き出されるは両思いと言う将来。
ずき、
胸が痛む。
心臓と皮膚の間。
氷が落ちて、それが溶けて、そしてまた凍って。
そんな痛みが祐樹を襲う。
(…なんだ、これ)
叫びたい。
何かを、誰に?
誰に、彼に?
矛盾する思いと痛み。
祐樹は何となく口を開いた。
その後に続く言葉などわからないのに。
だが、その瞬間背後から台風が突風を吹かせた。
「ひよりに近づくな!変態があああ!!」
3人以外いるはずのないそこに。