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闇が段々と空を埋める。
まだオレンジ色が西を光らせるが段々と染まっていった。
そんな中、祐樹は小走りで駐車場へと向かっていた。
しかし、
重力というものは何と重たいものか。
何度も米袋は祐樹の腕から逃れようとずるずると落ちる。
それを何度も何度も抱えなおしながら、祐樹は必死に西條の車を探した。
彼の車は何度も見ている。
シルバーのセダン。ごくごく一般的な乗用車である。
しかし、逆を言えばそれが混乱を招くのだ。
なぜならここは、保護者用駐車場。
子どもと一緒に帰ろうとする保護者が大勢車を止めているのだ。
シルバーのセダンなど何台あることか分からないほどに。
運転席を見るしか方法が無いが、如何せんネックは推薦者でもらった米袋。
元々力が強い方ではない祐樹にとって、それはものすごいお荷物である。
一旦下ろそう、そう思ったその時。
重みが、消えた。
「お前、すげぇ目立ってたぞ」
「さ、西條、さん」
ぜえぜえと荒い息を何とか整えながら米袋を軽々と担ぐ男を仰ぎ見る。
更に担いだまま軽々と車に向かい、後部座席に詰め込む姿を見て、祐樹はまた少し落ち込んだ。
祐樹が西條の車に乗るのは初めてだった。
特に飾りッ気も無く香水の匂いもしない。
けれども、心地よい。
(…太陽のにおい…)
瞼の裏に映るは、先週の日曜の朝から出勤した時。
青空が広がり、綺麗な日差しが広がる中で、西條が花々に水やりをしていたのだ。
ひどく、きれいだった。
それは彼が男前だから、という単純な理由ではないように祐樹は思えた。
何だか花を慈しんでいるような、少し切なそうな顔つきだったのを覚えている。
けれども、その儚さに似たものがとても綺麗だった。
その情景と、太陽の香りは祐樹に心地よさを、与えた。
「…岡崎?」
ふと、隣から聞こえる『くぅくぅ』という音に疑問を覚え西條はちらり、と見る。
すると案の定祐樹は寝息を立てていた。
まだ浅見まで時間があるが、何となくもう一度西條は声をかけた。
ふにゃ、と笑みを浮かべる祐樹。
楽しかったのだろう。それを見ると西條までなんだか嬉しくなる。
初めて見る寝顔を見て、彼がいかに自分の前で怒ってるか脅えているかしかしていないのが分かった。
少し、空しくなる。
それでも、優しく差し掛かる最後の夕日は穏やかに祐樹の頬を照らしていた。
「岡崎…おい、岡崎」
低い声が祐樹の鼓膜を震わせる。
その声すらも心地よくて、祐樹はまた深い眠りに落ちようとした。が、
「起きろ!」
「ふぎゃっ!」
途端、額に走る痛み。
じんじんと染みるようなそれに驚いて目を開ければ、目の前には西條の掌。
明らかに叩かれたと知った祐樹は少し苛立った。
しかし、
「着いたぞ、どの辺だ」
「あ…」
目の前に広がる自宅の近所の風景に、爆睡していた自分が悪いのだと悟った。
申し訳無く、お礼と謝罪を呟きながら、
「ここらで大丈夫っす」
「大丈夫か?」
「女の子じゃ無いンすから…」
「…それもそうだな」
助手席から降りた。
すると西條も運転席から降り、後部座席から米袋を渡す。少し重さが大丈夫かと心配したが、距離があまり無いと言われ安心した。
じゃあ、と言って帰ろうとする祐樹。
ふと西條はその肩を掴み、引き止めた。
「え、」
いきなりの衝撃に、一瞬米袋を落としそうになるが慌てて抱きかかえる。
なに、と言おうとするがそれより先に西條が口を開く。
「来月の25日、空けとけ」
クリスマスだ、と思う間もなく何か紙をポケットに突っ込まれた。
「え、これ チケット…」
必死に見れば、それは今日のコンテストで優勝した際に、西條が貰った商品。
ここから少し離れた所にある、水族館と遊園地が混同してるテーマパークのチケットである。
それを寄越したうえに、25日を空けろなど、どう考えても。
(デート…って俺も西條さんも男!遊び行くだけ!)
ぐるぐる、と考えていればいつの間にか、西條は後ろ手を振って帰ろうとする。
祐樹は慌てて叫んだ。
「す 好きな人と行かなくていいンすか…!?」
あの、体育館で聞いた。
悲しそうな顔で言った。
『すきなひと』
すると、西條は少し驚いた顔つきで振り向く。
訪れ始めた北風が、緩やかにその髪を揺らした。
西條は、笑った。
「行けねぇよ」
その笑顔は確かに綺麗で、けども確かに悲しそうだった。
祐樹は、気づく。
あの笑顔は自分には向けられていないのだと。