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午後4時30分。
文化祭は大成功を修め、あとは帰るだけである。
と、言っても皆明日の片づけを楽にするために大体のものは片付けた。
抜かりない所はさすが進学校と言ったところか。
祐樹は西條を怒らせないようにと、なるべく急いで大体の片づけを済ませた。
さすがにまた直帰するわけにはいかない。
彼が文化祭をかけて学んだことだった。
ふと、顔を上げる。
慣れた教室が段々と戻ってくるのを、ぼんやりと瞳に映した。
なんだか、ひどく。
温かくて綺麗で、オレンジ色に包まれる教室に胸の辺りがじんと染みる。
「お疲れ、祐樹」
「雄太」
隣に余ったケーキを持って雄太がふらりと訪れた。
祐樹の分もとってきてくれたのだろう。美味しそうなミルクレープを差し出した。
それを嬉しそうに受け取りながら、祐樹はぼんやりと呟く。
「楽しかったなあ」
「なに、メイド服着たのが?」
「ちっげぇよアホ!」
いきなり叫んだので、口に含んでいたミルクレープの破片が飛ぶ。
前に居た委員長に数個飛んでしまい、慌ててカーディガンの裾で拭いた。
すると、眼鏡越しの目が心底嬉しそうに笑う。
「僕も楽しかったよ。きっとみんなも」
すると、片づけを大体済まし、余ったケーキや紅茶を飲んでいた皆が注目した。
「もうきっと受験勉強が始まるし、最後にこうして一致団結できたの凄い楽しかったよ」
少し寂しそうに言うその横顔は、声色よりも数倍寂しそうに見えた。
この高校は進学校。しかも結構堅い。
3年に1度の文化祭を終えればあとはもう受験勉強である。
他の行事はあるものの、もう残り少ないのだ。
残されたのは夏休み前の球技大会と、合唱祭程度。
しかし、この高校の中でも3年の国公立理系クラスは合唱祭などは免除になってしまうのだ。練習している暇が、無い。
だから、なかなかこういった皆で一致団結し、はしゃぐ機会が無かった。
それがひどく嬉しくて、そして寂しい。
「そ、そんなことねぇよ、最後なんかじゃ…」
「…岡崎君?」
急に祐樹が声を張り上げる。
困ったように眉尻をさげた。
皆が注目するなか喋るのは恥ずかしいのだろう、顔が真っ赤だった。
それでも戦慄く唇を必死に震わせる。
「…俺、いつもすぐ帰ったりあんまり皆と喋らなくて、どうでもよかった…けど、」
ぽかん、と皆口を開ける。
彼の言うとおり、祐樹はあまりクラスのみんなと喋ったりと交流を深めない。
ましてや放課後直ぐに帰る(バイトのためとクラス中にはばれている)のが大きな理由となっていた。
そして容姿も整っていると逆に話しかけにくいうえに煙草の香りが漂うのだ。
そんな彼が、はにかみながら。
「準備も、今日も、みんなと一緒に出来てすげぇ楽しかったつうか、…そのさ、
受験は団体戦って言うじゃんか、だから、俺みんなとなら頑張れる、と思うよ」
俺が言うのはあれだけど、と口ごもりながら言う。
じわりじわり、とみんなの胸に何かが染みた。
皆、受験は1人で頑張るものだと思っていたのだ。現に全ての教師や塾講師は「己との戦い」としか言っていない。
中学の時も、この高校に入るために気楽な他の生徒とは違い塾に通い詰め。
けれども、本当は違う。
そう彼の言葉で確信した。
「そうだね…僕も、頑張れる気がするよ」
「委員長、」
嬉しそうに委員長が祐樹に話しかける。
嬉しかったのだ、本当に。
いつも雄太としか一緒に居らず、あまり皆に干渉しない彼がそんなことを言ってくれるなんて。
「じゃあ、次は全員合格目指して頑張ろう!」
委員長が声を張り上げる。
皆も嬉しそうに声をあげて「おお!」と拳を突き上げた。
わいわいと皆が志望校や勉強方の会話で盛り上がる中、雄太が祐樹の肩を柔く叩く。
「…まさかお前がそんなこと言うなんてな」
男前だったぜ、なんてからかいながら。
頬を赤く染めて「うるせえ」と言いながらもはにかむ祐樹。
嬉しそうに皆が笑顔のなか、ゆるやかに時計が進む。
「…俺、このクラスでよかったなあ」
「…そうだな」
過去の自分を見つめる祐樹。
雄太は、そのどこかわからない遠くを見つめる彼の頭をくしゃくしゃに撫でた。