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まだ冷房を入れていないのか、少し蒸し暑いバスに揺られている祐樹。
ぼんやりと外を見ながら、雄太と他愛のない話を続ける。
夏休みの課外授業はどの位出るだとか、参考書の話だとか、勉学の事を中心に。

もう、高校3年の夏だ。
大学受験勉強真っ只中の彼らにとって、話題の中心は勉強について。

ふと、車外に映る景色は浅見の入口。
もうすぐ祐樹と雄太の自宅から近いバス停へと着く。
祐樹のバイトのシフトが入っていると、その1つ前のバス停で降りるのだが今日は無し。

無意識に、祐樹はバス停の傍にあるホームセンターを見つめた。
いつもと変わらない車の数。
初夏のおかげで、沢山の野菜や花の苗がズラリと並んでいた。
夕方前に、パートさんが水をかけたのだろう。
きらきらと光る緑の葉が、夏の始まりを告げていた。

残念ながら、外に出ている従業員はいない。
もちろん、西條の姿も見ることは出来なかった。

少し残念…と思いながらも、祐樹は早く帰って夕飯を食べることばかり考える。
西條のことはもちろん気になるのだが、それより空腹が勝っているのだ。
鳴りそうなお腹をさすりながら、祐樹と雄太はバスを降りる。


「夏休みは結構バイト入ってンのか?」

「うーん…そんなには。週3、4くらい。
夕方2、3日と、丸1日を土日どっちか」

「平日、課外だしなあ」


昨年の夏休みは、少しでも多く稼ぎたいとシフトをたくさん入れていた。
しかし今年は課外授業がある為、そういう訳には行かない。
毎日家で勉強しているとはいえ、教師に教わるものはやはり違うのだ。
それに、今年は学校ではなくクーラーが効く学習館で行う。
学習館とは、進学校である天明寺高校の敷地の一角にある建物だ。

図書館とは違い(多少の参考書や教科書などはあるが)本棚は少なく、
講義室と個別学習ルームなるもので成っている。
放課後、そこで勉強に励む生徒は少なくはない。

そして、3年生の課外授業は集中させる為にクーラー完備の学習館講義室で行うのだ。
2年生までは希望者のみ、教室。
教室は当たり前だがクーラーなんてものは付いていない。
そして、もちろん祐樹の部屋もせいぜい扇風機があるくらいだ。

暑がりな祐樹にとっては、とても有難い課外授業。


「ま、今のうちにバイト楽しんどけよ」


クーラーのことを考えていた祐樹に、突然雄太はさり気なく告げる。
受験も本番になってくれば、アルバイトは辞めなくてはならない。
元々、秋はじめまでという条件で入ったのだ。
航のようにバイトもギリギリまで続けながら…ということは出来なそうだ。

祐樹が、推薦入試に早く受かってしまえば、問題はないのだが。


「…そうだな、バイトも頑張るかー」


少し寂しそうな笑顔を浮かべて、祐樹はぐっと拳を握る。
最初は言われるがままにバイトを始めて、なんとなく勉強をしていた。
今では、自分ができるまで頑張ると、少し曖昧だけど目標を持って取り組める。
自分の微かな成長を、嬉しく思いながらもやっぱり寂しい。

今日中に、西條に必ずメールをしよう。

そう決めて、祐樹は腹を鳴らしながら雄太と別れて、帰路に着いた。



本日の夕食は、五目炒飯と餃子。
そしてなぜか更に、生姜焼きがついてきた。
今日の球技大会を知ってか、祖母が張り切ってスタミナ料理を作ったのだ。
とても美味しく、ぺろりと食べた祐樹だったが、更にデザートまで出されて困惑する。

「こんなに食えないよ」

「男の子なんだから、たくさん食べなさい」

祖母はまだ、祐樹の腹が少し出てきたことを知らない。
嬉しそうに自家製プリンを出す祖母の好意を、受け取らない訳にはいかず頑張って食べた。


(あんま腹いっぱいだと、勉強できない)


満腹になると、どうしても次に襲って来るのは眠気。
手早く風呂に入って目を覚ましたと思ったが、体が暖まってウトウトしてしまう。
慌てて机に向かい、冷たい麦茶を飲みながら数学の教科書を開いた。

祐樹が受ける大学は、理系の学科。
数学と生物並びに化学を重点している為、なるべく高い点数を取りたい。

だが、数字の羅列というものは何とも眠くなるものか。
現代文や古文のように物語性があれば「まだ」なんとかなるのだが、


(…えーと…証明…証明…)

よりによってササッと解けるものではない、証明問題を選んでしまった。
こくりこくり、と船を漕ぐ祐樹。

そのとき、突然携帯の着信音が静かな部屋に鳴り響いた。
普段はマナーモードにしており、メールの着信音はあまり鳴らない。
しかも、その音楽はジョーズだ。

先程まで祐樹を襲っていた眠気は、どこかへ行ってしまう。
目を爛々と輝かせて、携帯を慌てて開いた。
差出人はもちろん、西條。


『球技大会の映像見た。』


(…それだけ?)


報告のみ、の簡潔な文章に祐樹はガクリと肩を落とす。
もっとこう、頑張ったなとか、褒めなくても面白かったとか。
西條の感想を聞きたかったのに、と祐樹はちょっと落ち込んでしまう。
口を尖らせながらも、律儀に返信メールを打った。
祐樹も祐樹で、「頑張りました」とそれはまた返信しにくい内容を送る。

後は、明日のバイトで話そう…と中途半端にしていた証明問題に取り組もうとした。

すると、次はけたたましい音量で設定してある着信音が鳴り響く。
祐樹はメール以外の着信音を変えていないので、流れるのは演歌。
つまり、電話による着信である。
心臓を跳ねさせたまま、慌てて携帯を開く祐樹。
そして、更に慌てながら、通話ボタンを押した。


「も、…もしもし?」

『西條だけど』

携帯だから、着信相手は分かっているよ、と思いつつそこは西條だから仕方ない。
そう、着信相手は先ほどメールのやり取りをしたばかりの西條だった。
どうやら、メールを送って返ってきたら電話をしようとしていたのだろう。
時刻は8時30分を過ぎている。就業時間を過ぎており、恐らく自宅である。


「お疲れ様です、えと、なにか用事が…」

『…お前なあ…、まあいいけど。
ヒット打ったんだな、すげえじゃん』


一応付き合っているのに、祐樹はなぜかちょっと他人行儀。
やっぱりまだまだ自覚も、恋人としての対応も全く足りないのだ。
そんな祐樹に少し拗ねる西條だったが、すぐに球技大会の活躍を褒めた。

休憩中に赤井に映像を見せられた、と告げる。
有言実行な赤井に、少し祐樹は恨みを持ちながらも、褒めてくれた事を喜んだ。

目の前に西條がいないからか、いつもよりへにゃあと破顔してしまう。
一言だったけれど、とても嬉しい。
もじもじと体を揺らしながら、「俺超頑張ったから」と思わず言ってしまうほどに。

『背中にぶち当たってんのと、アウト取られたのはおもしろかったけどな』

「それも見たのかよ…!」


だが、即座に祐樹の恥ずかしいハプニング映像も見たことを言われてしまった。
くくく、と喉の奥から意地悪な笑い声が、受話器越しにも聞こえる。
あれは見ものだったから、赤井に赤外線で貰った事も暴露する。

自分の失態を見た上に、あまつさえ携帯に保存される事に祐樹は顔を真っ赤にした。


「消してくださいよ…はずい!」

『まあ、いいだろ。おもしれえから…それより、お前夏休みいつからだ?』

「え、一応20日からっす…」

突然変わった話題に、祐樹びっくりしながらも答える。
暑い地域だが、夏休みはそれほど長くはない。
7月後半〜8月後半までの約1ヶ月が、彼らの最後の夏休みである。

『22日辺り空いてるか?平日だけど』

「はい!あ、でも午前中だけは課外で…」

『午後平気なら、ヒット祝いに飯でも食いに行くか』

なんて、口実だけれども祐樹に食事の誘いをした。
本当は夕飯だとか、遠くに連れ回したいのだけれども、まだ未成年なのでガマンする。
ちょうど丸1日休みの西條には、都合がいい。


「行きます…!ま、待ち合わせは駅ですか」

『は?いいっつの、家か学校の近くに車で行くから』


学生じゃあるまいし、と西條は少し呆れる。
車持ちである西條にとって、わざわざ電車を使うのは面倒なのだ。
やはり自分とは生活感が違う西條に、祐樹はちょっと不思議な感動を覚える。
また、あの車に乗って、2人で出かけるのだ。

心が躍り、ふわふわする。


『食いたいもんでも、考えてろよ。
寿司でもウナギでも』

「ええ!そんな高いもんは…」

軽く拒否をしようとするが、祐樹達の住む県の都市に立派な割烹料理屋を思い出す。
そこで食べたことはないのだが、うなぎひつまぶしという美味しそうなメニューがあるのだ。
和食が好きな祐樹にとって、寿司やウナギはたまらないご馳走。
もちろん、ハンバーグやステーキ、オムライスも好きだけれども。

たくさん夕食を食べたというのに、食べ盛りの祐樹の口の中は唾液でいっぱいだ。


『ま、俺もボーナス入ったから旨いもん食いたいからな』

「おお、ボーナス…!」


祝いがてら使いたい、という西條の粋な気持ちに祐樹は感激する。
自分のために使ってくれるなんて、と嬉しくなった。
あまり裕福ではない経験と、アルバイト経験から祐樹にとってお金はとっても大事なのだ。
その分、他人が自分のために使ってくれることが、とてもありがたい。

楽しみです、とはにかみながら告げると、西條も嬉しそうに返事をした。
受話器越しの、機械音に似た声だけれども何だか不思議な感覚で、嬉しい。
このまま、時間が過ぎるのを忘れる位に。


しかし、あまり長いと通話料が洒落にならない値段になってしまう。
名残惜しいが、西條は「また明日」と告げ、電源ボタンを押した。
案外あっさりした通話の終わりに、祐樹は少し寂しくなる。

(…なんか、不思議だな…やっぱり…)

西條のことが好きで、西條からも同じ気持ちだと告げられて。
何度かキスを交わしたというのに、恋人という事実がいまいち受けいられない。


(でも、なんか…嬉しいな…)


着信履歴を見て、「西條瑞樹」の文字に微笑む。
彼に認められることが、とても嬉しい。だから、勉強も頑張れる。
そんな子どもじみた理由が、18歳の祐樹にはとても、大きいのだ。
もう時間も遅いし、明日は学校とアルバイト両方あるけれども、1教科だけでもやってしまおう。

心の中で「おし!」と掛け声をかけて、今一度問題に取り組む。
眠気はいつの間にか遠ざかり、黙々と問題を解いていく。

夏の夜は、短くあっという間に、過ぎていく。



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