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7月も後半に近づけば、本格的な暑さを見せる。
明日から夏休みで、本当によかったと祐樹は体育館で汗を流しながら思った。
今日は1学期の終業式。つまり、明日から夏休みということだ。
因みに、本日授業はなく、午前中で終わりである。
その分他の高校は前日に終業式を迎えているので、他より厳しいのか緩いのかよく分からない。
しかし、伝統ある高校故に体育館は地獄のような暑さだ。
(あー…早く終わンねえかな…今日は夕方からバイトだし…)
いつもの時間より早めに入れてもらったが、のんびりはできる。
夕方のシフトなので、あまり西條と一緒にはいられないが、楽しみだ。
ぼんやりと西條と交わしたメールを思い出しながら、時が過ぎるのをひたすら待つ。
お情け程度に開けてある、ギャラリーの窓から生ぬるい風が吹く。
うっすらとその風を頬に感じながら、祐樹は少しだけ目を閉じた。
終業式も終わり、生徒たちは皆散り散りに校門から出て行く。
祐樹達もその1人で、相変わらず雄太と一緒にのんびりと歩いた。
外はやっぱり茹だるような暑さ。
額や頬を流れる汗を拭いながら、祐樹は校内で買った清涼飲料水を飲む。
「暑いなー…祐樹、バイトまで飯食いがてら勉強しようぜ」
「賛成、涼しいトコに行きたい…」
今日は祐樹と一緒に昼食をとれるということで、心なしか喜ぶ雄太。
最近あまりこういった付き合いが無かったので嬉しいのだ。
対する祐樹は、あまり考えずにただ涼しい所に行きたいだけなのだが。
天明寺高校の近辺には、まあまあ店が多い。
歩いて行ける所にもあるし、お互いバスの定期券を持っているのでバスでも行ける。
とりあえず、昼食後少し勉強が出来るであろう近場のファミレスへと向かった。
夏独特の眩しい日差しが、並木通りに色濃い木陰を作る。
「サラダうどんにしよう」
ファミレスについて、メニューを見て早々に決めた祐樹。
王道の冷やし中華もいいが、祐樹はどちらかといえばあまり酢は得意ではない。
野菜がたくさん入って、涼しげなソレに目を奪われる。
それと一緒にカラアゲを頼んで、一息ついた。
雄太は、冷たいものではなく暖かいパスタを頼む。
暑いけれども、冷たい食べ物を食べる気分ではないらしい。
そんな彼の注文を見て、祐樹はぼそりと呟いた。
「…夏だから、やっぱし冷たい食いもんのがいいのかなあ」
「なんだよ、なんでもいいだろ」
俺の注文が気に食わないのか、と雄太は少し口を尖らせる。
雄太の趣向に発言したわけではないので、祐樹は慌てて首を横に振った。
「いや、そうじゃなくて、…今度、飯食いに行くんだけどどこがいいかなって」
「…まーた、飯食うトコで悩んでンの?」
前回もこのような悩みがあった気がする…と雄太は呆れた表情を浮かべる。
食べる場所など色々あるというのに、なぜそんなに悩むのか。
未だに少し他人行儀な祐樹を見て、雄太は水を一気に飲んだ。
「どこでもいいじゃん、夏休みだからファミレスは激混みだけどな」
今日は時間帯が都合よくズレているので、比較的空いているがこの時期の外食はどこもごった返す。
特に子供連れが来るところと言えば、ファミレスやバイキングなど。
食べ放題を狙っていた祐樹は、少し落ち込んだ。
少ない料金で、西條に遠慮せずたくさん食べれると思ったのだ。
「…うーん、俺がヒット打ったお祝いなんだけど」
「いっそフレンチとか」
「無理!俺、マナーとかわかんないし」
そこかよ、と雄太はケラケラと笑いながら届いたクリームパスタを食べ始める。
鮭とキノコが、濃厚なクリームスープに絡まってとても美味しい。
祐樹と西條の惚気のようなものは、つまらない事も無いが議題が議題だ。
お年頃な雄太としては、もう一歩先に進んだ悩みなどを聞きたい。
未だにデートの場所で悩んでいる…なんて、わりとどうでもいいのだ。
そんな雄太の心境も知らず、祐樹も自分の分のからあげを食べ始める。
同時に来たサラダうどんと食べ合わせると、夏バテから逃れられそうな気分になった。
瑞々しいトマトをゆっくり食べながら、祐樹はひたすら西條とのデート場所を考える。
(やっぱウナギかなあ…でも、あそこ1人3000円位かかるって噂だし)
雄太の言うフレンチレストランなんて、益々思い浮かばない。
普段出向く外食の店なんて、ファミレスぐらいしかないのだ。
あとはせいぜいラーメン屋。
どうしたものか、と祐樹は雄太と会話もせずに黙々とサラダうどんを口に入れる。
空になっても、少し残った鰹節を箸でつまみ食べながら。
「まあ、今日バイトの時にでも言ったらいいじゃん。
西條さん決めてくださいって」
祐樹の優柔不断具合に呆れたのか、雄太は適当に回答した。
根っこが真面目なぶん、祐樹は悩みはじめる点が浅いのだ。
雄太のあっさりした回答を聞いて、祐樹は己の優柔不断さに少し気づく。
いちいち、こんなに悩んでいたらこれから先大変なままだろう。
この関係が、いつまで続くかは、分からないけれど。
氷の溶け始めた冷水を少し飲むと、祐樹は「そうだな」と呟くように返答する。
そして、何を思ったか突然話を変えた。
「雄太は、東條さんとかと飯食ったことあるの?」
「…はあ!?」
突拍子もない質問に、雄太は思わず唾を気管に入れてしまうほど驚いた。
おかげで、なかなか止まらないむせりが始まってしまった。
ガハガハとファミレス中に響き渡る咳の音。
隣のテーブルに座る女子大学生達が少し怪訝な表情をしていた。
「雄太、大丈夫かよ…つか…気をつけろよ、恥ずかしいし…」
「お前のせいだろうが!なんだよ、突然に!」
普段からクールな幼馴染が、取り乱す場面は少し面白い。
抑えきれないニヤケ顔のまま、祐樹は「なんとなく?」と軽い返事をした。
さすがの鈍い祐樹も、ひよりが雄太に突っかかっていることは理解しているのだ。
以前、かわいいと思った祐樹にとっては少々複雑であるが、少し応援している。
「そんなんしたことねえよ、それに夏休みはわたにいが帰ってくるだろ」
「…まあ、…そうだけど」
「お前も報告しとけよ、西條さんの事も知ってるんだから」
少々動揺はしたが、いつもの調子に戻って話題を変えた雄太。
そういえばそうだったと、祐樹はひよりの話題を忘れ考え込む。
航が全てを知っていたかは分からないが、背中を押してくれた事は事実だ。
少し怖いけれど、航ならば優しいから大丈夫だろうと思う。
そして同時に、雄太の心には未だ航の存在がとても大きく残っていることを、しみじみと感じた。
祐樹自身が、男性である西條が好きな時点で何も言えない立場ではある。
けれど、性別を抜きにしたって、長年2人を見てきた祐樹は薄らと理解していた。
航の心の中の、そういう場所に雄太の手は絶対に届かない、という事を。
昼食も食べ終え、祐樹のバイト時間までのんびりと勉強をする。
夏休みといえば、課題。
その課題をさっさと終わらせてしまおうと、2人で取り組んだ。
課外の空き時間にも少しずつやる予定なので、あまり苦ではない。
しかし、祐樹は推薦入試を受ける為、個別に推薦用課外があるのだ。
高校生最後の夏休みだというが、忙しいのは仕方がない。
数学の課外の半分弱を終わらせて、祐樹と雄太はちょうどいい時間のバスに乗り込む。
そしていつものように、祐樹はホームセンター近くのバス停で降り、雄太と別れた。
こんな日常も、もう半年もせずに終わる。
「おはようございます」
ホームセンターの入口に入ると、宮崎が「おはよう、岡崎くん」と笑顔で迎えてくれた。
このアルバイト生活も、同じように終わりが近づいてきたのだ。
夕方のおかげか、仕事帰りであろう作業服を着た中年男性を横目で見ながら祐樹は事務所に入る。
いつもと同じドア、いつもと同じ自分のロッカーをあけて荷物を放る。
制服のズボンを、置きっぱなしのジーンズと履き替え、鮮やかな緑のエプロンに着替えた。
エプロンのポケットにしまったままの、タイムカードを取り出しながら出口へと向かう。
今日のアルバイトのシフトは、前半がレジ打ちで後半が品出し。
いつもと変わらない作業を思い出しながら、祐樹は早足でレジスターへと進んでいった。