15.
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結局、攻守交替を繰り返すものの、祐樹のクラスは対戦相手に押され気味のまま。
多少経験者がいるが、祐樹のクラスは進学クラスの中でも運動部がほとんどいない。
祐樹は自分のせいかな、と落ち込むが、案外全員がヒットなど打っていないのだ。

勉強を一番にしている生徒たちには、幾分と酷であった。


「もう、だんだんと試合終わるよね。
よし!最後に大声で、祐樹先輩のとき応援するか!」

「程々にしろよ…またガチガチになるぞ」


幼い頃から空手を習っていたひよりにとって、スポーツとは熱血そのもの。
太鼓を持って叩きたいほど、凪いでいる試合のはずなのに1人燃えていた。
対する赤井は、そんなひよりに少し呆れる。
懸命に応援するひよりのことは素晴らしいとは思うが、


(こっち見て口開けてるし…)


祐樹がそういう応援にとても慣れていないことは見てとれる。
案の定、自分の順番が来るまできょろきょろと辺りを見渡したり、
騒ぐひよりに気づいてビクビクしたりしていた。

試合の状況は、1−0で祐樹のクラスは負けている。
最終回になっているので、ちょうど祐樹が三振すれば試合終了だ。
プレッシャーに弱い祐樹にとって、よりによって…な状況である。


「岡崎クンで最後だね、さよならホームラン決めちゃう?」

「ホームランは、無理だ!」


それは祐樹も重すぎるほど分かりきっていた。
今まで受けた受験や、テストなんかよりとてつもない緊張感。
テストは準備が出来たけど、こればかりは!と、深いため息を震えながら吐き出す。

せめて、ボールにバットを当てる。
ヒット・ホームランまではいかなくても、できたら塁に出る。

頭の中で、必死に復唱。
震える手を抑えて、祐樹はバットを掴んだ。

本日何度も立った舞台に、足を少し竦ませながら構える。
目の前には、対戦相手の中でもピッチングが上手らしい同級生。
彼は祐樹を見るやいなや、もう勝ったも同然と言いそうな表情を浮かべた。
対戦相手も段々疲れて、次の試合に進むならばさっさと進みたいのだ。

そんな心情も汲み取れないほど、対する祐樹は余裕がない。
大の苦手である夏の暑さも忘れるほど、冷たい汗が背中を流れるばかり。
とにかく、西條に教わったことを思い出す。
熱心に、2人きりで教えてくれたことを思い出すと、少し破顔しそうになるがガマン。


(相手が投げてきたと同じくらいに…!)


バッティングセンターでの動きを思い出しながら、不格好に構えた。
瞬間、相手もゆっくり構えたと思った途端、今までセーブしていたのか割と速い球を投げてくる。
ぎょっと祐樹も驚くが、先ほど念じていたおかげか、バットを振ることができた。

そして、なんとも運がいいことに。


「…きたぁ!祐樹先輩打ったぞ!」


驚きのおかげで、力がいい具合に抜けたのかボールは気持ちよく空を飛ぶ。
打った本人も呆然として、走りもせず空を見上げるばかり。
そんな祐樹に、慌ててクラスメイトが「早く塁に走って!」と叫んだ。

その声にようやく祐樹は走り出す。
軽くパニックになりながら、一塁に向かって(自分なりの)全力ダッシュをする。
せめて一塁までに出たいと願いながら。

大した距離ではないのに、長距離を走ったかのような疲れ。
なんとか一塁にたどり着くが、祐樹の打ったボールが遠くまで飛んだおかげで「まだ走って!」と言われる。
三塁まで出ていたクラスメイトが、ホームベースに辿り着こうとしているのだ。
これはチャンス、点数を巻き返すことができる。

しかし、一塁に走っただけで息を荒げる祐樹に二塁まで走る体力はギリギリ残っているかどうか。
ただでさえ遅い脚力を必死にフル活動し、二塁までたどり着こうとした。


「あー!岡崎くん、危ないぞー!」


すると、走っている間に祐樹のボールを捕らえていた対戦相手が近くまで来た。
よりにもよって、祐樹が向かっている二塁の傍だ。
逃げるべきかそれともそのまま突っ込むべきか。

打っただけで精一杯の祐樹は、残念ながら逃げるという臨機応変な行動ができず。

「アウト!」

祐樹の汗だくな背中に、「ポン」と優しくタッチされたのだった。
自分でヒットを打って自分で回収される、という何ともある意味場を独占した祐樹である。
本人はアウトになったことに、ショックでなにも見えていないのだが、
ホームベースに1人戻った為、1点祐樹のクラスに入ったのだ。

1−1の引き分けで、最終回終了。
延長戦にもつれ込み、これは準決勝に進めるかという期待に周りは溢れた。
しかし、良い運はそれほど長続きしないのか、延長戦で1点取られてしまい、あっさり敗北。


祐樹のクラスは、1回戦敗退という結果で終わってしまった。




「ごめん、俺があの時もっと速く走れてたら…」

タオルで汗を拭いたり、水分補給をしながら「終わったー」と言い合うクラスメイト達に祐樹は頭を下げた。
せっかく練習して、いい所まで来たのにと後悔する。
終わってしまったことだし、大きな試合でもないのだがやっぱり悔しい。
すると、一緒に戦ったクラスメイト達は目を丸くして、


「いや、岡崎くんが気にすることじゃないっしょ。
面白かったよ、あの走り方」

「そう、幽霊に追いかけられてんの?って走り方…」

「それにうちのクラス、女子以外壊滅してるから気にすんなって。
俺たち的にはこれから塾あるから体力残しておきたいし」


口々に爽やかな慰めの声をかけてくれた。
延長戦にもつれただけでも、対戦相手の実力と比べれば大したものだ。
それにやっぱり、ガチガチの進学クラスとあってか学校行事は楽しむ位で済ませたいらしい。

悔やむ気持ちすべては拭えないが、優しい言葉に祐樹の心は救われる。
何度もお礼をチームメイトに言いながら、祐樹も持参の麦茶を飲み干す。
試合中あんなに暑さを忘れていたのに、今はもう暑くてたまらない。
よく冷えた麦茶が美味しくて、喉を鳴らしながら飲み干した。


「そういえば、岡崎クンの応援してた女の子呼んでたよ」

「げ…忘れてた…」

爽やかな気持ちでいる間もなく、応援に来ていたひよりと赤井を思い出す。
試合を見られていたこと自体が恥ずかしいし、自分がアウトになったことも恥ずかしい。
とてもじゃないが行きたくない。
しかし、せっかく報告してくれたクラスメイトに申し訳ないので、祐樹は渋々2人の元へ向かったのだった。



「お疲れ様でーす!見てましたよ!
ホームランまではいかなかったですけど、ヒット!」

「まさか打つとは…予想外で面白かったっス」


フェンス越しに赤井とひよりは興奮しながら、祐樹を褒める。
予想外の反応だったので、祐樹は呆然としながら「ありがとう…」と呟いた。
子どものようにはしゃぐ2人に、1人ついて行けず呆然としていると、

「祐樹お疲れ、いやーお前のうろたえぶり凄い面白かった」

背後からいきなり、祐樹の背中を叩きながら雄太が現れた。
いつの間にどこからか見ていたのだろう、わざわざプレイバックするかのようにあの走り方は…と話し出す。


「うるせえ!一生懸命走っただけだ」

「手足が一緒に出てるんじゃないかって思ったぞ、俺は」

「冷静に分析するな」


幼馴染同士の会話を聞きながら、ひよりはじっと雄太を見つめる。
そんなひよりの視線に気づいた赤井は、慌てて携帯を取り出し、


「ほら!ばっちし、撮りましたよ。先輩がヒット打つ瞬間の…」


試合の一部始終を撮ったムービーを再生し始めた。
ひよりも気付かなかったらしく、3人はぎょっと驚いて赤井の携帯に近寄る。
少し遠いせいか、画質は荒いけれどもしっかと映っている。
もちろん、祐樹がアウトを取られた瞬間まで、しっかり。


「なんで撮ってンだよ!消してくれ!」

「嫌です、これを西條さんに見せます」


今日、シフトかぶってるんで。と、ひよりと赤井はにこにこしながら告げた。
確かにヒットを打った証拠は見て欲しい。
だが、アウトの所と走っているところはぜひとも見て欲しくない。
祐樹は慌てて携帯を奪おうとするが、フェンス越しにそんなことできるはずもなく。
お疲れ様でした、と労いの言葉を言い逃げされたのであった。

初夏の球技大会は、これで終わり。
もうすぐ夏休み、本格的な夏が始まりを告げるかのような1日であった。



夕方、すっかり日が伸びて午後5時であろうとも明るい。
本日祐樹はシフトに入っていないので、ゆっくりと帰り支度をする。
クラスの女子は、バスケットボールで優勝したらしく打ち上げをしようと盛り上がっていた。
ぼんやりとはしゃぐ女子生徒を見ながら、祐樹は売店で買った甘いジュースを飲む。
ガヤガヤとした教室にいるのも、あと半年か…なんて思いに耽りながら。


「祐樹、今日バイト無いんだろ。どうする、帰る?」

雄太も同じ甘いジュースを飲みながら、帰り支度を済ませたカバンをドンと机に置いた。
お互い塾通いも、家庭教師も取っていないので時間はあるのだ。
夏休みの受験勉強戦争にむけて、今は少しゆっくりしたい。
雄太はどうせならファミレスで外食をしたいのだが、祐樹は口をもぐもぐさせながら窓の外を見る。

祐樹も空腹だが、それよりも赤井とひよりの言ったコトが気になる。


「…なに、バイト無いのにホームセンター行くのか?」

あっさり見破った雄太に、祐樹は目を丸くした。
焦って紙パックを潰しながら「違う」と弁明する。
今日もきっと西條はフルタイムで仕事。正社員なので当たり前だが、終わるのは20時を過ぎるだろう。
仕事終わりで疲れている西條に、わざわざ「ヒット打ったよ」という報告をするのも気が引けるのだ。


「メールすればいいじゃん」

「西條さん、休憩の時あんま携帯見ないし…」

「それ、お前といる時だけだろ。絶対見るから」


俺が打ってやろうか、と面白がる雄太をなんとか拒否して祐樹は帰ると豪語する。
今日は祖母に報告しておいしい料理を作ってもらおうと決めたのだ。
西條に報告するのは、明日ちょうどバイトが入っているその時にしよう。
本当は後ろ髪引かれるほどホームセンターに行きたいのだが、ここはガマン。


(…メールくらいは、後でしよう)


夕飯を食べて、勉強したら…と計画を立てながら祐樹は飲み干した紙パックをゴミ箱へ投げる。
祐樹と外食をしたかった雄太を、無理やり連れて教室を出た。



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