14.
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「岡崎くん、上達したよな?」


アップがてらのキャッチボールで、チームメイトの男子からふと話しかけられた。
自分では意識したことがないので、思わずとろうとしたボールを零してしまう。
わたわたと拾いながらも、なんだか嬉しくて


「そうかな・・・一応、練習したンだ
 キャッチボールだけだけど・・・」


あと、一応バッティングセンターも行った。
因みに祐樹は「行きたくない」とぐずったのだが、
西條が仕事のような鬼顔で「バット振れないと点数入らないだろうが!」
と、怒鳴ったので渋々練習しただけ。

だが、西條の鬼のような特訓のおかげで大分マシになったのだ。


「いいじゃん?岡崎ピッチャーしなよ」


クラスの中でも少々ちゃらけている男子が、笑いながら指名してきた。
さすがに投げるのはヘロヘロな祐樹。
目をこれでもかと言わんばかりに丸くさせ、無理だと首をたくさん横に振った。



一方その頃、もう既に競技を始めている卓球はというと。


「が、がんばれ!ほら、あと1点入れれば逆転だし・・・」


普通、高校の球技大会でも卓球の部類はあまり声援が聞こえない。
だがしかし、雄太の隣ではもしょもしょと小さい声援がちらちらと届いていた。
いつもであれば大声で、やかましい位に応援する人物が、だ。


「はは・・・落ち着かないね、雄太クン」

「本当ごめん・・・なんで来たのか俺にもわからなくて」


長崎に本気で謝りながら、雄太はポーカフェイスを崩して混乱していた。
てっきり祐樹を応援しに来たと思っていたのに。
ひよりが周りから浮きつつも、応援していた。


(何なんだアイツは・・・何が目的なんだ・・・?)

せっかくひよりは応援しているのだが、かえって雄太の混乱を招き、
あっという間に半端な点数で負けてしまったのだった。


「ありゃりゃ・・・」


少し肩を落として、残念そうにするひより。
いつもだったら「なに負けてんの?ダサメガネ」なんて馬鹿にするくせに。
と、雄太は少し苛立ちながら、長崎に軽く謝ると彼女の元へと歩み寄る。


「いや、お前なんで俺のトコ来てんだよ。祐樹ン所いけよ」

「だってまだ始まってないし」

「か・・・、妹だと思われたら最悪なんだけど」

彼女、と言いそうになって慌てて取り繕う雄太。
だがしかし、ひよりは全く気づいていないのか、むしろ妹という響きがカチンときたのか


「全然似てないから大丈夫だっつの!もう祐樹先輩ン所行くから!」


口を尖らせて、半ば走りながら体育館を出てしまった。
ふわふわと動く、いつもとは違うおしゃれなアレンジをした後ろ髪を見ながら
雄太は少しだけため息を吐いた。
そんな雄太を見て、長崎は首を傾げながら話しかける。


「・・・怒っちゃったよ?せっかく応援しに来てくれたのに・・・」


その言葉で、やっと気づいた。
ひよりは自分を応援しに来たのだということを。
なぜか、嫌われていると思い込んでいる(実際半分は事実なのだが)
ので、彼女が自分を応援するわけがないと思っていたのだ。


「・・・いいよ、別に。後でおにぎりでも奢ってやれば気が済むだろ」


適当な事を言って、ごまかした。
本当は、お礼を言うべきか謝罪をするべきが、ひたすら悩んでいるのだけれども。




(ひどい!腹立つあのメガネ野郎!
 せっかく・・・応援したんだけどな・・・迷惑か・・・)


ひよりもひよりで、怒りと心配で混乱中。
体育館とグラウンドを繋ぐアスファルトの道を、割れんばかりの勢いで踏みしめていた。
自分の理想では、可愛い女の子が「がんばってえ」なんて応援しているイメージだったのに。
下手すると「おい!そこはそうするんだろうが」と、野次を飛ばしそうになったので、
なにやら言葉数の少ない応援になってしまったのだ。


(髪もがんばったんだけど・・・)

女友達にアレンジしてもらった髪をくるくると弄りながら、また口を尖らせた。
なんでこううまくいかないのだろう、と。

すると、グラウンドの方からよく知った声に大きな音で呼ばれる。


「おーい!ひより、もう祐樹先輩の試合始まるぞ!」

バカ丸出しに両手を思い切り振る赤井だった。
子犬のような笑顔で「早く早く」と急かす弟分。
昨日の夜、祐樹のために2人で一生懸命旗まで作ったことを思い出した。
(祐樹にとってはかなりの迷惑だと知らずに)

上がり気味だった眉が、ため息と一緒にすっと下がる。


「今すぐ行く!よっしゃ、応援頑張るぞー!!」


いつもの調子を取り戻したひよりは、ダッシュでグラウンドに向かったのだった。




今日の天気は、カンカン照りの晴天。
スポーツ日和にはいささか天気が良すぎるが、雨天中止の気配は全くない。
気温も高く、汗をかくには最高のコンディションだ。
ただ1人、暑がりで汗っかきな祐樹を除いては。


ぐったりと待機場所のベンチに腰掛けながら、攻撃の順番を待つ。
運良くじゃんけんの結果、先攻となったのだ。
番号は6番。そろそろだ。


暑いし、汗がじわじわとシャツに染み込んで気持ちが悪い。
順番が近づくにつれ、緊張感のせいで普段はしない貧乏揺すりまでしてしまう。

(どうしよう・・・なんか、結構塁?に出てるし・・・)


特にスポーツに力を入れている訳ではないのだが、
皆順調に塁に進んでいる。

万が一、自分が空振り三振で攻守交替となったらどうしよう。

あれだけ暑かった体温が下がるような気がした。
とにかく落ち着いて、バッティングセンターで叩き込まれた極意を思い出す。
西條に何度も怒鳴られながら、言われた言葉。


「相手が投げたらバッド振る勢いでいけ」

と、どれだけ自分はとろいんだと言わんばかりのアドバイス。
思い出して少しイラッとしていると、とうとう祐樹の番になってしまった。
ちょっとした声援を受けながら、小走りでバッターボックスに向かう。

いつもの校庭の景色のはずなのに、やけに広く見える。
目の前には他クラスのピッチャーが、じっと祐樹見据えていた。
心臓が嫌な跳ね方をする。
今から、彼が投げるボールをなんとか打たなくてはならない。


(うう、三振、三振したらどうなるんだっけ?忘れた・・・
 とりあえず人のいないところに打とう、打てるか?)


緊張しすぎて、頭の中がぐるぐると混ざっていく。
目がぐるぐると動きそうなくらい、怯えながらバッドを構える。
すると、相手ももちろん投げる構えを見せてきた。

びくり、と体が一瞬震えたと思ったその後すぐ。


「…あれ?」


体の横を風がきったかのような感覚がしたと思えば、ボールはすでに彼の手にはなかった。
暑さからではない冷たい汗が、祐樹のこめかみを伝う。


(・・・やばい、これは打てない・・・)


はっきりとした感覚で気づく。
経験がない以前に、運動音痴な自分がボールを打てないことに。
しかし今更「辞めます」なんてひける訳もなく、とにかく振るしかなかった。
だが、相手は幾分か経験があるらしく、悲しくも祐樹は空振り三振になってしまったのだった。

がっくりと肩を落として、待機場所に戻る祐樹。
隣に座っていたクラスメイトが、その落ち込む様を見て困ったように笑う。


「岡崎くん、そんな落ち込むなよ。
つーか、あれだね。典型的なガリ勉クンなんだね」

「なにそれ」

「成績いいけど、運動できないみたいな」


運動もできて勉強もできる人に、大変失礼な発言である。
しかし、あまり話したことのないクラスメイトに慰められると嬉しいもので。
先程まで暗く沈んでいた気持ちが、若干ふんわりと宙に浮いたように変わった。

残念なことに、祐樹の次の打者から攻守交替となってしまったが、次は頑張ろうと決心する。
とにかく1本だけでも打って、せっかく教えてもらった西條に報告したいのだ。
そして褒めてもらいたい。どうせ、素直な言葉ではないだろうけれども。

ぐ、と拳を握って祐樹はクラスメイトと一緒に自分のポジションへと駆け出した。


空は相変わらず、雲一つない快晴。
眩しすぎるほどの太陽の光が、校庭に容赦なく降り注ぐ。


「晃ちゃん、今岡崎先輩なにしてるの?」

「今、守備だな。岡崎先輩はあっちの外野」

「遠くてよく見えない〜」


そんな中、祐樹の後輩たちも汗を流しながら必死に試合を見ていた。
雄太の試合を見たひよりは、祐樹の試合を見ていた赤井と合流したのだ。
他のクラスメイトは、最初だけ応援して用事がある為帰ってしまったのだが。
むしろ、祐樹含むクラスメイト達はその方がとてもありがたい。

「お、あのバッター結構飛ばしそーかも」

「わかるの?晃ちゃん」

「なんとなく」


持参してきた清涼飲料水を飲みながら、赤井は「なんとなく」と呟く。
赤井の言うとおり、彼は中学時代野球をしていたらしい。
現役の参加はアウトなのだが、経験者はOKというルールだ。
さすがにそれを祐樹のクラスも理解して、後ろへ下がる。

祐樹もよくわからないが、みんなの真似をして後ろへ下がった。
そのとき、なんとも心地いい、金属音が鳴り響く。


「岡崎クンの方にいったぞー!」


いい音だなあ、と思う間もなくボールの影が近づいてくる。
祐樹は一歩遅れて気づき、「うわあ」と情けない悲鳴をあげながらボールを捕ろうと空を見上げた。
あんなに高いところから落ちてくるボールを、獲ったことなど、無い。
また失敗するかもしれない、と思う暇もなく、とにかく落下点を探した。

しかし、どう足掻いても体は追いつかない。


「痛っ!」


どっ、と鈍い音が背中に響く。
どこをどうしたらそんな体制になるのか、本人も分からないが。
ボールは見事に祐樹の背中に落下し、跳ね、後ろに控えていた他のクラスメイトがキャッチした。
クラスメイトは慌ててボールを目的地へ投げると、まだ痛がっている祐樹を見下ろす。

「ナイスキャッチ」

にへら、と笑ってみせた。

「グローブ練習したのに…」

その笑顔に気づかない祐樹は、鈍い痛みに震えながら涙を堪えるのだった。
とにかく、次はまた攻守交替でリベンジチャンス。
ぐっと涙を飲み込んで、祐樹はクラスメイト達と一緒に待機場所へと駆けていく。

一方その頃、赤井とひよりはというと。


「うわあ、祐樹先輩背中キャッチかあ」

「思った以上に運動音痴だな。写メったやつ、後で西條さんに見せよ」

遠くで、なんともひどい計画を立てているのであった。



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