12
----------

夏の夕方はとても長い。
しかし、今日の夕方だけは夕陽が真っ赤に空を満たしていた。
世界の全てがオレンジ色に染まったかのような町並みを、祐樹はぼんやりと口を開けて眺める。

日の当る、祐樹の手がけた庭がすぐ傍にある大好きな縁側で、1人。
今日の出来事をひとつひとつ思い出しながら、ぷらぷらと足を外に放り出していた。

西條の困った表情だとか、意地悪な顔だとか、体温を。


(・・・俺、こんなに幸せで、いいのかな)


長く暖かいキスを思い出して、かっかと頬が火照りまくる祐樹。
思わず放り出していた足を抱え込んで、ぎゅうぎゅうと自分の体をコンパクトに縮めた。
唇を軽く噛み締めて、困ったように眉を八の字に曲げ、涙を堪えるように瞼をぎゅっと閉じる。



ぐるぐると思い出すのは、ついさっきまでのこと。



時間にしたら5分にも満たないのに、永遠のように長く感じた口付けの後。
西條は思いの丈をありったけに込めて、祐樹をぎゅうぎゅうに抱きしめた。
祐樹の苦しそうな間抜け丸出しの呻きが聴こえたが、それでも西條は祐樹のことを抱きしめる。
相変わらず線が細いけれど、筋肉が付いていないおかげで少しやわらかい。
ゆっくりと息を吸えば、祐樹の匂いが鼻腔一杯に満たされる。


この腕の中に、祐樹がいる。


よくある、独占欲の塊だと知っていつつも止められないし、止まるつもりも無い。
言葉で表すことができない西條にとって、この行為が彼に好意を伝えるすべてだから。
より一層腕に力を込める。
大切にしたいと思っているのに、その半面めちゃくちゃに抱きしめたい気持ちが全面に出ていた。

だが、そんなにたくさんの力を佑樹の細い身体では受け止めきれない。


「いいい、西條、さん!むり、痛い!」

「あ、・・・悪い!」


さすがに限界になった佑樹が、必死に声をあげて離してくれと懇願した。
泣きそうな声をあげた佑樹に、西條は慌てて両腕を離し、解放する。
今まで息を止めていたのだろう、佑樹は肩で息をするように必死に酸素を補給した。


(死ぬかと、色々な意味で死ぬかと思った・・・!
 抱きしめられるのは嬉しい、けど・・・気を付けよう・・・・)


ようやく呼吸が落ち着いた佑樹は、そっと西條の顔を覗き見る。
心配そうに眉尻を少し下げて、「大丈夫か」と小さな声で話しかけてきた。
そんな西條の表情が、なんとなく可愛く思えてしまう祐樹。
ほんの少し前までは無表情・無愛想・意地悪な凶悪顔の表情くらいしか知らなかったのに。

祐樹の胸の真ん中が、ふわりと暖かくなる。
思わずへにゃ、とだらしのない笑みを浮かべると、西條はホッと安堵の息を吐いた。

安心した西條は、ふっと小さく微笑むとベンチの背にもたれ掛かる。
背の後ろに腕を回し、リラックス全開と言わんばかりに、ぐでっと空を仰いだ。

急にそんなことをしだしたので、佑樹はぎょっと目を丸くして西條の視線を追いかける。
自分と口づけをしてそんなに疲れてしまったのだろうか、と不思議な不安を抱えながら。
しかし、よくよく西條の顔を見れば、少し困ったように微笑んでいた。
頬は微かに赤く染まり、照れているようにも見える。

その表情は、さすが男前というべきか、とても綺麗で。
祐樹は思わず、口を半開きにさせてぼんやりと彼を見つめ続けた。


2人の間に、ゆるやかな温い風が吹く。
それはとても心地よくて、それでいて静かであった。
まるで2人の沈黙を支えるかのような空気は、止まぬことなく吹き続ける。
だがしかし、いつまでもそんなことをしていられるほど、時間は止まること等知らない。

いつの間にか落ちかけてきた日に気づいた西條は、ひとつ伸びをした後に呟く。


「そろそろ、帰るか」


あまり遅くなると、心配をかけるだろうと配慮しての時間。
本当はもう少し一緒にいたいのだけれども、家で祐樹を待つ祖母の事を思うとそうはいかないのだ。
西條はゆっくりベンチから腰を上げると、首をコキコキと鳴らしながらため息を吐く。
一挙一動をジッと見つめる祐樹だったが、西條が1人で行ってしまいそうになり慌てて立ち上がる。

懸命に西條の隣に並ぶと、にへらとだらしない笑顔を浮かべながら

「球技大会、がんばります」

なんて可愛いことを言ってみせた。
本人は至って真面目に、今日のお礼を含めて決意表明をしたつもりなのだが。
西條にとっては、心臓を鷲掴みされたようなものである。
胸の奥がぎゅうと締め付けられ、むずむずと手のひらの神経が遊ばれる。
自分でも何をしたいのか分からないけれども、勢いのまま祐樹の頭をわしわしと撫でまくった。

髪の毛が抜けるくらいに掻き混ぜられるので、祐樹は思わず「ひえええ」と悲鳴をあげる。
相変わらず怯える祐樹に、西條は困ったように笑ってつぶやいた。

「・・・ホームラン・・・いや無理だな。ヒット打ったら・・・」

「はい?」

「・・・いや、なんでもねぇよ」


ばーか、と相変わらず優しくない言葉を投げつけながら、祐樹の頭を軽く叩く。
するとさすがに祐樹も「なにすんだよ!」と反抗。
相変わらず、じゃれ合う2人は少しばかりゆっくりと、帰路へと着いたのだった。



そこからどうやって帰ってきたのか、祐樹はあまりよく覚えていない。
きっと、いつもと同じように他愛のない世間話をしながら、西條の車で送ってもらったのだろう。
その時間が、あまりにも短く感じたせいだろうと祐樹は納得した。

同じ姿勢に苦しくなった祐樹は、そっと腕を離すと縁側に大の字になって寝転ぶ。
夏の縁側は、とても心地よくて今すぐにでも眠れそうだった。
けれども、これからまた受験に向けて少しでも勉強しなければならない。
今まで「勉強なんてしたくない」だなんて、あまり思ったことのない祐樹。
だけれど今は、「勉強なんてしないでずっと楽しいことを思い出していたい」と願ってしまう。



いっそのこと、進学から就職にシフトチェンジして西條と同じところに勤めてしまおうか。



なんて、思いついた瞬間、祐樹の背筋に一筋の寒気が走る。
さすがにそこまで溺れるのは、危険だからだと本能で察知したのだ。
慌てて起き上がると、自分の丹精込めて育てた花々を見つめて心を落ち着かせる。


すると、いつの間に後ろに立っていたのだろう。
祐樹の祖母が、「そろそろ夕飯にするよ」と声をかけてきた。

祐樹はゆっくりと彼女の方へと振り返り、「うん、わかった」と短い返答をする。
その振り向いた斜め45度の顔が、とても大人びていて、彼女は目を細めた。
温い夏風になびく、父親譲りのふわふわとした髪。母親譲りの少し凛々しい整った顔立ち。


つい最近まで、あまり表情の無いおとなしい子どもだったのに。
いつの間にか、彼は成長して、恋をして、大人になっていく。


その一瞬を彼女は見て、ますます目を細めて口を噤んでしまった。
そんな祖母に、祐樹は首を傾げて「どうしたの」と聞く。
なんでもないよと答えられる訳もない祖母は、ゆっくりと祐樹の隣に腰を下ろした。

祖母も祐樹と一緒になって、祐樹の育てた花壇を見つめる。
彼が幼い頃、祖父から「好きに使いなさい」と与えられた花壇を。


「・・・祐樹、今日も、西條さんと会ってきたの?」


祐樹とは目を合わせず、花壇を見ながら祖母はぽつりと呟いた。
祐樹の胸がどきり、と1つ跳ねる。
先ほど西條が「お前の祖母さんに関係を言ってしまった」と聞いたばかりだからだ。
普段怒らない祖母が、もう二度と会うなと怒鳴るかもしれないと思うと、血の気がどっと足元に落ちる。

夏だというのに、どんどん冷えてゆく体。
なんとか声を絞り出して、「うん、球技大会の、練習を」とか細い声で答えた。

祐樹もまた、祖母の顔を見れない。
同じように花壇を見つめたが、それは全く視界に入ってこなかった。

もし祖母に否定的なことを言われたら、自分は何も言えなくなるだろう。
もしくは感情的になって、出て行ってしまうかもしれない。
大切に思っている祖母に、ひどいことを言ってしまうかもしれない。
それがとても怖くて、祐樹はぎゅっと唇を噛んだ。


ふ、と祖母が祐樹の横顔を見つめて、困ったように笑う。
その表情は祐樹が見ることはなかったけれど、2人を包む空気がほんの少し軽くなったように感じた。
祐樹が恐る恐る祖母を見れば、彼女は手に持っていた2通の手紙を、そっと祐樹に渡す。


「今日、祐美・・・祐樹のお母さんから手紙が来たよ。
 祐樹と、・・・西條さんの分もあるから、渡してね」


真っ白な縦長の封筒に、「祐樹へ」と「西條瑞樹様」と書かれていた。


- 166 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -