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さくさく、と雑草がつぶれる音が2人に近づいてくる。
それすらも気づかない西條と祐樹は、相変わらずベタベタとくっついたまま他愛のないことを話していた。

と、言うよりは西條が離れるタイミングを見失いグダグダしているだけのこと。
それに、川原の周辺でもあまり人がいないところにいるのだ。
(実際は、ボールが人に当たらないようにするための配慮である)
人目を気にせずくっつけるのは、あまりないことなので離れがたい。


なので思わず、西條はそ知らぬふりをして祐樹のお腹に触れてみた。
以前つねった感触が忘れられないのだ。
すると、

「うわ!また俺の腹触って…!」

「…あれ?お前痩せたか?」

びっくりして跳ねる祐樹の腹は、以前よりも薄くなっていた。
つまめるほどにはあるが、前よりはつまめない。
少し寂しくなって、西條は肉のあるところを遠慮なく探す。


「ちょ、っと、!?なにをいきなり!?」

「お前、腹以外は細いンだからダイエットとかやめとけよ」

西條の言うとおり、祐樹は腹部以外は意外と細い。
肩や腕は華奢で、脚は貧相なほどではないが細いほうだ。
なぜ腹部にばかり肉がつくのかは本人も分からないが、ダイエットをする必要は無い。

だが、祐樹は以前泊まった時に西條の裸を見ている訳なので。


「なんだよ!自分は引き締まってるからって、嫌味だ…!」

「あ?俺はたまに筋トレしてっから…つーかお前の前で脱いだか?」


少しばかりコンプレックスを抱いているのだ。
思わず祐樹は、西條の腕の中でじたじたし始める。
うう、となんとも言いがたいうなり声まで上げるので、西條は少し凹んだが離せない。
逃げるな、いやだ と、おかしな攻防が始まったそのとき。



「…え、瑞樹…なにセクハラしてンだ…?」



先ほどから雑草をさくさくと言わせていた足音の主が、ぴたりと立ち止まる。
2人とも聞いたことのある声に、ハッとして向けばそこには。


「…よぉ、朔哉…」


西條は頬の筋肉をひくひくさせながら、なぜかその幼馴染に挨拶をした。
彼はうっかり忘れていたのだ。
幼馴染である望月も、この川原が好きでよく散歩に訪れることを。

Tシャツジーパンとラフな格好で散歩をしていた望月。
まさか西條と祐樹がいるとは思わず、2,3メートルという微妙な距離をとる。

双方共に、どうすればいいか分からず黙りこくってしまった。
川のせせらぎだけが、無情にも沈黙に響き渡る。


(え…なんだこの空気…)


変な空気に包まれた祐樹は、何もできずただ立ち尽くす。
とりあえず西條から離れたほうがいいのだろうか、ともぞもぞ動いてみた。
だが、呆然とする西條の腕からはなかなか逃れられない。
どうしようと内心パニックになっていると、


「オイ、岡崎くん出たそうにしてるぞ?」


空気を打破する方法を瞬時に見つけた望月が、さっと気遣ってくれた。
すると、先ほどまで呆然としていた西條も慌てて、

「あ、わりぃ」

と、祐樹を解放した。
先ほどまで背中や腕に感じていた体温が離れる瞬間、祐樹は少しだけ俯く。


「…で、お前らはココで何してんの」


2人が離れたことをいいことに、望月は少し呆れたように聞いた。
西條の気持ちも、祐樹の気持ちも知っている望月だが、さすがにこの状況は訳が分からない。
だが、望月の中にはぼんやりと「もしかして」が浮かんでいた。

少しばかり期待して、若干あひる口な唇を更に歪める望月。
かなり腹が立つ表情を浮かべた。

おかげで、それに気づいた西條は思わず口をへの字に曲げて、


「岡崎が球技大会ソフトだっつーから教えてンだよ。
コイツ、むちゃくちゃヘタクソだからな」


「な…!そうだけどヒドッ!」


祐樹が少し怒るのも無視して、そんなヒドい事を言って見せたりした。
本当は望月に「こいつはもう俺のものだ!」と報告したいのだが、どうも気まずい。
腕をじたじたさせて怒る祐樹を、チラリと見ながら西條はこっそり溜息を吐く。


(…他人にぶっちゃけると、泣き顔思い出す)


誰かに付き合っていることを言うと、フラッシュバックするのだ。
祐樹の祖母が、祐樹を大事に思うあまりに泣いてしまったことを。
分かってはいるのだけれども、やっぱり怖かった。

いつもキリっと整った眉毛が、ほんの少しだけ下がる。
それはとても一瞬で、目の前に居た望月も気づかないほどだったけれども、


(…西條さん…?)


隣に居た祐樹は、彼のその一瞬の表情に気づいた。
その表情を見た瞬間、祐樹の胸の真ん中がざわざわと不思議な感覚になる。
思い出すのは、西條の過去のこと。

思わず祐樹は、川の方に目を伏せてしまった。
きらきらした水面に移るのは、突っ立っている自分たちの姿。


(悲しい顔は、してほしくないな)


水面に写る、西條の姿さえ愛おしく思う。
だからこそ祐樹は、西條に悲しい想いをしてほしくないと願う。
先ほど触れ合って、彼の表情を見て改めて祐樹は自分の想いを思い出した。



「つーか、ヘタクソなら川原ですんの危なくね?
川に落ちたら即終了じゃねぇか」



望月のバカにしたような笑いで、祐樹はハッと振り返る。
黒縁眼鏡の奥から見える、形の綺麗な瞳が悪戯に歪んでいた。
相変わらず、性格がいいのか悪いのか。


「ああ、確かに…。…別にいいだろうが!どこでやろうと」


普段はクールで意地悪な西條だが、望月が絡むとどうも天然が入るらしい。
一瞬納得しかけたが、俺は間違っていないと懸命に反論していた。
その必死な姿が珍しくて、祐樹は思わず少し笑ってしまった。
しかし、このまま望月にからかわれ続けるのもかわいそうだと思い、


「そ、そうっスよ!だってほら、ビーチバレーとかも海辺でやるし」

これまた意味の分からない反論をしだした。
その声に、望月はますます腹を抱えて笑い始める。


「どんな反論だよ!つーか…本当お前らってどっか似てるよな。
頭いいのに、どっか抜けてるっつーか…そういうとこお似合いだと思うぞ?」


西條と祐樹の動きが、ぴたりと止まった。
自分たちだけでは気づかない、2人の共通点。

実際、祐樹のほうが天然なところはヒドいが、西條も少々そういうところがある。
もし西條に天然なところが無かったら、きっと2人は噛み合わない。
けれど、やっぱり違うところがあるから惹かれあった。

そういう所に気づいて、お似合いだと言える望月は案外人のことを見ているのだ。


「だからさ、瑞樹が頭の固い女と付き合ったときは面白かったなー
西條クンの気持ちが分からない!って面と向かって怒鳴られててさ…」

「言うンじゃねえ!」


だが、いらない事を言うのが玉に瑕なのだった。

どんな人であろうとも、恋人の昔の恋愛事情を知って面白くないことは確かである。
しかも付き合いはじめてまだ日も浅い。
そのおかげで、祐樹は言葉を失ってしまった。

明らかにしゅんと落ち込む祐樹を見て、西條は焦りまくる。
これ以上恥ずかしい過去をバラされて引かれたら最悪だ。
西條は思わず、目の前の幼馴染の肩を殴りつつ、


「いいから帰れ!」

「ひっど!痛ぇし…!ったくしゃぁねぇな、帰りますー」


強制的に排除することにした。


望月がのんびりと散歩がてら退散した後、西條と祐樹の間には、言いがたい沈黙の空気。
先ほどまで恥ずかしいほどにいちゃいちゃしていたのもあるのか、お互いに恥ずかしいのだ。

「…練習するか」

「…はい…」


当初の目的である、キャッチボールを再び始める。
先ほどより、川から少しばかり離れて。




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