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あっという間に月日は過ぎてゆくものである。
2人とも土曜日を楽しみにしていたせいか、いつもより少しだけ遅く感じたけれども当日となれば話は違った。
待ち合わせは午後2時だというのに、祐樹が目覚めたのは午前6時少し前。

まだまだ時間はあるというのに、身支度は9時前に済ませてしまった。
そわそわしすぎて、庭の必要の無い箇所までも草刈をしてしまうほどに。

(あー…まだ10時半か…早く会いてぇなぁ…)

ぼんやりと西條のことを考えながら、ひたすら庭を弄る祐樹。
そんな祐樹を縁側からこっそり見る祖母は、小さく溜息を吐いた。


そしてやっと訪れた午後2時。
秒針が一つ一つ進む動作をじっと見続けるほど、祐樹は時計の下でスタンバイしていた。
だがしかし、2時を過ぎても西條の車の音は聞こえない。
もしかしてまだ寝ているのだろうか?
もしかして事故を起こしたのだろうか?
だなんて、たった2・3分過ぎただけでも不安になる祐樹。

そわそわと忙しなく居間を徘徊する。
しかも、歩く音がうるさい(歩く際に足の裏全部をつけるため)ので、祖母に少し怒られてしまった。

だが、大人しく座っているとひどく落ち着かないのだ。
なぜか無性に排尿感に襲われたり、ぞわぞわと無駄な鳥肌を立ててしまう。


(まだかな…もっかいトイレ行っても平気か…?)

もう何度もトイレに行っているというのに、もう一度用を足そうとしたその時。


遠くから、今まで聞こえなかった少し重低音のエンジン音が響く。
そんなに幾度も聞いたことが無いというのに、一瞬で祐樹はその音が彼の音だと分かった。
排尿感なんてすっかり忘れて、ばたばたと足音を上げて走り出す。
いってきます!、と適当に挨拶をして慌てて出て行く祐樹。

その後姿をぼんやり見ながら、祖母は小さく「いってらっしゃい」と声をかけた。
しんと静まり返った家に1人、受話器を持って。



家の前に停まった、シルバーのセダン。
その中では、西條が携帯灰皿で煙草を消しながら車内の臭いに気を使っていた。
約束より5分程遅れてしまったが、案外ルーズな男なので気にしていない。

彼の中での遅刻は、30分からである。


そんな西條とは違い、1分1秒でも遅れたと思っている祐樹はというと。


「西條さん、4分遅刻っスよー」

ちょっとむくれたフリをして、助手席に大人しく乗ってきた。
律儀にシートベルトをしめつつも、口を尖らして西條を軽く睨む。
だが、その表情には薄っすら見え隠れする嬉しそうな笑顔。
西條に会えたことが嬉しくて、思わずそんなことを言ってしまうのだ。


「あ?4分なんて遅刻に入らねぇよ、お前の腹時計が早すぎンだっつの」


だが、それは西條も同じである。
意地悪なことを言いつつも、ニヤニヤしながらアクセルを踏んだ。


「はらどけっ…!?だから俺が食い意地張ってるみたいに言うなって…!」

「俺は嘘吐かねぇし」

ケラケラ笑いながら祐樹をからかう西條。
そんな西條に、むくれて反論しつつも楽しそうに時折笑ってみせる祐樹。
車内の時間が止まってしまったかのように、楽しい時間が彼らの間に流れた。

いつの間にか車内のオーディオも消え、西條と祐樹の話し声だけが響く。
それでも時折、無言の時間があったりしたけれども、不思議と苦では無かった。
過ぎてゆく時間はあっという間で、気づけば目的地の川原に着いてしまったほどに。


「おー…結構、広いトコっすね」

初めて訪れる場所に、祐樹はきょろきょろと辺りを見渡す。
水の流れる音が、少しだけ聞こえる穏やかな川。
その川原から少し離れた所に、アスファルトで塗り固められた休憩スペースがある。

時折、犬の散歩をする人々や、これから遊びに行く子どもたちが行き交う中。
祐樹と西條は向かい合って、ひたすらグローブと悪戦苦闘していた。
なぜならば、


「どうやって…これは…!?」

「だから、そこに親指を入れンだよ…なんでいきなり拳で突っ込むんだお前は!」

「難しい…ってか、これ全然手が閉じない!?」

「ボールが掴めりゃいいンだよ、おらやるぞ」


祐樹がグローブの付け方を分かっていなかったからだ。
それを説明するのに10分ほどかかり、やっとこさグローブをはめることができた。
それでも違和感が満載なのか、眉間に皺を寄せて不可解な表情を浮かべる祐樹。
むむ、と口を尖らせつつも、頑張ってグローブに慣れようとしていた。

そんな祐樹が、何だか可愛いと思えて。
思わず西條は意地悪なことを考えてしまった。


悪戦苦闘している祐樹に気づかれないよう、小走りして距離を置く。
そして、祐樹の死角に入るとそっと彼の背後へと移動し始めた。


「…うーん…西條さん、これでどうやってボール投げるんですか…って、あれ?」


グローブに夢中になっていて、西條の移動に全く気づかなかった彼は慌てて辺りを振り返る。
もしかして呆れて帰ったのだろうかと、おろおろする祐樹。
その無防備な背中を、西條は思い切り、


「ばーか!グローブでボール投げるアホがどこにいんだよ!」

「ぎゃあああ!?」

どん!と叩いて、大きな声で叫んだ。
だが、その倍大きな悲鳴を上げた祐樹は、びくびく!と身体を震えさせる。
薄い肩を、がっしりとした西條の手が包み込むように支えた。


「ひー…びっくりした…」

あまりに驚いたのか、祐樹の身体からへなへなと力が抜ける。
身体を預けるようにして西條に寄りかかり、溜息を吐いた。
背中越しに伝わる西條の体温に、少しだけドキドキしながら祐樹はそっと上を見てみる。

そこには、今まで見た事がない位に優しい表情をした西條の笑顔があった。

どきん、と祐樹の心臓が跳ねる。


顔が綻ぶような笑顔という訳ではない。
けれども、いつも見る接客の笑顔とも、職場で面白おかしい話をしているときの笑顔とも違う。
黒目の奥から感じる、慈しみに似た何かが祐樹の心臓にすとんと落ちてきたのだ。


(…やば…)


ぽうっと、祐樹の頬に朱が走る。
頭がぼんやりして、こんなに近くにいる西條さえもぼやけて映った。


「…グローブは、ボールをキャッチするだけのもんだ。
投げるときはお前の利き手で投げンだよ」


心地よい彼の声が、耳元で響く。
その音をどこか遠くで聞くように、祐樹はまたぼんやりしながら小さく笑う。
心の奥底から湧き出る笑顔は止められなくて、


「そうなんだ…、でもバカは言い過ぎだし…!」


へにゃあとだらしない笑顔で、西條を見上げる。
そのだらしない笑顔が、西條の心をひどく揺さぶるのだとも知らずに。
西條は少し辺りを見渡して、先ほどまでいた人々が居なくなったのを確認すると、


「お前はバカだろ」

なんて悪態を吐きながら、後ろからぎゅっと抱きしめてみた。
引き寄せるように抱きしめたので、油断していた祐樹の口からは「ひゅ、」と息が漏れる。
付き合い始めてまだ日が浅いのだ。
触れたくて仕方がない。ただでさえ、あまり会えないし会えたとしても短い時間だから。

祐樹のふわふわな髪に顔を埋めて、彼の香りと体温を感じる。
柔らかくはないけれど、それほど硬くもない、適度な肌の感触。
少し驚いてしまったのか、祐樹の少し骨ばった手は西條の腕にそっと添えられていた。


「…一応…、学年で10番だけど…」

今まで口を噤んでいた祐樹が、もごもごとそんなことを言ってみせる。
拗ねてみせているのか、口を尖らせて体を小さく揺すった。
祐樹は、どうやら好きな相手には甘えるというよりは拗ねたりしてみせるらしい。

そこがまたかわいいのだろう。
まだ昼間だというのに、西條はノリ気になって自分の頬と祐樹の頬をくっつけた。
祐樹が「わっ」と小さく声を上げるのも無視して。


「ん?なんだって?学年で下から10番?」

「ち、違っ!上からだしっ…」


なんて他愛のない話をしてみせるけれども、祐樹の心臓は先ほどから高鳴り放題。
西條に触れられているということもあるが、なによりもこの雰囲気だ。
普段少しシャイな西條が、珍しくここまで積極的に恋人のムードを作っている。
それがひどく恥ずかしくて、うれしくて。


(うう、もう…!恥ずいぃい!)

西條に触れられているところも、心もくすぐったくて、困る。

それから結局、2人は練習も始めないでくっついたまま。
誰かが川原を歩いてくるまでは。

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