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「西條さん…あの、先に合計押しちゃって…どうすれば…」

「お前それ何回やってんだよ…!
仕方ないから電卓使え…」

レジスターには未だに慣れない。
確かにあまり使わないもの、初めて使うものだとしてももう1週間が経つ。
初歩の初歩である、預かった金額を入力してから合計を押すということが時々できずにいた。

「あっ…袋が破れた…!」

「詰め込みすぎだ、2つに分けろ!」

そして要領があまり良くない。
1つの袋に収めようと頑張って、キャットフードを3つ同じ袋に入れようとした。
そのため当たり前だが破れてしまい、袋詰めを時々西條が手伝う。

「補充終わりました…」

「…ンなに高く積み上げてどうすんだよ…!!」

補充を任せれば、多少は出来るものの目安分が分かっていない。
高く積み上げられた乳児用オムツを片付けて、箱に戻すのを西條も手伝う。
あまりロスを切りたくないのに、モノを壊すのもしょっちゅうだ。

祐樹が来てから1ヶ月が経ったが、西條は大分やつれてくる。
最初だから仕事があまり出来ないのはわかるが、ここまで来ると精神的にキツい。
しかも、彼が負った責任を大体が西條が処理し、肩代わりしているのだ。

ここまで使えないバイトだったとは思わず、何度店長に辞めさせてくれるように頼んだ西條。
だがしかし「まだ様子を見て。若いから出来るようになるから」との一点張り。


(確かに…まだ16だしな…仕方ないか)


自分が大人げなかったか、と寛大な心で祐樹に接しようと思うけれども。
西條が話しかけるたびに、未だに祐樹はビクッと肩を震わせて西條と距離を置くのだ。
散々注意したのに、もごもごと話す癖は治らない。
それもあってか、西條の態度は祐樹にだけ厳しいものになってゆくのだった。

そんなある日のこと。
昨日まではカラッと晴れていたのに、今日は土砂降りの雨が降り注ぐ。
雨の日は客足も悪いし、翌日の外の掃除が一際大変だ。

非常に憂鬱な時に限って、仕事が詰まるのは最早必然なこと。
今日に限って、配送業者が外のものばかりを運んできたのだ。
雨にずぶ濡れになりながら、西條はせっせとそれらを運び出す。
乾けば問題の無い商品ばかりなので、まだ助かった方なのだが、とても大変だ。

最後に残るは、細い支柱が束になったものだけ。
だが、予想以上に重たいそれは濡れた軍手のおかげで更に運びにくい。
なんでこれを大量に発注したんだ、と店長にイライラしながら西條はそれを1つ搬入口付近に運ぶ。
すると、


「業務連絡です…、西條さん、レジまでお願いします」


放送でさえぼそぼそした喋り声である祐樹が、彼を呼び出したのだ。
なんで閉店時間近くに呼び出しなんだ、と更にイライラを募らせながら西條はダッシュでレジへ向かう。
案の定、祐樹が分からなくなって西條を呼び出しただけだった。
未だにレジがよく分からないのか、官公庁用のカードの使い方・領収書の切り方が分からなかったらしい。

相手が役所の人のおかげで、事は大きくならずに済んだのだが少し失敗してしまったらしい。
さすがに社員でなければ分からないことなので、レジは西條が代わる事になった。
だが、このどしゃ降りのおかげでいつもより西條はイライラしている。

思わず、客前ということも少し忘れて、眉を思い切り吊り上げた。


「ここは俺がやるから、お前外の支柱運べ。
その後、閉店作業入っていいから」

祐樹の肩がまたびくりと揺れる。
いい加減にしろよ、と西條はイラつきながらもごもご話す祐樹に視線を送った。


「…あの、どこに運べば」

「搬入口。早く行け」


冷たく言い放つと、祐樹は慌てて外へと飛び出していった。
さすがにどしゃ降りということで、用意していたレインコートを持って。


しばらくして、ようやく処理を終え、ついでに閉店時間が過ぎた。
今日はバイトが祐樹しか居なかったので、簡単なバイト用の閉店作業は祐樹に任せたのだ。
そして、西條はレジ閉めや、今日の決算の管理などをしながらレジ係りをしていた。
ついでに新しいポップが届いたので、それのチェックもして。

その忙しさのおかげで、西條はうっかり祐樹に重たい支柱を運ばせたことを忘れていた。


(…アイツ、おっせぇな…)


今日の閉店作業が大分終わり、祐樹に商品補充を少し頼もうと思った西條。
だが、当の祐樹が見当たらない。
放送で呼び出そうとも思ったが、閉店後に放送はあまり使いたくないので自分で探そうと倉庫へと向かった。

搬入口に近い倉庫(シャッターで2つに分かれており、搬入口側には大きめのものが保管してある)
に差し掛かると、ふと目に入るのはびしょ濡れの支柱の束。
びしょ濡れどころか、所々に泥が付いていて幾度か落としたことが目に見えた。

それを見て、西條はようやく思い出す。

(やっべぇ…!俺、アイツに支柱押し付けたままじゃねぇか…!)

慌てて祐樹を探そうと、搬入口から飛び出したそのとき。


「わっ…!あ、西條さん…」

最後の、それほど重くない小さく細い支柱の束を運んできた祐樹と鉢合わせになった。
祐樹は西條を見ると、おろおろしながら「終わりました…」と雨音に掻き消されそうな声で報告する。

レインコートを着ていても、濡れてしまった前髪から雨水が幾度かぽたぽたと落ちる。

祐樹は西條の隣をそっとすり抜けて、最後の支柱をそっと床に置いた。
彼が運んできた重たい支柱の束は、5つ。
1つ1つ重くて、濡れてとても掴みにくい。しかも、西條と比べれば祐樹は非力だ。

重たいものを持たせてしまった、と西條は申し訳なく思いながら祐樹に近寄る。
すると、西條は彼の手を見て驚愕した。
慌てて駆け寄り、祐樹の手を掴んだ。


「お前…!軍手は!?」


祐樹の手は泥まみれで、所々赤く腫れていたり、切れてじんわりと血が滲んでいた。
西條でさえ、運ぶ時は軍手を使うというのに祐樹は何という事か素手で作業をしていたのだ。


「軍手…?」

それは、祐樹が軍手を使うという概念が無かったから。
あの時西條が冷たく当たってしまったので、聞けもしなかったのだろう。
だが祐樹はあまり気にして無いのか、おろおろしながら西條を見上げるばかり。

やっと、よく見えた祐樹の表情。
きょとんと目を丸くして、申し訳無さそうに眉尻を下げている。


西條は深く深く溜息を吐いた。彼の手を握りながら。


「…悪かった、岡崎…」


自分のせいで祐樹の手を傷めてしまい、やらなくていいことを押し付けてしまった。
自らの過ちを反省しながら、西條は何度か「ごめん」と謝る。
すると、今まで静かに西條のことを見上げていた祐樹が、口を開いた。


「…俺、の方こそ…その、毎日ごめんなさい。
俺、あんまし機械とか得意じゃなくて…要領も悪いし…
いつも、迷惑かけてて…」


いつもよりはハッキリとした言葉で話し始める祐樹に、西條は思わず顔を上げた。


「でも、その…いつも、フォローしてくれてありがとうございます…
俺、頑張るんで…こういう仕事も、頑張れば出来るんで、大丈夫です」


それは、西條が初めて見た、祐樹の笑顔だった。
へらっと力なく笑って「俺も男なんで力仕事はなんとか」と自虐風に言ってみせる。
なんとか西條を元気付けようと頑張っているのだろう。
健気な姿に、西條は今まで思っていた祐樹の印象をガラリと変えた。


(…なんだ、コイツ…根暗じゃなかったんだな)

西條は思わず口の端を意地悪に上げる。
そして、祐樹の手を掴んでいた方の手と別な方の手を彼の額に置く。
照準を決めた後、西條は彼に出会って初めての一発を、放った。


「痛ぇ!?」

「ばーか、分かってンならもっと今みてぇにハキハキしやがれ」


渾身の一発(デコピン)を喰らって、祐樹はあまりの痛みにぶるぶる震える。
それが更に面白くて、西條は思わずケラケラと意地悪に笑った。

その日からだ、祐樹も西條も変わったのは。
祐樹はよく笑うようになったし、どんどんハキハキとした態度になっていった。
ただ、相変わらず意地悪な西條に徐々に「嫌い」と駄目な方向に意思をハッキリさせてしまったのだが。
西條の意地悪は、祐樹が来てから現れてきたというのに。彼、限定で。





(…でも、ちゃんと俺の気持ちを受け止めて、全部返してくれるのは変わらねぇな)


ぼんやりと昔の事を思い出していた西條は、再確認する。
今、西條がぶち当たってしまった壁に、祐樹はきっと一緒になって答えを出してくれるはずだということを。
そう、彼は今も変わらず、ちゃんと西條の気持ちに応えてくれるのだ。
ならばと、今度の土曜日、祐樹と会う日に今日の事を話すと決めた。

西條は、止めていた作業の手を再度動かし始める。
遠くでガラガラと音を立てて落ちた、積み上げられた荷物にうんざりと肩を落としながら。

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