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カーラジオから流れる番組が切り替わったと同時に、西條は我に返った。
残業を放っておく訳にはいかない、たとえ今が苦しくとも。
この数年間で身に染みた社会生活のおかげで、西條は一旦忘れて仕事へと戻る。

戻ると、大分時間が経っていたのだろう。
中條は既に帰宅して、宮崎だけが黙々と仕事をこなしていた。
ただいま戻りました、と報告をすると西條も率先して仕事に取り掛かる。
情けないところのある西條は、今このツラい現状から逃れたくて仕事に没頭したかった。

そろそろ終わりが見えてきた頃、宮崎が小さな声で呟くように西條に問いかける。


「岡崎君は大丈夫だった?」

彼女も気になっていたのだ。
酔ってしまったのは予想外だったが、自分があげたものでああなってしまった責任を感じている。
心配で思わず西條に聞くと、西條は少しばかり間誤付きながら、


「あー…家に送ったらすぐ寝たみたいなンで…大丈夫だと思います」

と、返事をする。
西條の言うとおり、祐樹は直行で部屋に行って寝たので体調に問題は無いだろう。
宮崎もそれを聞いて安心する。


「それなら良かったけど…岡崎くんも受験勉強で忙しいのに、大丈夫かしら」

「多分、毎日勉強してるらしいから大丈夫だと」


さりげなく、祐樹の真面目な性格を理解している西條に、宮崎は思わず笑ってしまった。
先ほどの祐樹からのハグといい、よくよく考えれば宮崎だって気づく。
仲良くなって欲しいとは常々思っていたけれども、こんなに仲良くなるとは。
しかし、それを言うと西條は黙ってしまうので、宮崎は微笑みながらまた仕事を再開させる。


「…岡崎君が来てから、もう1年と…半年位経つのね」


ぼんやりと、そんなことを呟いて。
その呟きを西條もぼんやりとだけ受け取ると、最後の作業に取り掛かった。
宮崎の言葉のおかげで、祐樹と出逢った頃のことを1つ1つ思い出しながら。




祐樹がホームセンターにアルバイトとして勤め始めたのは、彼が高校1年の秋からである。
当時は、航の他にもう1人女子高生と大学生が働いていたのだが、2人ともいきなり辞めてしまったのだ。
1人は受験のため、もう1人は卒業に向けて研究やら論文やらに追われ始めたからだと言う。
一気に減ったアルバイト。いくらそれほど大きいことが無いとはいえ、辛かった。
そんな時に、航が自分の幼馴染がちょうど16も過ぎた頃だし、部活もしていないしということで紹介してきたのだ。

祐樹も、携帯代や定期代は自分で稼ぎたいと思っていた頃。
双方の利害が合致し、祐樹は面接もそこそこにホームセンターのアルバイトとして雇われた。

だが、当時の彼はひどく塞ぎこみがちで、ひどい言葉を選べば「暗かった」。
そんな祐樹が、働き始めて2日目。
出張から戻ってきた西條と、出会ったのだ。


「…おはようございます…」

西條がいつも通り、レジの傍にあるパソコンで各部門の売り上げチェックをしていると、元気の無い声が聞こえてきた。
聞き慣れない男の声に、新しく入ってきたヤツかと溜息を吐く。
これだけしょぼくれた挨拶も無いだろうと、呆れたのだ。
航の幼馴染だと言うから、どれほど根暗な眼鏡君だと偏見を持った見解で振り向けば、


「あの…昨日から入った岡崎です…あの、店長さんから、西條って人に教われって…」


笑顔ひとつもなくぼそぼそ喋る人物だったが、見た目からはそうとは思えなかった。
どちらかと言えば整っていて、綺麗めの顔をしている。
しかし伏し目がちで、西條の顔を1ミリも見ようとはしないのだ。

いくら忙しいからって、なんでこんなヤツをバイトなんかに。

それが、西條から見た祐樹の第一印象だった。


「ああ、俺が西條だ、今日からよろしくな。…ちゃんと笑顔で接客しろよ」

だが、入ったものは仕方が無い。
もしかしたら単に西條に緊張しているのかもしれない、と考えて西條は頑張ることにした。
対する祐樹は、相変わらず西條にびくびくしていたとも知らずに。


「…い、いらっしゃいませー…」

「コンパネ2枚ください」

「……え、…」


入ったばかりの学生が、コンクリートパネルの略など知るわけが無い。
案の定、祐樹は言葉を詰まらせてオロオロしてしまう。
どうにかヒントを貰えないかと客である中年男性を見つめるが、答えるわけもなく財布を弄るばかり。

祐樹は辛抱たまらなくなって、困った時に見てくれと店長に言われた、商品一覧の分厚いファイルを持ち出そうとした。
そんな時間は無いし、そこに「コンパネ」という単語で載っている訳が無い。
おろおろして焦る祐樹に、そろそろ客である中年男性がイライラしてきた頃、奥で別の仕事をしていた西條が、


「…コンパネはコンクリートパネルの略だ。
こっから見えるだろ、あのでかい木の板。
これはココのボタンを押せば一発で出るからな、覚えたか?」

「…はい…」


あっさりと、祐樹が困っていた内容に勘付いて指導した。
祐樹は相変わらずビクつきながらも、困っていた所を救われたので素直に頭を下げる。
ただ、お礼の言葉はあまりにも小さくて聞き取りにくいものがあったけれども。

やっと会計を終えた後、特に次のお客が来なかったので西條は一旦自分の仕事を諦める。
このままレジで色々問題を起こされては、自分の仕事に支障が来るからだ。
必死にメモを取る祐樹の肩を叩いて、声をかけた。


「…!!」


すると、まるで何か悪いことをして怒られる前の子どものように肩を跳ねさせる祐樹。
人嫌いなのだろうか、と西條は申し訳なく思うも、


「分からないことがあったらすぐに俺に聞け。
いいか、迷惑かもとか思うなよ。聞かねぇ方が迷惑だからな、分かったか」

「…はい…」

しっかり告げるけれども、相変わらず祐樹はぼそぼそした声で返事をする。
しかも目もあわせない。こういった態度が、西條は最も苦手というか、大嫌いだった。
そのうえ、西條にそう言われた直後だというのに、入ってきたお客への「いらっしゃいませ」はまたしても小さい。

さすがの西條も、思わず声を荒げた。
あまり怒らないとバイトの間でも評判が良かったのに。
(それは、単に今までのアルバイトが優秀で怒るまでといかなかったからである)


「お前、声が小せぇなさっきから!
ぼそぼそ喋るな、はっきり前見て「いらっしゃいませ」って言ってみろ!
店長に教わらなかったか?」


「ひ…、お、教わりました…っ」

「じゃあ言ってみろ、俺に」


いきなり叱られた祐樹は身を竦めるも、西條の言っていることは正しいと思ったのだろう。
きょろきょろと辺りを見渡して、先ほどよりは大きい声で「いらっしゃいませ」と西條に告げた。
しかし、


「まだ小さい、あと笑顔」

まだまだ足りないのか、西條はちょうど通りかかったお客に笑顔でいらっしゃいませと挨拶をする。
それは祐樹が見てきた中(出会って数十分)で、見た事が無い笑顔。
何だか不気味で、思わずしかめっ面を浮かべてしまう。
しかしそんな表情を浮かべている場合ではない。挨拶を終えた西條が、次のお客が来る前に早く!と急かしてきたのだ。

祐樹は意を決して、


「い、っひらっしゃいませ…!」

口の端をひくひくと痙攣させて、頬を赤く染めて大きな声で挨拶をする。
おかげでたまたま通りかかった主婦のお客に、くすくすと笑われてしまった。
だが、西條はその必死な姿に思わず笑みを零してしまう。

こいつ、面白いな…と、このタイプには思ったことの無い感情が芽生えた。

無意識に手を伸ばして、ふわふわした頭にポンと軽く掌を置く。
びっくりして目を見開いて西條を見上げる祐樹。
初めて顔が見えたな、なんてぼんやり思いながら西條は口の端を上げて意地悪に笑った。


「やれば出来ンじゃねぇか、その調子だ」


そして、男子高校生に挨拶が出来たというだけで褒めてしまった。
さらに相手は西條から見て子どもとはいえ、高校生なのに少し撫でるという子ども扱いまでも。
さすがに自分は何をしているんだと後悔する西條。

「とりあえず、俺はココでポップ作ってるから何かあったら言えよ。
あと、暇なときは…そこの棚の商品整理してればいいから」


「…は、はい…」


相変わらず西條に怯えて、目を伏せたままだったけれども先ほどよりは声が出ている。
それに、顔面蒼白気味だった表情も今は少し和らいで時折チラチラと西條を見つめていた。

だがしかし、西條が思っていた以上に、祐樹が鈍臭いヤツだと知ることになるのは後々の事であった。

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