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「いや、本当大変で…岡崎先輩が酔っ払ってしまって…」

「…はぁ!?ンでだよ、酒も無いのに!?」


西條は、未成年である祐樹が酒の売っていないホームセンターで酔っ払うという謎な事実に困惑を隠せない。
どういうことだと中條に詰め寄る。


「不思議な色をしたお漬物を食べたら…まるで魔法です」


「アホなこと言ってンじゃねぇ」


倉庫で残業を続ける西條と宮崎の元で何とか事情を説明する中條。
とにかく、事情は分かったみたいだが、コトの原因である宮崎が縮こまってしまったのは言うまでも無い。

3人が慌てて事務室へと向かうと、そこにはへらへら笑いながら事務室の机に突っ伏す祐樹がいた。
ご機嫌に歌いながら、ばたばたと足を動かしている。
こんなに機嫌が良すぎる姿を初めて見た面々は、物珍しそうな表情を隠せない。
だが、ただ1人西條はというと、


「おい、岡崎?…お前、大丈夫か?」

心配して、誰よりも早く駆け寄った。
肩を優しく掴んで揺らし、祐樹の意識がしっかりしているかどうか伺う。
すると、祐樹はゆっくりと身体を起こすと、

「…西條さん…うへへへ…」

「うおっ!?」

がばぁ、と勢いよく西條に抱きついた。
奈良漬の香りが辺りに漂ったかと思うと、すりすりと西條の胸元に顔を埋める祐樹。
どうやら、今日溜めていた欲望が一気にあふれ出たらしい。
それは幸せそうに、西條にぴったりと張り付いたまま動かないのだ。

西條は、祐樹に抱きつかれて嬉しさと衝撃のあまり思考停止する。
だが、中條のニヤニヤした眼差しと宮崎の驚いた眼差しで、鈍った思考は何とか回復した。
名残惜しくも、慌てて祐樹を引っぺがし、


「と、とりあえず俺、コイツ送ってきます」

「そうねぇ…岡崎くん完全に酔っ払っちゃて…」

宮崎に車で送ることを慌てて伝えると、祐樹をおぶってダッシュで外へ飛び出したのだった。


車の後部座席に祐樹を寝せて、車を発進させる。
これほどまで悪酔いするとは思わなかったので、西條はちょっとげんなりとしてしまった。
それは、祐樹の新たな一面を見てショックを受けたのではなく、危うく周りにバレそうになったことである。
祐樹が、素直に自分に抱きついてきたことに関しては「アルコールいい仕事した!」と褒め称えたい。

だが、祐樹がアルバイトを辞め卒業するまで、付き合っていることは秘密にしなければならないのだ。
このホームセンターでは、本来アルバイトに手を出すことはご法度である。
それでも、西條が規則を破ってまでも、祐樹が欲しかった。
だがしかし、バレたら終わりだ。未成年に手を出すことがどれほど恐ろしいか、西條も薄っすら分かっている。
あと数ヶ月の辛抱だ、と西條はぐっと唇を噛み締めながら祐樹の家へと車を走らせた。


「岡崎、着いたぞ…降りれるか?」

飛ばしたのでものの数分で着いた、祐樹の家の前。
西條は車から降りて、後部座席にまわり祐樹を起こす。
だがしかし、まだまだ酔いは覚めない。先ほどまで少し寝ていた祐樹は、ゆっくり瞼を上げると


「…だっこ…」


西條の脳を痺れさせる(果ては下半身に直結するくらいの)程のとろんとした眼差しでおねだりをしてきた。
一生懸命腕を延ばして、西條の胸倉辺りを頼りなく掴む。
祐樹の言うとおりどころか、ここで押し倒してぎゅうぎゅうに抱きしめたい!と、西條の欲望が疼く。
だが、ここは祐樹の家の前。祖母が居間にいるのだろう、灯りも点いている。

西條は必死に唾を飲み込んで欲望を押し殺すと、


「それは今度な…、支えてやるから降りろ…」


さりげなく、機会があったら抱っこはすると伝えて祐樹を何とか車から降ろす。
さすがに奈良漬で千鳥足になるほどでは無いが、少しふらふらしている。
祐樹の肩を支えながら、何とか玄関に辿り着くと無理やり取り付けられたような呼び鈴を鳴らした。

しばらくすると、ぱたぱたと小さな足音が奥から聞こえてくる。
鍵を開け、ゆっくり開けたドアからは少し眠たそうな祐樹の祖母の顔が見えた。
西條は今にも寝そうな祐樹を支えながら、一礼する。


「すみません…、奈良漬大量に食べて酔っ払ったみたいで…」


事情を説明して、未だに夢と現実の境を行ったりきたりしている祐樹を支える西條。
そんな西條を、祖母は不思議な眼差しでじっと見つめる。



「あらら…ごめんなさいね、わざわざ…ありがとうございます」


少しだけ、力無く微笑むと祖母は深々と礼をする。
つられて西條も深々と礼をすると、支えていた祐樹をうっかり地べたに座り込ませてしまった。
慌てて立ち上がらせ、「家に着いたぞ」と必死に呼びかける西條。
すると、先ほどの素直どころか欲望駄々漏れな祐樹はまたもや西條にべったり抱きついてしまう。


「西條さん…」


へにゃあと、ひどく幸せそうな笑みを浮かべて。
その表情と、慌てつつも嬉しそうな西條の表情を見て、祖母は目を伏せる。
祖母の表情には気づかなかったが、西條は慌てて祐樹を引きずるようにして玄関に座らせた。

酔っ払った祐樹は、ありがたいことに自分で靴を脱ぐと這いずるようにして奥へと消えたのだった。
玄関に着いた、寝る。という簡単な方式が彼の中で出来ていたらしい。
2日酔いにならなければいいが、と西條はほっと胸を撫で下ろす。
祐樹の祖母にまた一度謝罪をして、戻ろうと西條が彼女の方を向くと、


「…西條さん、こんなことを聞いてしまうのは野暮かもしれませんが…」


彼女は、震える声で西條を呼び止めた。
こんな表情の祖母を見るのは初めてで、西條は思わず息を止める。
2人の間に、少しだけ冷たい沈黙が走った。



「あなたは…祐樹のことを…、好いているんですか?
…恋仲、として…」



彼女の瞳が、少しだけ涙で潤んでいた。
真っ直ぐに西條に向けられたその目線は、どの針よりも、どの槍よりもひどく彼の胸に突き刺さる。

本当は、言えない。
男で、8つも年上で、アルバイト先の社員である西條が祐樹と恋仲になっているなんて。
きっと彼女は失望してもう二度と祐樹に近づかないで欲しいと告げるだろう。
そう、西條は確信した。心が冷水で満たされるような感覚に陥る。

しかし真っ直ぐに見てくるその瞳に、嘘を吐くことは出来なかった。
何より、祐樹のことを好きだから、大事にしたいからこそ言わなければならないと、西條は気づく。

乾いた喉に、無理やり唾を飲み込ませると、西條も真っ直ぐ見つめなおす。


「…はい、俺は…岡崎の事が好きです。
今、報告するか迷いましたが、…彼とそういう仲として付き合っています」


不思議と、はっきりとした声がでた。
緊張して祐樹と呼ばず、名字で呼んでしまったがしっかりと伝えることが出来た。


けれども、その事実は彼女にはあまりのこと過ぎて、受け止めきれない。


ひゅ、と空気を呑む音が聞こえたかと思えば祖母はひどく複雑な表情を浮かべる。
眉尻が下がり、皺が更に悲しげに増えた。
そして、涙がはらはらと静かに頬を流れ、土に落ちてゆく。



「…ごめんなさい…私は、あの人のようにうまく、できない…。
祐樹が、西條さんが幸せなら、私も認めようと思っているのに、どうしても…できない…
古い考えしか出来なくて…ごめんなさい…!」



嗚咽混じりの、悲しい叫びが西條の胸に鋭利な刃物になって突き刺さる。
肩を揺らして涙を流す祖母の、頼りない肩を支えることも出来ないくらいに。
西條の目の前が一瞬真っ暗になる。自分がしたことが、言ったことがこんなにも人を悲しませるなんて。

何とか声をかけよう、と西條が唇を振るわせた瞬間。


「…ごめんなさい、困らせてしまって…。
もう少しだけ、時間をください…大丈夫、祐樹と会わないでなんて言いませんから…」


無理やり繕った笑みを作って、祖母はまた西條に謝る。
そんなところは、祐樹にとても似ていた。いや、祐樹が彼女に似たのだ。
西條はぐっとまた唾を飲み込むと、また深く礼をして、


「分かりました。
…俺は、岡崎が俺と付き合って幸せになれないのなら、別れる覚悟も出来ています」


だから、あなたが全てを抱え込まなくてもいいんです。
そう小さく告げた。
その言葉に、祖母がまた涙を流し始めたとも知らずに。




ラジオが、エンジン音に少し負けている真っ暗な車内。
西條は車をアイドリングしたまま、ホームセンターの駐車場にしばらく留まっていた。
ハンドルに突っ伏して、ぐるぐるする頭をぶつけて仕事モードに切り替えようとする。
思い浮かぶのは、自分に縋り甘える大事な祐樹の姿と、その祐樹を自分よりもずっとずっと長く大事にしてきた彼の祖母の涙。

ずっと、自分の傍にいてほしいのに、それを望めない人があんなに傍にいる。
祐樹の幸せを願っているのに、恋心というのは無情なことに無償ではない。
そして西條は気づく。


誰も傷つかない恋なんて、初めから無かったのだと。

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