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人気の無い倉庫に連れて来て、手を放した西條の一言は、


「岡崎…お前なぁ、バイト中に変な行動とんじゃねぇよ!」


と、以前と変わらぬ注意の言葉だった。
お客が不信がるだろうが!といつものように怒鳴りながら、ペットコーナーに補充する分を台車に積む。
ちょうど、新しい商品が来たので祐樹に頼もうと思っていたらしい。
だが、祐樹はというと、頭をぶつけたことと西條に叱られたことでしゅんと肩を落としていた。

元々西條に叱られることは嫌だったが、付き合ってから叱られるとその落ち込みは倍増する。
仕事で怒られただけなので、嫌われた訳ではないだろうけどもやっぱり凹んでしまう。
すいません…と小さく萎れたような声で謝ると、西條の用意した商品を早速補充しようとした。
台車に手をかけて、「じゃあこれ補充してきます」と言おうと思った矢先、



「…大丈夫か?」



先ほどまでカリカリしていた西條からは出ると思えないような、優しい声が降ってきた。
同時に掌が祐樹のふわふわな髪の毛を包み込む。
さっき、祐樹が頭をぶつけたことが心配なのだろう。
腫れてはいないな、と呟きながらそっと掌を放した。

仕事モードの時はしっかりと叱るべき所は叱る西條。
だがしかし、それ以上に祐樹のぶつけた頭が心配だったらしい。
受験生なんだから頭打つなよ、と少しぶっきらぼうに言って西條は自分の仕事に戻ろうとすると、


「…あの…」

きゅ、と遠慮がちに西條のシャツの裾が捕まれた。
その小さな力にも西條はぴたりと動きを律儀に止める。
自分を引き止めた方向を振り返れば、そこには祐樹が伏し目がちにはにかんでいた。
照れて嬉しそうなその表情で、


「…あざっす…」


小さくお礼を呟く。
しかし、照れくさかったのか、祐樹はすぐに手を離すとご機嫌に台車を押して出て行ってしまった。
いきなり可愛らしいことをされて、放心している西條を放置して。


台車を押しながら、祐樹なりの軽快なステップで目的地へ向かう。
微かにハミングを奏でながら、祐樹はご機嫌に渡されたペット商品を指定された棚へ積んでいった。
新しく仕入れたのは、鳥のおやつらしい。
軽く柔らかい袋の感覚を楽しみながら、手早く仕事を済ませてしまう。

少し心配されただけだというのに、祐樹はこんなにも嬉しくなってしまうのだ。
こんな、些細なことで浮いたり沈んだりする心。
それに気づかないほど、今の祐樹はとても浮かれていた。

それほど、西條のことが、大好きなのだ。


(がんばろ…)


また新しい商品を補充しながら、祐樹はぐっと下唇を噛む。
西條に優しくされて、触れられただけで勉強もバイトも全て頑張ろうと思えたのだ。
大分単純な思考回路になった祐樹は、そのことに何の疑いも落ち込みもせず黙々と手を動かし続けた。



一方その頃、1人取り残された西條はというと、先ほどの祐樹の行動と表情に半ば頭を抱えていた。
前々からはにかむ表情が可愛いとは思っていたが、自分に直接向けられると話が違う。
本当はその場で抱きしめたかったが、如何せんここは職場。
仕事と恋愛は区切りたい西條(変な職場恋愛になっているかもしれないことは置いといて)。

ぐっ、と拳を握り締めて浮つく感情をなんとか押し殺しながら、自分の仕事を始めたのだった。



「そういえば、球技大会まであとどのくらいですか?」

エプロンを畳みながら、ひよりは鞄を背負う祐樹に質問を投げかけた。
閉店時間が過ぎ、まだ残業のある西條と店長以外のバイト2人は帰り支度をしている。
祐樹は「あー…」と言葉を濁らせながら、チラチラとカレンダーを見ては溜息を吐いた。


「終業式前日だから…あと1週間くらい…?」


「早っ!大丈夫なんですかそれ…」


ひよりの心配そうな声に、祐樹は乾いた声を出しながら無理に笑う。
大丈夫、などでは無かった。
ずっと外野にいたい気持ちがあるのだが、外野だとしてもボールが取れずに足を引っ張るであろう。
クラスメイトに迷惑をかけることだけはしたくないな、とぼんやり思った。

しかし、ソフトボールの道具など1つも持っていない。
精々、昔祖父が買ってくれた子ども向けのプラスチック製のものがある程度だ。
それでなんとかなるだろう、と心配するひよりに話しかけながら、祐樹は帰ろうと足を進めた。
が、そのとき。



「岡崎、…こっち来い」



事務室から出た瞬間、待ち構えていたとばかりに西條が祐樹を呼び止める。
手には沢山の書類があるので、残業中である。
店長の目を盗んでこっそり事務室の方へ来たのだ。祐樹は、いきなり呼ばれたことに胸を高鳴らせながらも、緊張して思わず身体を固まらせる。
「は、はい…」なんて、上擦った声を出しつつ西條の元へ向かった。
後ろで2人が付き合っているだなんて思っても見ないひよりの、「では私は先に帰りますね!」と気の利いた言葉を聞きながら。


そっと、祐樹は目線を上げて西條を見上げた。
西條は手持ち無沙汰なのか、手に持っている書類の端を弄りながらじっと祐樹を見つめている。

その瞳に、自分が映っているということが未だに不思議で、祐樹はつい唾を飲んだ。
つい1,2時間前も話したというのに、まだ慣れない。


すると、ひよりが出て行った音を確認した西條がやっと口を開いた。



「お前、ソフト出来ンのか?」


「…へっ?」


何を話すのかと思いきや、西條もひよりと同じように祐樹の運動神経を心配していたらしい。
ぽかん、と口を開けてぼんやりする祐樹を余所に、



「前にバッティングセンター行った時ぐらいだろ。
キャッチボールとかはしたことあんのか?まさか無いとか言わねぇだろうな…」


べらべらと饒舌にソフトについて色々と質問してきた。
いきなり沢山の質問をされて、少々混乱する祐樹。
わたわたと両手を忙しなく動かしながら、祐樹は「無いっす…」と申し訳無さそうに呟く。



「俺…あんま外で遊ぶの好きじゃなかったし…」



そして、西條の前だから少しだけ弱い部分を零す。
外に出て遊ぶことなど避けていたし、元から運動オンチなのでスポーツも避けていたのだ。
そんな自分が今回、ソフトボールなんて団体球技をするとは思わなかったのだろう。
しゅん、と頭を下げて落ち込む祐樹。

そんな祐樹を見て、西條は思わずまた小さな頭に掌を置いてしまった。
ぽんぽん、と優しく二度三度叩くとそっと手を離す。
ふわふわの髪の毛が揺れて、ゆっくりと祐樹の潤んだ瞳が見えた。


「落ち込むんじゃねぇよ、俺が教えてやるから。
…時間無ぇけど、少しはマシになンだろ」


俺も野球よりサッカーばっかやってたから、教えられるかは分かンねぇけどな。
なんて、ちょっとだけ自信なさげだけれども。
西條は当初の目的である「祐樹にソフトボールを教える」という誘いを不器用に伝えた。

すると、祐樹は先ほどの落ち込んだ表情とは一変して、


「…よ、よろしくお願いします!
あ、でも俺、おもちゃのバッドとボールしかなくて…あれ、いくら位するンすか?」


嬉しそうに笑いながら、早速道具の相談をし始める。
相変わらず内容がどこか抜けているが、西條は誘いに乗った祐樹に安心して、ほっと胸を撫で下ろした。
道具は俺が持ってくるから、と先ほど望月に『お前が持ってるグローブ貸せ』とメールしていたことを隠すことも忘れずに。


次の土曜日、西條が休みで祐樹もバイトが無いのでその日に練習をすることになった。
バッティングセンターで少々打ってから、川原周辺でキャッチボールをする予定である。
早速、2人きりで会う約束が出来て、祐樹は内心とっても浮かれてしまう。
付き合う、ってどうするんだろうと悩んでいたことがまるで嘘のように。


浮かれてへにゃっと笑う祐樹を見て、西條は思わずあたりをきょろきょろと見渡す。
店長はまだ気づかないのか、気配を見せない。ひよりは帰ったことなので、2人のいるフロアには他に誰も居ない。
明日は祐樹のシフトは入っていないので、会えるのは明後日以降だ。しかも2人きりではない。

西條は意を決して、


「岡崎、」


あたかも自然を装いながら、祐樹をそっと抱きしめた。
暖かい体温同士が触れ合って、二乗になる。
祐樹の香りが、ふわっと鼻腔を掠めた。

だが、それも長くは続かなかった。なぜならば、


「おーい?西條君、在庫の確認は?」


静かなフロア中に響き渡る店長の声で、西條はパッと祐樹から離れてしまったからだ。
慌てて「今行きます」と西條は店長に告げると、「またな」と祐樹に伝えて、すぐに倉庫へと走っていく。
ばたばた、とフロアに西條の足音が響き、遠のいて消えた。


いきなり抱きしめられたかと思ったら、あっという間に去ってしまった西條に、祐樹は呆然と立ち尽くす。
それでも、触れられた箇所にそっと手を置くと、一気に心臓は鼓動を早め頬を熱くさせた。


(…これが、付き合うってことなのか…?)


喋って、約束をして、触れて、どきどきして。
1つ1つを確認しながら、祐樹は静かに店を出た。
祐樹は次のシフトが待ち遠しくてたまらないのか、何度もシフト表を見つめて。

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