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図書館で黙々と各々の勉強をする3人。
その中で祐樹は、今ひとつ苦手な地理を一生懸命勉強していた。
特に、海外に幅を広げたグラフ問題は苦手で、覚えようとしても範囲が広くてなかなか掴めない。
本当は生物や化学に手を付けたいのだが、この地理を克服しなければ次の実力テストは(祐樹の中で)アウトだ。


(んー…、近畿地方は教科書見直すか…)


祐樹は参考書云々よりも、教科書を見る。
参考書の選び方がまだ分からないというよりは、教科書一筋という一途さによるもの。
ぺらぺらと教科書を開きながら、ふと雄太に言わなければならない事を思い出した。
すぐに言わないと忘れそうなので、図書室ということも配慮して小さな声で雄太に囁く。


「…そういや東條さん、ココの球技大会来るってさ」

「ふーん…」


雄太はガリガリと懸命に数学の問題を解きながら、適当に返事をする。
だがしかし、祐樹の言葉の意味をようやく認識すると、急にシャーペンの動きを止めて目を見開いた。
あまりに驚いたのか、机がガタガタと揺れ、彼の肘の近くにあった筆箱は大きな音を立てて無残に床に落ちた。
落とした筆箱を、長崎が拾うのも気づかずに、雄太は祐樹に詰め寄る。


「は!?何でだよ…!?」

普段どちらかといえば冷静な雄太が、思わず大声を上げてしまうほど取り乱した。
図書室という空間のおかげで、3人は目立ってしまう。
さすがに周りの雰囲気に気づいた雄太は、ひとつ咳払いをして周囲に少し謝りながら何とか落ち着いた。
気を落ち着かせて、もう一度祐樹の目をしっかりと見ながら、問う。


「何で東條が来るンだよ」

「奈多高、球技大会無いから見てみたいらしい…応援するって張り切ってたぞ」


わくわくしながら、少女特有の明るい声で「頑張れ!」と応援するひよりが安易に目に浮かんだ。
ひよりの事だろうから、祐樹が軽く言った言葉に全力で食いついてきたのだろう。

疲れた表情を見せる雄太に、祐樹は慌てて手を合わせて「ごめん!」と謝る。
だが雄太は、祐樹のせいではないのでどこにも感情をぶつける事が出来ない。
双方共に不思議な空気になって、2人共乾いた笑い声を上げた。

そんな可笑しな2人に、長崎は1人首を傾けて疑問の眼差しを向けたのだった。


勉強に集中すると、あっという間に時は流れる。
気がつけば、図書室が閉まる6時を向かえていた。
初夏のおかげか、外は未だ明るいため時間間隔が薄れているのだ。まだ、時間があるのだと思い込んでしまう。
3人は何を言う事もなく、以心伝心のように無言で荷物を片付け始めた。
拡げた教科書・ノート・参考書を鞄に詰めると、トレーニングが出来そうな程重くなる。
それを半ば背負いながら、彼らは図書室を後にした。

少しずつ薄暗くなってくる空の下、祐樹と雄太は電車通の長崎と別れて2人のんびりとバスを待つ。
半袖になり、露になった腕を祐樹は無意識に掻きながら、バスプールをじっと眺めた。
祐樹がぼんやりしていると、雄太は単語帳を眺めながらまた先ほどの話をぶり返す。


「…東條来るのはいいけど、俺の出る種目とか時間とか教えるなよ」

ぶっきらぼうに呟く雄太に、祐樹は口をへの字に曲げて首を傾けた。
雄太が見られたくない気持ちは分かるけれども、ひよりに何度か聞かれたのだ。
「鶴谷先輩の出る種目はなんですか?」と。
彼女は、ともかく応援がしたいらしい。誰のでもいいという訳ではない、それは雄太だからだ。
自分を救ってくれた人に、何かしらの喜ぶ事をしたいのだろう。

その気持ちも分かる祐樹は、「分かりました」とも言えず。
とりあえず、苦笑しておいた。


「本当に教えるなよ」

「…分かってるって、うん」

バスに乗ってからも散々教えるなと言われ続け、困った幼馴染だと祐樹は家に着くまで苦笑しっぱなし。
だがしかし、ひよりのおかげで雄太に西條との事を散々突っ込まれなくて済んだと内心安心していた。


そして、数日経った金曜日の夕方。
結局金曜日まで特に変わった事もなく、いつも通り試験勉強と授業ばかりだった祐樹。
しかし、今日は久しぶりのアルバイトの出勤日である。
付き合ってからというもの、特に西條とはこれと言ったメールのやり取りが無かったので、実質付き合ってから会うのは初めてだ。
不思議な高揚感にドキドキしながら、祐樹はいつもより少し早めに裏口を潜る。

相変わらず埃臭い倉庫を、ちょこっと咳き込みながら横切るとガタガタとダンボールの揺れる音が聞こえた。
その音に、祐樹は敏感に反応すると、西條じゃないかと胸を高鳴らせた。
何て言おう?挨拶だよな?なんて心の中で自分への質疑応答を繰り返していると、音の主はあっさりと祐樹の目の前に現れる。


「おはよう、岡崎君!」

「て、店長…おはようございます」


首に巻いたタオルで汗を拭きながら、いつも通り人の良さそうな笑顔で現れたのは店長だった。
祐樹も笑顔で店長に挨拶を返すと、そそくさと店長の横を通り抜けて事務室に向かう。
決して、店長が苦手な訳では無いのだが、無駄に西條との事を意識してしまっているのだ。
気づかれたら怒られるだろうな…と、危惧しているのだ。
この数日の間、実はそのことをちょっぴり気にしている祐樹。

西條にメールで相談しようかと思ったが、
『俺たちが付き合ってること店長に知られたら、』の部分で恥ずかしさが爆発してしまい諦めたのだ。
未だに付き合っていることに今ひとつ実感が得られていない祐樹。
『付き合っている』という単語が、恥ずかしいような嬉しいような、それでいて本当かどうか分からないふわふわした感情に襲われる。
そんな状態の事を気づかれたくないため、逃げ出した始末だ。


とにかく早く仕事モードに切り替えようと、気合を入れて事務室の扉を開ける。
すると、


「あっ、おはようございます岡崎先輩!今日は早いですね」

「おっ、おはよう東條さん」


いつも早いのであろう、ひよりがパアッと華やぐような笑顔で挨拶をしてきた。
どうやら彼女はいつも早めの出勤らしく、時間が来るまでのんびりと椅子に座っている。
手持ち無沙汰にタイムカードを弄っているひよりの指先を見ながら、祐樹はまたしてもそそくさと目を合わせないようにロッカーに逃げ込んだ。
ひよりの不思議そうな視線を感じないことにして、祐樹はいそいそと荷物をしまいエプロンを着る。
どうか、西條関連のことを聞いてきませんようにと祈りながら。

応援してくれている彼女には報告した方がいいかもしれないが、実感も出来ていないことを報告することは出来ないのだ。
だが、そんな祐樹の思惑など知らないひよりは、


「そうだ、岡崎先輩!」

くるりと身体を回転させて、祐樹に向かうと笑顔で話しかける。
いきなりのことに祐樹は肩を跳ねさせ、口元を引きつらせながら振り向き、

「えっ、特に何もないよ!?」

「へっ?何がですか?」

先走った返事をして、ひよりを呆けさせてしまった。
口を半開きにして、不思議そうに見つめるひよりの表情に、やっと自分がアホな返事をしたことに気づく。
祐樹は慌てて「違うなんでもない」と否定しつつ、ひよりに何か用があるのかと問うた。
すると、ひよりはあまり細かい事を気にしない性格なのか祐樹への疑問を忘れて、


「岡崎先輩の種目聞いてなかったンですけど、鶴谷先輩と同じですか?」

自分の聞きたかった質問をぶつけた。
直球に尋ねるひよりの純粋さに、祐樹は思わず渋い表情を浮かべてしまう。
言いたいのだが、雄太には言うなと何度も釘を刺されているのだ。
天秤にかけられるのは苦手なので、祐樹は思わずもごもごと口を動かしながら誤魔化そうと目を泳がせる。

だが、そんな誤魔化しなど効かない東條ひより。
彼女はギラリと目を輝かせると、(彼女にとって)軽い力で祐樹の首根っこを掴んだ。
ぐっと力を入れると、男性の中では細めであろう祐樹の首がビクリと跳ねる。


「ひっ!?」

「教えてくださいよー、せめて岡崎先輩のだけでも!」

ひよりはそう言いながら、祐樹の首を軽く片手で揉み始める。
人間に死の恐怖を直接的に与えるであろう首に手をかけられ、祐樹は天秤を簡単にひよりの側へと傾けたのだった。
それほど、日ごろからされているひよりからのスキンシップは軽い恐怖なのだ。
祐樹は、そーっとひよりの手を外しながら、


「俺はソフトだよ…雄太は…教えるなって言われたけど、とりあえず種目は卓球だから」

正直に情報を告げる。
すると、ひよりは満足したのかパアッと笑顔になって、


「そうなんですかー!ソフトだと応援しがいがありますね!友達も連れて行きますね!」

祐樹にとって嬉しいようなツラいような計画を立てたのだった。
意外なことに、雄太の事は何も言わなかったのだが恐らく言わなくても彼女ならば応援に行くだろうと祐樹は悟る。
あまり深追いすると、照れ隠しと言う名の暴力を受けるので、祐樹は雄太関連の事には口を噤むことに決めた。


「岡崎先輩、野球好きなんですか?」

「いや、やったことない…ルールよく分からん…」

「え、何で選んだんですか」


その代わり、祐樹のソフトボールに悲しくも選ばれたことを説明していると、事務室のドアが開く。
ガタガタと何やら小さめのコンテナを運んできているらしい。
祐樹とひよりは揃ってそのコンテナに目を落とすと、中身は最新のポップカードやチラシの数々。
それを運んでくるのは、店内でも数人しか居ない。


「西條さん、おはようございまーす!」

「ん、おはよう。東條」

コンテナを運び終えた西條が、くるくるとペンを回しながらひよりに向かって挨拶を返した。
特に気にしていないのか、祐樹とひよりの方向を見ないでの返答だ。
店長席に座って、黙々と書類仕事を始める西條は、祐樹がいることに気づいていない。
それもそのはずで、祐樹はあまりの緊張で挨拶が出来ず固まっているのだ。

石のように固まって動かない祐樹に、ひよりは更に不思議がりながら、


「岡崎先輩、挨拶しないンですか?」

と、普通の声量で祐樹に話しかけた。
その瞬間、西條は先ほどの億劫そうな動きとは思えない程の速さで振り返り、祐樹はハッと勢い良く顔を上げる。
2人の意味不明にシンクロした動きに、何も知らないひよりは目を丸くするばかり。

そして、

「お、おはようございます、西條さん」

「おう、…おはよう」


視線を合わせたかと思うと、すぐに逸らして少々たどたどしい挨拶を交わしたのだった。


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