南風薫る手紙
----------


もう7月ももうすぐ半ば、夏休みに突入する準備が始まっている。
その前に、球技大会という祐樹と雄太にとっては嫌すぎる行事が待っていた。
今日は、その球技大会の出場する種目を決める議題でホームルームが進められている。
もちろん進行は、学級委員長である長崎だ。


「種目は、男子がバスケ、バレー、ソフト、卓球で…女子がバスケ、バレー、テニス、卓球です」

これからそれぞれ挙手で決めます、と柔らかな声でみんなに説明する。
特に異議も無いので、皆「了解でーす」と口々に告げた。
そんな中、祐樹は1人ぽわーんと空中を見つめている。しかも口も半開きで、アホ面丸出しだ。
ぼんやりとする祐樹を、隣に座る雄太は呆れたように見つめる。
視線を向けても気づかないほど、祐樹はまるで別世界に行っていた。

「…おい、祐樹。手ぇ上げろよ」

男子の卓球に出場したい人が挙手する番になっても、祐樹は別世界。
雄太が上げろと急かすも、まるで聞いていなかった。
そして、女子のバスケに移動してしまった瞬間、やっとこさ雄太の呼びかけに気づき、

「あっ、あ、ハイ」

慌てて手を上げるももう遅すぎる。
祐樹が手を上げたとき、周りには快活な女子達が手を上げていたのに彼はやっと気づいた。
更に慌てて手を下ろすも、時既に遅し。どっと教室中に笑いの渦が巻き起こったのだった。
岡崎君女子なのー!?とからかう声に、祐樹は顔を真っ赤にして「間違えた!」と大声で言い訳する。
さっきの卓球に上げるンだと長崎に必死になって伝えた。しかし、残念なことに。


「ごめん祐樹君…もう定員オーバーなンだ」

長崎は申し訳無さそうに黒板の文字を指す。
卓球の枠は、ちょうど6人になっていた。ならば、じゃんけんをしてでも勝とうと思ったのだが、

「さっき決めたけど、定員って決まったらもう増やせないンだよ…」

どうやら祐樹がぼんやりしている間に、不思議なルールが決まっていたらしい。
その枠が多かったら、じゃんけんで負けた人は少ないところに行き、定員になったらそこの募集は終わりということだ。
どこにも手を上げる人がいれば、その人は少ないところに行ってもらうルール。
争いごとを避けたい彼らが決めたことだった。
祐樹は呆然と口をあけて、力なく手を下ろしのだった。

結局、祐樹は何という事だろうか、まさかのソフトボールに出場することになってしまったのである。

野球なんて生まれてこの方片手で数える程度しかしたことがない。(しかも大体外野)
バッドもグローブも持っていないし、ソフトボールのルールも詳しくは分からないので祐樹は思わず頭を抱えた。


「お前なー、俺が何回も言ったのに聞かないから…」

放課後、頭を抱えて唸り続ける祐樹の隣で、呆れた雄太が溜息を吐く。
結局、雄太は長崎とペアを組むことになってしまったのだ。
長崎とも仲が良いので雄太は構わないが、問題は祐樹。

どうしよう…と唸りながら、図書館に勉強しに行くために祐樹は鞄に教科書を詰める。
今日は課外が無いので、雄太と長崎と図書館で勉強する計画だ。長崎が報告書を生徒会に提出しに行くまで、待つ2人。
教室内も人がちらほらしか居ないので、雄太は思い切って聞いてみた。

「何かさ…今週の初めからお前…おかしくないか?」

日曜である8日以降、祐樹は時間が空けばひたすらぼんやりしていて、あまつさえ勉強中でも時々ぼーっとしているのだ。
授業中はさすがに真剣に勉強しているが、それでもやっぱり呆けている。
昼休みには時々携帯をじっと見たり、時々思い出したように小さく微笑んでいたり。
西條に恋をしていることは雄太も知っているが、これほどでも無かった気がする。


「…西條さんとなんかあったのか?」

とりあえず、祐樹がこのように恋に焦がれまくった状態になるのは西條関係に間違いない。
雄太がハッキリ聞けば、祐樹は何度か大きく瞬きしたあと、

「え、いや、別に…」

もごもごと言葉を濁らせながら、頬を朱に染めて目を伏せた。
そしてまたぼんやりし始める祐樹に、雄太はちょっとイラっとして思わず机を軽く叩く。
ガタン!と机の金具が鳴り、祐樹は思わず驚いて震えてしまう。


「嘘吐くなよ、祐樹…」

「ごめん…」


長年の付き合いだ、今更嘘なんて吐かれたくない。
雄太は「俺は何言われても大丈夫だから」と優しく祐樹を諭した。
祐樹の過去のことから、西條を好きになったことまで知っている。
今更大きなことなんて、病気とか命に関わることくらいでしか動揺しないだろう。
そんな雄太を、もちろん祐樹は信用している。このまま黙っていようとも思っていなかったので、祐樹は恐る恐る口を開いた。



「…俺、そのー…だな。西條さんに告白されて…つつ付き合うことになった…」


周りに聞こえないよう、こしょこしょと雄太にだけ聞こえるように報告する。
付き合った日から数日経っているが、未だ夢なのか現実なのか分からないけれど、報告。
すると、雄太は一瞬にして目を丸くして、わたわたと手を動かした。
えっ?えっ?と何度も疑問符を繰り返しながら、動かした手を眼鏡に当ててしまい、眼鏡が机に落ちる。
雄太は慌てて落ちた眼鏡を拾い、息を吐いて何とか落ち着いた。

あまりのことに、いつもの冷静さがどこかに行っているようだ。


「え…?マジで?西條さん…祐樹の事好きなのか…?」

「…お、おう…そう言ってた…」


俺はお前の事が好きだ、なんてとってもシンプルでストレートな言葉。
その言葉を思い出して、祐樹はまた頬を染めながらふにゃあと幸せそうに破顔する。
西條のことが好きで、叶わなくてもいいからこの気持ちを大事にしたいと思っていた。
けれど、西條も自分の事が好きで、付き合うという一番傍にいれる幸せを手に入れたのだ。

いくら障害があろうとも、叶ったからには見えなくなる。


それを雄太も承知で、祐樹の髪をぐしゃぐしゃになるまで頭を撫でながら、

「やったじゃんか!良かったなぁ、祐樹。幸せそうなツラして…」

うらうら、と祐樹の緩みっぱなしの頬を抓ってからかう。
柔らかい頬は面白いように伸びて、祐樹のある程度整った顔が変に歪むので、思わず雄太は噴出した。
自分の顔をおもちゃにする雄太に、祐樹は「やめろ!」と何とか抵抗して、手を外すことに成功。
すると、雄太がちょっと真面目な顔をして雄太の額をトンと軽く小突いた。


「祐樹が幸せなのは良いけどさ…最近お前ボーっとしすぎ。受験だろ、俺たち」

雄太に言われて、祐樹はようやく自分がいかに浮かれすぎているか気づいた。
西條と付き合うことが出来て、以前以上に頭の中は西條のことばかり。
メールのやり取りは少ないけれども、その1つ1つが楽しくて嬉しくてたまらないのだ。
以前は、家に帰宅すれば3時間は集中して取り組んでいたのに、最近は携帯ばかり気にしてしまうほど。

このままでは、志望校はおろか学年順位まで下がっていくかもしれないのだ。


「…うん、何とか割り切る…」


勉強と恋愛はちゃんと割り切らなければならないことを、約束する。
祐樹にも大学へ行くという目標があるのだ。その夢を、自分の浮かれで潰すわけにはいかない。
とりあえず、今日から勉強時間を増やそうと祐樹は決めた。
その真剣な眼差しを見て、雄太はひとまず安心する。
ふう、と小さく息を吐いて長崎が来たことを横目で確認した。

2人とも鞄を持って、報告を終えてきた長崎の元へ向かう。
教科書と参考書が詰まった鞄はとても重たいが、これを乗り越えなければならないのだ。
頑張るぞと意気込んでいる祐樹に、ふと雄太は聞く。


「そういや…西條さんっていくつ?」

やっぱり、知ってしまった友人の恋人関係はとにかく気になるらしい。
特に照れるところでもないので、祐樹は長崎に「行こう」と呼びかけつつ、


「ん?26」

「…8歳も離れてンのか…」


特に気にしていないのか、西條の歳をサラリと告げた。
祐樹は年の差を気にしていない。
それ以前に気にすることがたくさんあったので、年の差なんて世間では薄れてきた障害も忘れてきたのだ。
それでも、ちょっと気にするところもあったりするのだが、今は気にする必要が無い。

「西條さん、子どもっぽい所あるから精神年齢だと近いかもよ」

けけけ、と意地悪に笑ってピースする祐樹。
普段ならしないような表情は、きっと西條の色に染まり始めたからだろう。
ちょっと寂しいなと雄太は思いつつ、「今度紹介しろよ」とからかった。

そんな2人を、長崎は不思議そうに首を傾げて見つめる。
何だか楽しそうだなぁ、なんて和みながら、


「祐樹くん、ソフト頑張ってね」

「うっ…それは、まぁ…ははは…」

祐樹が忘れかけていた辛い事実を告げたのだった。

- 155 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -