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「…ああ、ココは結婚式場も兼ねてるンだ」


白い美しいチャペルから、赤い絨毯の上をフラワーシャワーを浴びながら出てきた新郎新婦がいた。
祝福の花びらを浴びて、幸せそうに笑って腕を組む2人。
おめでとう、幸せになれよと温かい言葉も浴びる2人が、何だか羨ましくもあり、他人なのに幸せになって欲しいとも思えた。
西條と祐樹が2人ともぼんやりと式場を見ていると、花嫁に気づかれる。
軽く会釈をされて、慌てて2度ほど会釈をし返した。

そんな2人を、新郎新婦は微笑みながら「ブーケトスするので参加してみてください」なんて声をかける。
辺りには新婦の友人であろう、女性達が眼をギラギラさせているというのに。
祐樹と西條は元々ノリ気ではないので、愛想笑いをして「お幸せに」と告げ、別の場所に行こうとした。
が、そのとき。


「そーれっ!」

勢い良く花嫁がブーケを放った。
細身の彼女から、まさかそんな力が出ると思わなかった女性達は慌てて後ろへと下がる。
だが、綺麗に弧を描くそれには追いつかない。そして、ピンク色の綺麗なブーケは、

「ぎゃ!?」

勢い良く祐樹の頭にぶつかり、西條がそれを上手くキャッチした。
まさかの出来事に、2人とも眼を見開いて見つめあう。
途端、チャペルの前からは爆笑の嵐。
まさか、ブーケが勢い良く飛んで見知らぬ人の頭にぶつかるなんて思いもしなかったのだ。
カメラを回していた人も、ズームをして西條と祐樹を撮る。レンズには、あっけにとられる2人の姿が映し出される。
新郎が腹を抱えながら、2人に手を振って大声で伝えた。


「どうぞ!あなた方に差し上げまーす!」

次は君たちが幸せになってくれ!と冗談交じり。
西條はそう言われても、慌てて返そうとするが、新郎新婦はおろか周りの親族達までもが「どうぞ!」と茶化すので仕方なく受け取った。
これ以上ココにいることは気まずいので、西條と祐樹は慌ててチャペルの前から離れる。

そして、あまり人気の無い花畑の前のベンチに腰を下ろした。
園内の端っこに位置するので、人はほとんど居ない。
おかげで静かな空気が、2人の間に流れる。ひらひらと、目の前に蝶が舞う位だ。

すると、西條は持っていたブーケを祐樹に渡す。

「やるよ」

「え、でもキャッチしたのは西條さん」

「最初にお前の頭に当たっただろ」

最初は遠慮していた祐樹だったが、そう言われると受け取らざるを得ない。
入場時に、従業員に貰った小さな花束とブーケ。
2つも花束を貰って、何だか不思議だと思うけれど、花は好きなので受け取っておいた。
色とりどりのブーケをじっと観察する祐樹と、ぼんやりと空中を見つめてまったりする西條。

のんびりした、静かな空気がとても心地よい。
遠くで聞こえるチャペルの鐘の音がまた、静けさを強調させていた。


ふと、西條はあることにハッと気づく。
ちらちらと祐樹を横目で見て、未だあるキスマークのことを思い出した。


(…これ、チャンスじゃねぇか…?)


静かで、人もいない。
ましてや、心地よい空気と温かい風。そして綺麗な花畑に囲まれた場所。
これは、キスマークの真実を聞くどころか、告白が出来る絶好のタイミングだ。
相変わらずブーケを観察するのに夢中な祐樹だが、大人しく西條の隣にいる。

西條は気づく、このタイミングを逃したら自分が祐樹とゆっくり話が出来る時間なんて早々無い事を。

祐樹が夏休みに入れば、また彼の勤務時間は変動するし、自分も忙しい。
どうやら夜は勉強に打ち込むらしいので、また土日の昼だろう。
メールでこういうことを言ったりするのには慣れていないし、出来るなら祐樹には面と向かって伝えたい。
たとえ、打ち砕かれたとしてもだ。


「…岡崎」


よし、言おう。
そう決めて、西條は祐樹を呼んだ。
すると、祐樹は素直に目線をブーケから西條に移す。
「はい?」とちょっと微笑みながら、上目遣いで期待を含めた眼差しを向けた。
その可愛さに、思わず西條は言葉を失くす。
今まで、上目遣いで見られることは五万とあったのに、なぜか今はひどく可愛く見えた。

それは、祐樹が心底幸せだからだ。
しかもベンチで隣同士なので、結構近い。


西條が何も言わないので、祐樹は不思議がって首を傾けた。
最近、何だか自分を呼んだだけのことが多いなぁと。
別に嫌ではないので、祐樹は西條の言葉を待つ間、ブーケの花を1、2本取り出す。
それを器用に編みこんで、後ろの『自由にどうぞ』のミント畑からいくつか貰って更に編みこむ。
不器用ながらも、ちょっと綺麗に出来た花の杖みたいのを西條の膝に置いた。


「西條さんにも、あげます」

へらっと笑って、もう1本作りまた西條の膝に置く。
幸せそうにブーケを持つ祐樹を見て、西條の心が一気に震えた。

好きだ、幸せにしたい。

その二言が脳内を駆け巡る。
祐樹を好きだと自覚してから、ずっと考えてきたことの結論のようなものだった。

不器用で、アホで、時折素直じゃなくて、ちょっと生意気な年下の男。
でも、一生懸命他人の事を考えて、優しくて、温かい。
へにゃっと幸せそうに笑う表情、苦しそうに涙を落とす表情、ちょっとむくれた表情。
西條の傍に居たいと願った健気な言葉。
俺も寂しいよ、という言葉は「あなたが寂しいと俺も寂しい」という言葉だった。

ぐるぐると、祐樹に出会った時の事から今日までを思い出す。
俺は死ぬのかと馬鹿げたことを考えながら、一度祐樹から眼を離した。

反対方向を意味も無く見つめて、はぁーっと勢い良く溜息を吐く。忙しなく両手を動かしながら。
バカみたいに緊張して、心臓がバクバクと鼓動を早めた。
何で俺はこんなに緊張してるんだ、ガキか!と自分を落ち着かせるように戒めるも、身体はいう事を聞かない。

それもそうだ。
今更ながら気づく、西條は自分から告白をしたことがない。
初めての試みすぎるのだ。
自分から告白するのも、年下の同性に告白するのも、こんなにも好きになった人に想いを伝えるのも。
おかげで、思春期の男子みたいになっている自分に嫌悪が沸いて仕方が無い。

それでも、高鳴る鼓動と滲み出す汗は止まらない。
何度も溜息を吐いたり、「あー…」と唸ったりした。


一方、いきなり溜息を吐いた西條に、祐樹は驚いていた。
もしかして、祐樹の行動がアホすぎて呆れたのだろうかと不安になる。
祐樹自身は自分の行動が、アホだとか思っていないのだが、普段から言われているのでちょっと自覚はあった。
どうしよう、とオロオロし始める。

やはり、膝の上に置いたブーケが原因だろうか、と取り除くために手を伸ばそうとした。
そのとき。


バッ、といきなり西條が此方を向いた。
真剣な顔つきで、祐樹をじっと見つめる西條。
その視線に、祐樹の心臓が小さく跳ねる。


「岡崎、…お前は、信じられねぇかもしンねぇけど…」

無意識に足元を動かして、西條はちょっとだけ視線を宙にさ迷わせた。
西條の言葉に、祐樹は首を捻りながら「そんなことないっすよ」と小さく笑ってみせる。
もし、変な嘘だったら「やっぱ信じない!」と言ってみようかな、なんて自分がこれから言われることを考えもしなかった。
いや、むしろ祐樹はそんなことを言われると思いもしなかった。


西條はもう一度息を深く吸い込んで、真剣に祐樹を見つめる。
怖い、正直この言葉を伝えるのはめちゃくちゃ怖い。
けれど、伝えたい気持ちの方が強かった。
大人として、こういう関係の場合はなるべく友達みたいな関係を続けて、いつしか離れ離れになって自然消化するのが一番だと思っていたのに。
祐樹と会えば会うほど、この気持ちは膨らみ続けてしまったのだ。

西條の言葉を、静かに待つ祐樹に、告げた。



「…俺は、お前の事が好きだ」



祐樹の時間と、心臓が止まったような気がした。


静かに告げたあと、しばらくの沈黙が続く。
ちょっとしてから、恋愛対象として、と付け足した西條。
告げた後の顔は、赤いのか青いのか分からない複雑な表情だが、薄っすら頬に朱が走る。

言ってしまった、と思いながら西條は祐樹の表情を伺う。
ひたすら呆然としている表情だ、無理もない。
やはり言わなければ良かったか、と思うも告げた後悔は不思議と無かった。
2人の間に、静かに蝶がひらひらと舞い降りて、祐樹の持っていたブーケに止まる。
その蝶が飛び去っていたと同時に、祐樹の唇が小さく開いた。

「あ、あの…、」

小さく掠れた声を上げた瞬間、ぽろぽろと祐樹の瞳から涙が数滴零れ落ちる。
いきなり涙を見せた祐樹に、西條はぎょっとして後ずさった。
そんなに嫌だったかと心配になるも、心の中では当たり前だよな…と自虐する。
しかし、祐樹は西條の慌てた様子で、やっと自分が涙を零していたことに気づいた。


「あっ、俺なんで…!?違くて、その、うっ…」


嗚咽をあげそうになるのを必死に堪えて、涙を力強く拭う祐樹。
ぐす、と鼻をすすりながら、必死に言葉を紡ごうとする。
あまりにも、急な西條の告白に心が追いつかなくて、いつの間にか涙が溢れていたのだ。
嬉しいのか怖いのか分からないけれど、胸の真ん中が熱くて切なく痛む。
その痛みに不思議と苦しさは無く、甘く思えた。

嬉しいのだ、祐樹は。
西條が自分に、好きだと言ってくれて。

震える声で、祐樹も西條に自分の今の気持ちを、必死に伝えた。


「…俺も、西條さんのこと…好きです…」



最後の方は、零れ出た嗚咽であまり聞こえなかったけれど、しっかり西條に届いた。
祐樹が半泣きで伝えたので、西條は最初自分に怯えて無理に同意したんじゃないかと聞いた。
だが、祐樹が一生懸命首を横に振るのでそれは本当の気持ちだと気づく。
西條を見つめる、瞳は潤んでいてそこからは本当に「好き」という気持ちが伝わってきた。

両思いだ、と確信する前に西條はあまりのことにまたぐるぐると考える。
本当にこれでよかったのだろうか、とか。これから祐樹は大丈夫だろうか、とか。
今更だけれども、これは本当に現実だろうかだとか。

ゆっくりと、西條は祐樹の手に、自分の掌をやんわりと重ねる。
繋ぐにも満たない、重ね合わせた掌。
その温かさに、これは現だと知った。
そして、重ねた掌を見た祐樹のへにゃあとした笑顔に、自分達が両想いだということも、知った。


くすぐったい気まずさの沈黙が、しばらく続く。
初夏特有の柔らかくも眩しい日差しに包まれた2人の時間は、ゆっくり、ゆっくり過ぎていった。

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