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西條の車に乗るのも慣れてきた祐樹。
いつもの様に助手席に乗り込んで、しっかりとシートベルトをしめて鞄を膝の上に置いた。
西條が隣でエンジンをかけ、ギアを動かす姿を飽きることなく今回も凝視しながら。

発車した車は、前と違い天明寺方面ではなく、ま逆の方向へと向かった。
祐樹は、浅見に来てこの方、県内で浅見と天明寺と西條の住んでいる棚橋以外行った事がない。
方向音痴だし、バスも電車も苦手なので外出をしないのだ。
一体どこへ?と不安になって思わずそわそわと足を動かしてしまう。
その仕草をチラリと横目で見ながら、西條はまたしても、

「便所か?」

デリカシーの欠片も無いことを聞いてきたのだ。
もじもじする=催したと直結する考えはどうにかならないのかと祐樹はちょっぴりげんなりして、

「違、なにもないっす!」

そんなに頻繁に催さないと念を押した。
全く困ったものだと溜息を吐きながら、行き先を聞かぬまま別の話題で話しながら足を動かすのを止めた。
初めて見る風景に、きょろきょろと瞳を動かしながら。


しばらく車を走らせていると、浅見よりもずっと田舎の所に出てきた。
それでもちらほらと建物やコンビニがあるので、観光地があるのだろう。
この辺にそんなものはあったけ?と祐樹は首を捻って、外を必死に眺める。

すると、林で見えなかった景色が一気に開けて、目の前には一面の花畑が広がった。
その美しさに、思わず身を乗り出して窓ガラスに張り付く祐樹。
キキョウやオイランソウが咲き誇り、初夏の眩しい日差しも相まってまるでパノラマ写真を見ているかのようだ。
こんな所があったなんて、と思わず呟けば、

「そろそろ着くぞ」

西條が隣で、薄っすら微笑みながらその花畑の脇にある入り口に車を走らせる。
やっぱり、花や木など植物が好きなんだなと改めて祐樹の好きなものを知ると、嬉しい気持ちになった。
祐樹のへにゃっと緩んだ笑顔を見るだけで、一気に幸せな気持ちになるから。


どうやら花畑は西條が行きたかった場所の隣にあったらしく、少し行くと駐車場が見えた。
祐樹はうっかり看板を見逃したので、なぜ駐車場があるのだろうとまた首を捻る。
休日なので、主にワゴン車がちらほら停まっており、特に秘密のスポットという訳でもない。
車を停めて、エンジンを切る。
静かになった車内に、祐樹は落ち着かないのかまたそわそわしながらシートベルトを外した。

同じようにシートベルトを外した西條は、行くぞとだけ告げて外へ出る。
その言葉にしたがって、祐樹も鞄を持って外へ出た。

瞬間、ふわりと花の香りと共に柔らかな風が吹く。
その風は祐樹のふわふわな髪を揺らし、隣の花畑から持って来たのか花びらを頭にくっつけた。
初夏なので、暑すぎず寒すぎずちょうどよい気温に思わず深呼吸をする。
田舎だから空気が澄んでいるのかな、なんて思った。


「岡崎、」

すると、西條が「目的の場所はこっちだ」と、手招きをして呼ぶ。
どうやら目的地は花畑と正反対の場所で、何やら大きな門がある所だった。
一体なにが待ち構えているんだ、と祐樹はなぜかビクビクしながら西條の斜め後ろに着いて行く。
しかし、その怯えは全く無意味だったことを入り口に立って気づいた。


「うわぁ…」

目の前に広がるのは、先ほどの花畑とはまた比べ物にならない位の花々の花壇。
綺麗に飾られ、植えられている。特に、遠くに見える小さなバラ園は、遠くから見ても美しいのが分かった。
初夏の日差しできらきら光る花々たち。
そして、白を基調にした洋風の建物(恐らく土産物店だろう)が並び、まるで外国の写真を見ているかのよう。
遠くには、牧場らしきものも見える。薄っすらだが、牛のようなものが見えた。

いつの間にか入園料を払った西條が、見とれている祐樹の肩を軽く押して中へ入れる。
園内は親子連れが多く、パステルカラーの風船が所々に繋げられていた。
ふわふわと漂う風船たちを見ながら、祐樹は無意識に西條の後を着いていく。
あの風船たちのように、離れないようにと。

「こんな所、知らなかった…」

「嘘だろ、結構有名だぜ?ココ」

県内では2つ3つあるファミリー牧場の1つらしい。
乗馬・牛の乳搾り、小動物との触れ合いはもちろんのこと、フラワーガーデンもあり実は教会もある。
ここでよく結婚式などが開かれているらしいが、祐樹はここの存在を全く知らなかった。
こんなに綺麗で落ち着く場所、もっと早く知っていれば良かったと心の中で呟きながら「初めて知りました」と返事をする。

すると、園内を見回っていた壮年の従業員がふと足を止めた。
そして西條の所へゆっくりと近づき、静かに微笑む。


「こんにちは、西條さん。
今日はお連れさんと一緒ですか?」

「こんにちは、…まぁ、そんな感じです」


どうやら知り合いらしく、適当に挨拶を交わしていた。
祐樹は驚いて2人を交互に見つめる。
そんな祐樹に気づいた優しそうな壮年の従業員は、ビオラやノースポールで飾られた小さな花束を祐樹に渡しながら、

「はじめまして、ここのファミリー牧場へようこそ。
これは私からのプレゼントです、常連の西條さんのお連れさんですしね」

にっこりと、このファミリー牧場にとても似合う優しい笑顔で迎えた。
祐樹は小さな可愛らしい花束を受け取りながら、どぎまぎして小さく頷く。
西條はここの常連なのか、と驚いたし何より初対面の他人にこんなに優しく迎えられたのは久しぶりだ。
壮年の従業員は、また一度西條に会釈すると自分の持ち場へと戻っていく。
その背中を見つめながら、祐樹はふわりと頬を綻ばせる。

ここにいるだけで、どんどん優しい気持ちになっていく気がした。


小さなブーケを壊さないようにそっと持ちながら、祐樹は西條の隣に並んで歩く。
これから小動物触れ合いコーナーに行くらしい、
そこが西條のいつもの目的地だ。何だか、動物好きの彼らしくて祐樹は色々聞いてしまう。

「よく来てるから、ウサギ懐いてたりするンすか?」

「あー…どうだろうな、俺は大体見てるだけだし…」

ニンジンあげたら寄って来るけどな、なんてくしゃって笑いながら冗談を言う。
エサをあげれば寄って来るのは当たり前なので、祐樹も思わず声を出して笑ってしまった。
両端に芝生と小さい花がちょこちょこ咲いている小道を、2人のんびりと歩く。

(デートってこんな感じなのか…?)

周りにちらほらカップルがいるので、ついついそう思ってしまう祐樹。
傍から見れば、似てない兄弟か従兄弟位にしか見えないけれども、自分にとってはデートみたいなものだ。
何だか照れくさくって思わず持っていた花束をちょっと弄ると、いくつかの花が足元に落ちていく。
西條と祐樹の歩く軌跡に沿って。



そして、ちょっと小さめの小動物触れ合い広場に辿り着いた。
100円で買ったにんじんやキャベツの入った紙コップを持って、祐樹は恐る恐る小さなウサギに近づく。
ウサギたちは人に慣れているのか、ちょっと近づいても遠くへは逃げない。
手ごろなニンジンを掴み、祐樹は恐る恐るウサギの顔に近づけた。
すると、鼻をひくひくさせながら茶色のウサギは祐樹の差し出したニンジンをかじりだした。

「わっ!?かぶりついた!」

凄い食べる!と興奮気味に後ろで見つめる西條に話しかける。
はしゃぐ祐樹が何だか可愛いと思いつつも、いつもの変な言い回しに西條はちょっと呆れながら、

「そンなにガツガツしてねぇだろ」

と言って、自分もキャベツを別のウサギに差し出した。
真っ白でふわふわしたウサギは、西條の差し出したキャベツにむしゃぶりつく。
この時間帯は腹が減っているのだろうか、とぼんやり思いながらそっとウサギの背に指を乗せた。
ふわふわして心地よい、あったかい生き物。
やっぱ動物はいいな、なんて実感しながらまた祐樹を見つめる。

いつの間にか移動して、ウサギではなくモルモットにエサをあげはじめた。
モルモットはあまり人慣れしていないのか、ぴゃっと逃げられてしまったようだ。
あからさまに肩を落としてしゅんとしている祐樹に、西條は思わず喉を鳴らして笑ってしまう。

「岡崎、こっちのにやれよ!」

笑ったまま祐樹を呼ぶ西條。
祐樹は素直に西條に呼ばれるまま向かうと、小動物コーナーの隣に連れて行かれた。
別の柵に恐る恐る入れば、そこにはヤギやら羊やらがうろうろしている。
初めて見る(恐らく子どもの頃見たであろうけれども)ヤギや羊に、祐樹は目が零れ落ちる位見開いて驚いた。

驚いて放心している祐樹を余所に、ヤギ達は遠慮なく近づき、

「うっ、うわわわ!ストップストップ!」

祐樹の持っていた紙コップに顔を突っ込んで、残りのエサを全部平らげてしまった。
ヤギの意外な力強さに怯んで、祐樹は紙コップを投げ出したまま西條の後ろに逃げ込む。
自分の後ろに逃げ込んだ祐樹が面白くて、西條はケラケラと笑いながら放られた紙コップを取った。
このまま置いておいては従業員に叱られてしまうからだ。

だが、まだ食べたり無いのか、ヤギは大きな鳴き声をあげる。
その鳴き声もまた恐ろしくて、祐樹は「うわぁ…」とドン引きの悲鳴を小さく上げた。
どうやらヤギや羊は苦手になってしまったらしい。

しかし、西條は手馴れているのか、ポイポイとヤギ達に自分の持っていたエサをやると柵を出て行く。
祐樹も後ろを着いて出て行くが、自分のことをじーっと見つめ続けるヤギに怯え続けていた。
あの棒状の眼がまた怖いらしい。


「よし、岡崎。今度はアイツにやれよ、餌」

「アイツって…?」

ヤギのエリアを出て安心した祐樹に、西條はまた面白がって餌を渡す。
またか、と思うも西條には健気に従う祐樹。
西條に言われるがままの方向に眼を向ければ、そこには。


「むっ、無理!噛まれたらどうする!?」

「噛まねぇよ」


それはもう立派な馬たちが、餌の匂いを嗅ぎ付けて祐樹の前に群がっていた。
先ほどのウサギやヤギと比べ物にならないでかさに、祐樹は思わず腰がひける。
動物が苦手なわけではないが、これほどでかい動物に近づいたことが無いのだ。
だが、西條が後ろでニヤニヤして見ているのであげなければならないのだろう。
この意地悪め!と心の中で毒づきながら、何とかあげやすい馬を探した。

すると、一番端っこに小さなポニーがいることに気づく。
あれならばあげても噛まれたりしないだろう(別にでかくても噛み付かない)と祐樹は確信し、近づいた。
そーっと、リーチの長いニンジンをポニーの口に近づけようとする、が。

最初に祐樹の前にいた、大きくて立派な黒いサラブレットが「俺にくれ!」と言わんばかりに顔をだしてきた。

「おわぁ!お、お前は後で…!」

そう言っても聞くわけが無い。
小さなポニーを押しのけて、その馬は祐樹の差し出したニンジンに頑張って口を伸ばした。
仕方ない…と、祐樹は勇気を振り絞ってニンジンを差し出す。
噛まれないように、最新の注意を払いながら。そして、やっと馬にニンジンを食べさせることが出来た。

「お前…おもしれぇなー」

すると、後ろで見ていた西條がケラケラ笑いながら祐樹の隣に立つ。
ニヤニヤと見下ろされて、祐樹はムゥっと口を尖らせて、「こんなん初めてだし」とむくれた。
むくれるなよ、と西條は祐樹の頬を人差し指で突くと、残りの餌を全て平等に馬達に与える。
最初から自分でやれよと祐樹は思いつつも、触れられた頬をちょっと撫でた。
もっと触れて欲しいな、なんて恥ずかしいことを薄っすら考えながら。


餌やりを終えると、2人はのんびりと園内を巡る。
不思議なことに牧場と言いつつ様々な動物がいるらしく、フラミンゴや孔雀なんかも居た。
初めて見る不思議な鳥たちに、祐樹は声を上げ続ける。
おかげで、フラミンゴが騒ぎ出したときにはまた怯えて逃げ出す始末だ。
一々面白い反応を示す祐樹のおかげで、西條は楽しくて笑いっぱなし。

西條がずっと笑っているなんてことは、ほとんど無いので祐樹は嬉しくなった。
自分が笑われているとは、思いもせずに。

動物ゾーンを抜けると、フラワーガーデンがある場所。
祐樹のお目当てのエリアに辿り着き、安堵の息を漏らした。
初夏なので、春とはまた違った花々が色とりどりに庭のようなそこを綺麗に飾っている。

バラのアーチをくぐると、その先にはまた違うエリアがあるらしく人の声が聞こえた。
西條も祐樹の後ろを着いて、アーチをくぐる。
ぼんやりと人のいる方向を見る祐樹に視線を合わせれば、そこには。

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