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あれだけあった皿の上の料理は、ものの20分程度で空。
特に、西條が気に入ったほうれん草のソテーなんかはすぐに無くなってしまった。
西條は好きなものは最初に食べる派らしい。

西條が口に運んで飲み込むたびに、大丈夫?とか美味しい?とか祐樹が聞いてくるので急いで飲み込んだおかげもあるのだが。
まずいことはないので、素直に「うまい」とちゃんと返す西條も実は律儀な男である。
だが、さすがに焦げて炭になった部分は「黒っ」とからかいながら退かしたりした。
初めは焦げていても食えるかと口に放ったのだが、予想以上にゴリゴリと音を立てたために、

「焦げたトコは食わなくていいから…!!」

祐樹に気づかれ、食うなと叱られたから止めた。
叱られる、と言っても「身体に悪いし…」と、遠まわしな可愛らしい怒り方だ。
身体に悪い以前に、自分が失敗して焦げた所を西條が何のためらいもなく食べている事に悲しさが増したので止めたのもある。
もっと料理練習しないとなぁ、なんて無意識にこれからも西條に料理を作りたいと想いながら、祐樹は自分の分も平らげた。


昼食も食べ終えたので、早々に食器を片付けようと祐樹は忙しなく動く。
料理や洗濯はあまり得意ではないが、掃除は得意なのだ。
食器洗いをさっさと済ませてしまおうと、流し台に立って手際よく皿を洗ってゆく。
カチャカチャと、食器が擦れる優しい音と水の流れる音が小さな台所に響いた。
休日の昼には心地よい音。それを聞きながら、西條は携帯を引っつかみ時間とある事を確認する。

正直、携帯のインターネット機能をほとんど使ったことがないので四苦八苦。
先日赤井とひよりに「メールとかネットするならパケホした方がいいですよ」とアドバイスされたので早速契約してきたのだ。
だがしかし、契約したからといってすぐに使える訳ではない。
検索の仕方が今ひとつ分からず、色々なところを押してようやく調べることが出来た。

そこに書いてある地図と時間を確認し、西條は携帯を置いた。
西條が携帯のネット機能を使いこなせるようになるのはまだまだ遠そうだ。



「別に置いといてもいいぞ」

未だ鍋やフライパンを洗う祐樹の所に来た西條。
後ろから「俺が後で洗うから気にするな」と呼びかけるが、祐樹はちょっと振り向くと小さく頭を横に振る。
祐樹の方が大分背が低いため、自然に向けられる上目遣いに西條は思わず胸が躍ってしまう。
形の良い大きめの瞳に映るのが自分だと思うと、より。
そんな西條の心の内なんぞ知らず、祐樹は張り切って焦げ付いたフライパンをピカピカにした。


「俺、洗い物好きだし平気っス。あと、西條さん放置しそうだし…」


うっ、と珍しく西條が息詰まる。
祐樹の言うとおり、西條はあまり洗い物が好きではない。
だからカップラーメンやコンビニ弁当で済ましているのだ。その辺に関してはだらしない男性の部類に入る。
反対に、祐樹は幼い頃から掃除や洗濯に至っては祖母の手伝いをしてきたので慣れたもの。

いつも不器用な祐樹が、器用にそして献身的に家事をしている。
その姿を後ろでぼんやりと見つめる西條。
相変わらず首筋には自分がつけたと思われる赤い痕が見え隠れした。
白い首筋に浮かぶその色は、何だかいやらしくて西條はちょっと目を逸らす。
キスマークを見慣れない、という訳ではないのだが祐樹についているのでは話が別だ。

しかも、自分が付けたかもしれない。

(…俺がアレを付けたとすると…あれは確実に、)

つまり、昨夜の告白と祐樹の返事は現実だということだ。
やっぱりきちんと確認をして、あわよくば正式に付き合いたい。
付き合ったらどうするか、なんて考えてみたことも無いけれどただひとつ言えることは、祐樹の傍に居ることが出来る1番の方法だということ。

ふと、きゅっきゅと蛇口を捻る音が響いた。
祐樹が洗い物を終えて、エプロンの端で濡れた手を拭いている。
洗い物を終えた今がチャンスかもしれない、と西條は声をかけてみた。


「岡崎、」

「はい?」


ぱっと振り向いた祐樹の柔らかな笑顔に、言おうとした言葉が出てこない。
なぜか昔の無愛想だった祐樹のことを思い出して、だいぶ柔らかくなったなと薄っすら感じる。
しかし、祐樹はというと自分を呼んだのに何も話さない西條に首を傾げた。
ただ呼びたかっただけなのだろうか、と思っていると、


「…これ、さ」

小さく西條が言葉を濁しながら手を伸ばしてきた。
緊張したように掠れた声が聞こえた途端、祐樹の背筋に悪寒に似たものが走る。
そして、西條が伸ばした指先は祐樹の首筋のある箇所に触れた。
触れられた途端、ぶわっと頬を真っ赤に染める祐樹。
もしかして、と期待が一気に湧き上がった。鼓動が早まって、ドキドキが止まらない。

俺がつけたのか?と聞かれることは予想が出来る。
何て返事をしよう、頷けばいいのか、そうだよと言えばいいのか。
ぐるぐる考えて混乱し始める祐樹の瞳をじっと見つめながら、西條は口を開く。


「俺が付け…」


たのか、と残りの言葉を出そうとしたのと同時に鳴り響く、あの歌謡曲。
ドアが開いていたので、ダイレクトに部屋中に古めかしい歌謡曲が鳴り響きまくった。
こんな曲を流すものは、1つしかない。


「あ…っと、電話…」

祐樹の携帯電話だった。しかもメールではなく、着信。

「…早く出てやれ」

出させない訳にはいかないので、西條は祐樹から手を放すと「行け」と促した。
祐樹はその言葉に甘えて、電話を取りに部屋へ戻る。
どうやら、相手によって着信音を変えているらしく、相手は長崎だった。
大切な友達且つ学級委員長なので、何か大事な連絡だったら困る。

長崎と話し始める祐樹の声を聞きながら、西條は思い切り息を吐いた。
先ほどのことが緊張したせいもあるが、何よりもこのタイミングの悪さに落ち込む。
もう少しで確かめることが出来たのに。


(まあ…急がなくてもいいか)

きっと、この後その話題を切り出す場面が無さそうなので西條はちょっと諦めた。
今日じゃなくてもいい、今度会うときにでも絶対に聞いてやろうと心に誓う。
それまでに、自分のこの思春期の男子みたいな不器用さを直そうとも誓った。
何だか祐樹相手には、思うようにいかないのだ。言葉も、心も。




「え…ごめん、今日は用事入ってるンだ。また今度…」

祐樹はというと、長崎に一緒に勉強会をしようと誘われていた。
だが、今は西條が最優先。申し訳なさを現した声で返事をし、祐樹は電源ボタンを押す。
携帯をポケットにしまいながら、小さく溜息を吐く。
長崎に恨みはないが、電話ならばもうちょっと後でも良かった。
そうすれば、あの告白は西條の本音か酒のうわ言か判別出来たかもしれないのに。


(俺から聞いたほうがいいのか…?いやいやでもしかし…タイミングが!)

分からん!と頭を抱える。
駆け引きなんてしたこともないし、そもそも告白されたのだって初めてだ。
それが、年上で更に男で、なによりも西條だ。
あの、意地悪な西條に聞いて「は?」と言われたら…と考えるだけで体が震える。


(まあ別に意地悪な所も、嫌いって訳じゃ…)

ぽぽぽ、とまた頬が赤く染まった。
心の中でさりげなく惚気た自分に小さく嘲笑しながら、西條を探す。
すると、西條はジャケットを着ながら祐樹を見下ろして、


「出掛けるぞ、家にいても何も無いしな」

外出することを告げた。
出掛ける?と、相手に確認せず一方的に決めてしまうのは西條の悪い癖だ。
だが、祐樹は基本的に受身でそういうことを気にしない人間なので、

「えっ?えと、はい」

ちょっと戸惑いつつも、笑顔を浮かべてすぐに自分もでかける用意をした。
どこに出掛けるんだろう、と心を躍らせながら先ほどの葛藤を少しばかり忘れる。


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