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2人でスーパーの中を並んで歩くなんて、何だか想像し得ない事実だと祐樹は思えた。
とりあえず、西條が好きそうな尚且つ自分が作りやすいハンバーグ(ちょっと豪勢にチーズ入り)を作ることに決めたらしい。
ひき肉、玉ねぎ、パン粉(西條の家に無い)など一通りのものをカゴに入れていった。
今日は卵が安い日だったらしく、祐樹は嬉しそうに「安い!」と言いながらカゴに入れる。

「…俺はそンなに金持って無そうに見えるか?」

だが、あんまり安さで喜ばれるとまるで西條に手持ちがあまり無いように思えたらしい。
ちょっと口を尖らせながら、西條は祐樹に「取って」と頼まれた付け合せ用のブロッコリーを手に取る。
質の良い物を選ぶためにジロジロ見てから、鮮やかで元気そうなものをカゴに放った。

祐樹は、西條の拗ねた表情をじっと見つめながら何度も首を横に振る。

「いやぁ、そういう訳じゃなくて…なんつーか、癖で…」

俺、ちょっとケチなのかもしれないと自嘲しながらニンジンをカゴに入れた。
グラッセとかちゃんと作れるのだろうかと不安げに瞳を揺らしながら、じっとニンジンを見つめる祐樹。
そんな祐樹を隣で見つめる西條。
自分の顎辺りに祐樹のつむじがある。
そういえば、11センチ差はキスするのにちょうどいい身長差だとテレビで言っていたことを思い出した。
祐樹の身長がいくつかは知らないが、大体その位かと納得した自分をバカだと思えて仕方ない。

しかし、西條がそんなことをぼんやりと無言で考えていたせいで、祐樹は不安になる。
ケチなヤツだと思われたのだろうか、と。
幼い頃貧困を味わったし、質素な生活をしていたので周りの男子のように豪勢に振舞えないのだ。
やっぱり外食にした方が良かっただろうかと今更なことを考え始める。
すると、


「おい、こっちのほうれん草のが安いぞ」


質も良いし、と祐樹が別のほうれん草を手にとっていた所に話しかけた。
確かにこちらの方がちゃんとビニールに包んでいるし、安い。
祐樹は素直に「じゃあそっちで」と受け取ってカゴに入れた。
結局、西條も倹約思考なので問題は無かったようだ。協力的で、何だか嬉しくなる。

段々カゴが一杯になってくる頃には、すっかり2人して倹約について語っていた。
いかに安くて良い物を買うか、あの商品は安いけど良いと情報提供など。
何だかんだ似た所がある2人なのだ。


一杯の材料を祖母から借りてきた買い物鞄に入れて、スーパーを出る。
車に乗って帰るときも、祐樹は一生懸命レシピを復習しながら西條と話をする。
ちゃんと会話できているのだろうか、と西條は思ったが気にせず此方も煙草を吹かしながら運転。
祐樹を隣に乗せることが増えてきたので、遠慮なく煙草を吸うことが増えた。
大分短くなったそれを、車の灰皿に押し付けて捨てる。
灰皿に入れた芳香剤がふわりと香り、ふっと祐樹がレシピから視線を外して西條を見つめる。

幸せいっぱい、と具現化したような微笑を乗せて。
西條は運転に集中しているので、その表情を見ることは無かった。



「じゃあ、早速やりますかー」

西條の部屋に着くやいなや、祐樹は早速持ってきたエプロンを着けて台所に立つ。
エプロン姿はいつもアルバイトの制服で見慣れてはいるのだが、私服の青いエプロンではまた違った雰囲気が出る。
新妻、というよりはどちらかというと学生の調理実習。(実際彼は学生なのだが)
ちゃんと作れるのだろうか、と西條はちょっと不安になって後ろに立って手元を見つめた。

案の定、


「よっと…あ痛っ!」

「ばっか、いきなり切るなよ!」

皮を剥き終えたニンジンを切ろうとしたらいきなり人差し指に軽く包丁の刃先が擦れてしまった。
ほんのちょっと、血がちょっと滲む程度の傷なのだが痛いものは痛い。
唾でも付けとくか、と祐樹が指を口に持っていこうとするが、それよりも手早く西條は絆創膏を持って指に巻きつけた。
指も細いな、と思いながらしっかり傷口を塞ぐ。


「お前、不器用だから必要だと思って買ってはいたが…」

大正解だなと呆れ混じりに呟いた。
むっと祐樹は口を尖らせるも、確かにこれは自分が不器用なのが落ち度。
小さく「すんません…」と項垂れながら謝った。
でも、西條が自分を気にかけて心配してくれたのはちょっと嬉しかったりする。


「気をつけろよ。岡崎の血入りハンバーグとか勘弁してくれ」

「ひっ、きもっ!…気をつけます」


西條ならば、例え祐樹の血が入ったハンバーグだろうと頑張って食べそうな気はするのだが、そう釘を刺しておいた。
祐樹はちゃんと猫の手を作って、再度ニンジン切りに勤しむ。
最初によく分からないグラッセを作ってしまおうという魂胆らしい。
規則正しい包丁の音が狭いキッチンに響く。心地よい音を聞きながら、西條はドアにもたれかかって祐樹を見つめた。
ニンジンを切り終えると、早速鍋に水を張ってニンジンを煮始める。

グラッセの味付けまで時間がかかるので、祐樹は今のうちにとハンバーグのタネを作り始めた。
玉ねぎを取り出し、みじん切りにしようとまた指に気をつけながら包丁を入れた。
みじん切りは初めてだったが、家庭科の教科書を見て何とか思い出しながらしっかり細かく刻むことが出来た。が、しかし。

「うう…、いってぇー…!」

案の定、目に染みて涙をぼろぼろと流してしまった。
目が痛くて開けられない。しぱしぱと何度も瞬きをしていると、


「おい…大丈夫かよ」


ドア近くで見ていた西條がおろおろしながら近づいてきた。
指を切ったとか火傷をしたとかだったならば手当てが出来るのだが、こればかりはどうしようもない。
何か裏技で見たような気がする、と昔のテレビ番組を思い出しながらとりあえずティッシュを持ってきた。
祐樹はそれを何とか受け取り、涙を拭う。
玉ねぎで流す涙ほど、無駄に悔しくて痛いものは無い。

しかし何とかみじん切りは成功した祐樹。
買ってきたひき肉と一緒にボウルに入れ、卵を割り捏ね始める。
卵も以前は割れなかった(殻が常に入ってしまった)のだが、練習を重ねて何とかまともに割れるようになったのだ。
おかげで、祖母が出掛けて居ない時の昼ご飯は専らたまごかけご飯。

一生懸命捏ね混ぜている祐樹。
ふと、今まで特に気にしていなかったのに余裕が出来たからか突然西條が気になった。
先ほどから祐樹の料理姿をじろじろ見て、何かあればすぐに駆けつけている。
さすがの祐樹も、


「西條さん…あのー、テレビとか見て待ってていいっすよ」

暇っしょ?と小首を傾げて困ったように笑った。
傍に居てくれるのは何だか嬉しいしくすぐったいのだが、落ち着かない。
その言葉を聞いて、西條も邪魔かと思ったのか「ああ」と二つ返事で部屋へ戻ろうとした。
特に見たいテレビも無いが、ドアを開けて何かあったときのためにボリュームを落とそうと考えながら。
すると、早速。

「うわ!?ふ、蓋…っ!」

「早速かよ…!」


ニンジンを煮込んでいた鍋が吹き零れた。
蓋を取ろうとするが、熱くて掴めない。どうしようとわたわたする祐樹を落ち着かせながら、西條は布巾越しに蓋を掴み取る。
慌てて祐樹は火を弱くすると、何とか収まった。

またやってしまった、と項垂れる祐樹。
そんな祐樹に、落ち込むなとフォローしようと西條が視線を向けた。
すると、ちょうど俯いたおかげで長めの髪で隠れていたうなじと首筋が見える。
綺麗なうなじにジッと目線を向けると、あるものにとうとう気づいた。

赤い、一見虫さされのように見えるが腫れているのとは全く違う色を見せるうっ血の痕。
そのうっ血は押したりぶつけたりして出来るものではない。ましてや、自分で付けるなど無理なもの。


「…おい、岡崎。首のココどうした?」


とん、と指を当てて箇所を示し教えた。
自分でやったとは思いもせず、誰にやられたんだと心の中を嫉妬で埋め始める。
祐樹は一体何だと目線を上げ、西條の指が示す場所で何かあったか思い出す。
だが、首周辺で何か痕を付けられたといえば昨晩のあの出来事しか無い。
かぁっと祐樹の頬から耳までが朱色に染まる。
ぽぽぽと火照る頬を片手で押さえながら、祐樹は目線を床に移した。

やっぱり西條は覚えていないのだとちょっと苦しい気持ちになるも、変に誤解されたままなのも困る。
祐樹は震える声で、小さく呟いた。


「こ、これは……西條さんが…」

もごもごと蚊の鳴くような声で、困ったように西條を見上げながら。
その今まで見た事の無い表情と掠れた小さな声、そして言葉の意味をようやく理解した西條。
全身が石になったかのように固まらせ、息を止める。
まさか、自分が祐樹にキスマークを付けたなんて思ってもみなかったからだ。
一体どこまでしたのか、というよりは真っ先に思い出すのはあの告白が夢か現実かの天秤にかけられていたこと。
それが、現実に傾いたのかもしれない。

西條が口を開いた。

「…俺が、」

途端、けたたましいチャイムの音が連打しているのであろう連続的に鳴り響いた。

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