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秒針の音だけが、部屋の中を埋める。
その規則的で無機質な音だけのはずなのに、祐樹の頭の中は自分の秒針より早い鼓動の音しか聞こえなかった。

付き合ってくれと言う言葉に考える間もなく、返事をしてしまったのだ。
ましてや、西條は意識が乏しいほど酔っている。その言葉が本当か分からない。


(どうしよう、い、言っちまったけど…)


付き合う、という言葉を何度も何度もリピートする。
祐樹の体が無意識に震え始めた。
それは恐怖でも寒さでもなく、怯えと興奮が入り混じったもの。
すると、祐樹の返事を聞いた後、応答しなかった西條が唇を動かす。


「…岡崎、」


酒焼けで掠れた低い声が、祐樹を呼ぶ。
どくんと祐樹の心臓が跳ねて、そのまま先ほどよりも早まる鼓動。
全身の血液が全部頬に集まっているのではないかというほど、顔が熱く火照ってゆく。
そんな祐樹の顔をじっと見つめる西條。
祐樹の予想通り、西條の意識は非常に乏しい。夢か現か分からないほど。
しかし、祐樹に伝えた遠まわしな告白は本当の事だ。

ただ、好きだと言えなかっただけ。
意識が朦朧としているのに、本当に伝えたい言葉を濁してしまったのだ。

けれども、遠まわしな告白でも祐樹は頷いてくれた。
それはちゃんと認識できた西條。ただ、彼はそれを夢だと 思っている。
だからこそ彼はこの幸せを少しでも味わいたいと思い、手を伸ばした。

祐樹の腰を引き寄せ、両腕でその細い身体を力強く抱きしめる。
ひゅっと祐樹の喉から空気の音が抜けた。全ての思考と一緒に。


無言のまま祐樹をぎゅっと、抱きしめ続ける西條。
まるでどこにも行かせないかのような力強さに、祐樹の力はどんどん抜けていった。
自分を包み込む体温だとか、体の感触だとか、力強さだとか、西條の香りだとか。
全てが彼の脳を麻痺させてゆく。もう、嬉しいのかツラいのか分からない位に。
それでも恐る恐る西條の背中に腕を伸ばす。
愛しくて愛しくて、自分も西條を抱きしめたかったからだ。


西條と祐樹は、しばらく無言で抱きしめあう。
こんなにも長い時間、距離が0になったことなどあっただろうか。


…西條に包まれた幸せに浸っている祐樹。
ふと、大人しくしていた西條が急にもぞもぞと顔を動かし始めた。
どうしたのだろうと祐樹が気づく間もなく、西條の唇が、


「…ひっ、」


祐樹の首筋に伝う。
急に触れられて、首筋は敏感である祐樹は思わず声を上げて身体を跳ねさせる。
唇の柔らかい感触が何度も首筋にキスを落とした。
祐樹は何をされているのか分からず、パニックになってもぞもぞ身体を動かし始める。


(な、なに!?なんだ…!?)


ぱくぱくと意味も無く口を開けたり閉じたりしながら、祐樹は目を見開いた。
西條が何をしているのか分からないけれど、自分の身体にキスをしているということは分かる。
それだけを理解すると、途端に眩暈がした。
あまりのことにくらくらして、少し入れていた力がまた全部抜ける。
それを狙ってか、西條は祐樹の首筋に舌を這わせてその味に夢中になりながら、祐樹を床に押し倒した。
もちろん、抱きしめながら。



「…ふ、…さ、西條さん…」

ずし、と西條の重みが身体に響く。けれどもそれは不快ではなく、なぜか心地よい。
足先や、顔以外の全てがぴったりとくっついているおかげで体温も感触も全て伝わる。
とても温かくて、西條が生きているのだと祐樹は深く感じた。
けれどもそれ以上に、首筋に伝う西條の舌や唇ばかりに意識が行く。
舐められていることにまだ理解が追いつかないものの、緩やかな刺激がじんじんと下半身に向かうのを感じた。

西條の唇がある箇所で止まる。
そして、祐樹の白い首に強く吸い付き、赤い跡をつけた。


「っあ…痛っ…?」


初めて味わうキスマークを付けられる不思議な感触に、祐樹は身体を震わせた。
勝手に息が上がってゆく。熱い吐息が宙に舞った。
疲れてもいないのに、勝手に荒いでいく呼吸に祐樹は戸惑う。
整えようとしても、西條の舌が徐々に首筋から鎖骨へ向かうので逆に呼吸は早まるばかり。
全身が熱く火照ってきて、着ている服さえももどかしいほどに。
西條がもぞもぞと動くので、服が擦れてそこから伝わる体温に余計祐樹は欲情する。

祐樹の切なそうに呟く言葉にならない声と荒い息が混ざる音が、響いた。

一方西條は、ほぼ意識の無い中であるが無我夢中に祐樹の肌を味わう。
祐樹の色っぽく荒いでいく呼吸だとか、時折感じているのだろう声だとか。
それらだけを耳に入れて、白い肌に舌を這わせる。
人の身体を舐めるなんてことが、これほど夢中にさせることなのだろうかと普段ならば思うことも今はぶっ飛んでいた。

思わず片方の腕を祐樹の体から一旦放し、ゆっくりと祐樹のスウェットの中へ潜り込ませる。
先ほど見た祐樹の肌を思い出しながら、しっとりした肌に手を這わした。
脇腹周辺を撫で摩ると、祐樹の身体に緩やかな電気刺激のようなものが走る。
ぞくぞくする、と心の中で呟きながら自分を触ってくる西條をとろんとした瞳で見つめた。


(…さ、触られてるだけなのに…俺…)

ますます荒くなる呼吸。
触られている箇所全てが熱く火照って、その熱は悲しきことか下半身に血流として集まる。
徐々に下着がキツくなっていく感覚に生理現象だと知りつつも怖くなる祐樹。
ガマンしたいのに止まらない欲情の昂りに、祐樹はぎゅっと目を閉じた。

やっと祐樹の首筋から顔を離した西條。
ぎゅっと目を閉じて緩やかな刺激に耐えている祐樹を愛しげに見つめる。
キスがしたい。
その思いだけで、浅い呼吸を繰り返すその唇に自分の唇を寄せた。
だが、しかし。

ぴたりと西條の掌が止まる。
寄せようとした唇も数センチ前で止まり、動かない。
さすがに不思議に思った祐樹が目を開けると、とてつもなく近い距離にいる西條。
思わず「ひぃい…」と困ったような悲鳴を上げる。が、ふと気づく。
重たそうな瞼で、何度も瞬きをしている西條に。

もしかして、と思った瞬間、西條はガクリと祐樹の上に乗ったまま意識を失った。

何が何だか分からず、ぽかんとしていると祐樹の耳元で西條の深い呼吸が聞こえる。
すーすー、と時折酒のせいかいびきのような音も混じる呼吸音。
明らかに寝てしまった西條に、祐樹はチラリと横目を向けた。


(…西條さん、寝た…)


どうしたらいいか分からず、祐樹はしばらく無言で辺りをきょろきょろ見渡す。
しかも寝ている西條が上に乗っているので相当重い。
西條と祐樹の体重差は身長差と比例して結構ある。
これ以上上に乗られると内臓が潰れてしまう!と祐樹は危惧した。

何とか起こさないように、優しく丁寧に祐樹はとりあえず西條を横にずらした。
なかなか動かないので5分以上かかってしまったが、そのかいあって西條は起きることなく祐樹の隣ですやすや眠る。
何とか一仕事終えた祐樹。
ふう、とやり遂げた息を漏らしながら自分も西條の隣で横になった。


じっと、西條の寝顔を見つめる。
見つめれば見つめるほど、心臓はまた鼓動を早めて締め付けられるような痛みを発する。
愛しさばかりが溢れて、何だか泣きそうになった。
そして同時に、西條がくれた言葉は本当なのかどうか疑い始める。
西條はひどく酔っていた。
もしかしたら本音をくれたのかもしれないし、酒の勢いでよく分からないことになっていたのかもしれない。
もし、もし、「付き合ってくれ」という告白が後者だとしたら。

今度は別の意味で祐樹は泣きそうになった。


(…西條さんのばかやろ、どっちなんだよ…)


俺は、好きだよ。
付き合うという1番傍に居られることが出来るなら、
俺はさっきみたいに何をされてもいい。

自分がバカみたいに全てを受け止めたがっていることが情けない。
だけどそれは惨めだと思えなかった。
そうでありたい、と願いつつ祐樹は手を伸ばして西條のベッドから布団を引っ張り落とした。
せめて今だけでも恋人のように隣で眠りたい。
祐樹は西條に布団をかけて、その布団に自分も潜り込み彼の呼吸を聞きながら瞼を下ろす。

少し抜けたとはいえ、まだ残る酒のおかげで祐樹もすぐに眠りについた。
電気がついたままの部屋。ベッドの隣、部屋の隅で。

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