8,
----------


「風呂、上がりました…って、あれ?」

ほかほか、と湯気を立ち昇らせながら祐樹は部屋に戻ってきた。
タオルで水分をたっぷり含んだ髪をわしゃわしゃ拭きながら。
しかし、西條は普通にテレビを見ていると思ったのだが、目を閉じて頬杖を着いていた。


「西條さん、次どうぞー」

耳元でちょっと大きな声を出して、ようやく気づく。
西條はなんと、家の中だというのにわざわざヘッドホンで音楽を聴いていたのだ。
普段そうしているのかな、と祐樹が特に不思議がらなかったことが幸運だ。
実際、そんなことは一切無いのだが。むしろ西條はあまり音楽を聴かない。(だから音痴が治らない)

西條は祐樹の声に気づいて、ヘッドホンを外すと、

「あ?…あぁ、びしょ濡れにしなかったか?」

冷静を装って、西條は聞きながら立ち上がる。
持っていたリモコンを祐樹に渡しつつ、クローゼットへ向かった。
ふと、渡す際に祐樹を見れば、髪が濡れているので普段の跳ねている部分が大人しい。
普段は癖が強い髪質なので、何だか不思議というよりは…

(…可愛いな…)

別の一面が垣間見れて、思わず頬が緩んでしまう西條。
それがバレないように、西條はさっさと風呂に入ってしまおうと着替えとタオルを持って出て行く。
廊下に出ると、勢い良くシャツを脱いで洗濯機に放った。
明日祐樹が帰ったら洗濯機を回すか、とぼんやり考えながらベルトも外して下を脱ごうとする。
だが、ジッパーを下まで下ろした瞬間。


「あ、西條さん氷とかありますか」


ガチャ、といきなりドアが開いた。
まだ西條が脱ぎ終わっていないのだと踏んで、祐樹が氷の有無を聞いてきたのだ。

ひょこっと覗いた顔に、西條は驚いて声が出ない。
別に、上半身裸でズボンを脱ごうとしている姿を見られても恥ずかしくは無い…ことも無いのだが。
何だかちょっとだけ、気まずい。
それは祐樹も同じで、西條の肌は一度見たことがあるのだがやっぱり視線が行ってしまう。
綺麗についた筋肉だとか、ちょっとTシャツ焼けしてるだとかを瞬時に分析。
更に、思わず下ろしたジッパーから見える下着の色までインプットしてしまった。
最早惚れているからという領域をちょっとだけはみ出している。

じっと自分を見る祐樹に、西條はちょっと怪訝に眉を顰めながら


「ああ、冷凍庫にある」

何に使うのか知らないが、一応事実を伝えた。
西條の家にある冷蔵庫は2つしか扉が無いので、下が冷凍庫だと一応伝えておく。
祐樹は「後で貰います」と言って頷きつつ、ドアを閉める最後まで西條を凝視していた。
そんなに腹筋が羨ましいのか、と西條は不思議に思いながらズボンと下着を脱いで風呂に入る。
湯船に湯を張るのはめんどうなので、シャワーのコックを捻っていつものように髪を洗い始めた。

一方その頃、1人残された祐樹はというと。

適当なバラエティ番組を見ながら、ぼけーっと口を開けて空中を見つめていた。
頭の中は、やっぱり西條のことばかり。
一緒に屋上で過ごしたことから、先ほどの上半身裸の西條まで思い出していた。
思わずそわそわと身体を揺らし、緩みっぱなしの頬を押さえる。

西條と一緒に1日を過ごすことが、こんなにも楽しいだなんて思わなかったのだ。
少し昔の自分が見たらきっと「バカじゃねえの」なんて言うだろう。
西條と出逢った当初は、出来る限り傍に居たくなくてバイトを休みたいと思った位だ。
今とは全く逆な自分に祐樹は溜息を漏らした。


(…今は、すげー楽しくて、あったかいのになぁ…)


こてん、と床に横になりながら目を閉じる。
ふかふかしたラグからは、西條の家の香りがした。
こんなにも近くにいるのだと思った瞬間、何だか恥ずかしくて祐樹はその場で丸まった。
濡れた髪が徐々に水分を飛ばして、元の髪型へと戻っていく。



しばらくすると、ガタガタと風呂のドアが開く音がした。
上がってくる!と祐樹は慌てて身体を起こし、なぜか正座をして待つ。
風呂上りの西條をマジマジと見るのは初めてなので、なぜかわくわくしてしまった。
だが、しばらくしても来ない西條。
それもそのはず、脱衣所は無いのだ。つまり、


(…そうだった…!廊下で着替えてンだった)


今、西條はドア1枚隔てた向こうで着替えているということだ。
自分も先ほど廊下で着替えたというのに、すっかり頭から抜けていた。
しかし、祐樹はなぜかおかしな好奇心を働かせてこそこそとドアに近づく。
こっそりこっそりなるべく音を立てないようにドアを開けた。
こういう時ばかり器用で、ガチャリと言う音もほとんどしないおかげか、西條は気づかない。

幸いなことに、西條は既に下着を履いていてスウェットの下を穿こうとしていた所だった。

祐樹はこれまた器用に閉める音を出さずに戸を閉めた。
ばっちり、西條の身体を見た後で。

(すっげー…大人の体だ…)

同じ男として、羨ましいを通り越して嫉妬を覚えるほどのスタイルだった。
上半身は風呂に入る前を含めて見たことはあるのだが、下半身は初めて見た祐樹。
足が長くて、ふくらはぎに筋肉がついていた。筋肉はもう分かっているのだが、足の長さが芸能人並だったことに驚きを隠せない。

ふと、自分の身体を見直してみる。
背はまあまあ低い方だし、どちらかといえば細い。むしろヒョロいかもしれない。
運動は苦手なので筋肉もあまり無い。胸板も薄い。
服を捲くって、自分の腹を見てみたが…ちょっとだけ出ているのは脂肪で筋肉なんて無かった。
これは早急に腹筋をせねば、と決意していると、

「…なにしてンだ?」

西條が着替えを終えて、タオルで頭を拭きながら部屋に戻ってきた。
祐樹は先ほど覗いてしまったことを申し訳ないと心で謝りながら「腹筋しようかと…」と呟く。
不思議なことをしてるな、と西條はちょっと呆れながら祐樹の前にテーブルを挟んで座る。
その間も、祐樹が上着を下ろすまで西條は祐樹の肌を凝視していたのだが。

西條は祐樹の肌をあまり見たことが無い。
せいぜい腕とか鎖骨程度だ。しかし、まさかの胸まで上着を捲り上げている状態に思わず食いついてしまった。
西條の予想以上に、白く細い。

(…なかなか…)

祐樹を抱くだとか、直に触るだとかあまり想像出来なかったのだが、実際見ていけるかもしれないとぼんやり思う。
見ただけで滑らかそうな肌だし、何より祐樹の肌だ。
正直触りたくて仕方なくなる。
うずうずする手を紛らわせるように、西條は適当にリモコンを取って「他に無いか」とチャンネルを変えた。


ふと、祐樹はテーブルの上に置いておいたウイスキーを見て思い出す。
晩酌をしたいと思っていたことをすっかり忘れていた。
祐樹は慌てて「氷とグラス借ります」と言って台所へ小走りで向かう。
とりあえず「ああ」と返事した西條は不思議な目で祐樹の背中を追った。
因みにまだ、ウイスキーの存在には気づいていない。
どれほどかという位、西條は祐樹が部屋にいるだけで冷静さを失っているのだ。


ばたばたと足音を立てて部屋に戻ってくる祐樹。
いい感じのグラスがあって、満足そうに氷をいれたものを持ってきた。
ついでに、買っておいたミネラルウォーターも持って。


「…西條さん、ウイスキーとか飲めますか?」


そう言われて、ようやく西條は机の上に置いてある酒の存在に気づいた。
どう見ても度数が高そうな、加えて値段も高そうなウイスキー瓶。
西條の動きが止まる。心臓も止まりそうになった。
なぜならば、


(おいおい…!俺に酒を呑ませてどうするつもりだ!)

理性と戦わなければならないというのに、酒なんで呑んだらどうなるか分からない。
けして弱くは無いのだが、高揚した気分になって思わず先ほど我慢した触ることをうっかりしてしまうかもしれないのだ。
しかもウイスキー。アルコール度が強い。
どうしようかと考えていると、


「あ…嫌だったら大丈夫っす」


俺が勝手に持ってきたんで、とウイスキーをしまおうとした。
しゅんとする祐樹に、西條は間髪入れず


「いや、呑める」

と即答。
祐樹を悲しませることはあまりしたくないのだ。
そして更に、


「よかった、じゃあ俺注ぎますね」

嬉しそうに微笑みながら、西條のためにウイスキーを作る姿に下心があるから。
祐樹にお酌をしてもらうなんて、嬉しいことこの上ない。
相変わらず不器用なので、手元が覚束ないけれども。
西條は、自分だけ呑むのも申し訳ないので、自分も台所から祐樹に買っておいた飲み物をコップと一緒に取ってくる。
どうせ甘い飲み物だろうと思って、ありがちなリンゴのジュース。
だが、それを取ってくるのは祐樹がウイスキーを造り終えた後に行けばと後悔するはめになることを、西條は知らない。

- 146 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -