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「お前が俺に飯作れ、…俺もお前の誕生日に何かやるから」


祐樹に飯を作ってもらいたかったのだ。
祐樹の家で、祐樹の祖母が作った美味しい料理をみんなで食べるのも大変嬉しいのだが、実は最近祐樹と2人きりで食事をしてみたいという願望が出ている。
だが、岡崎家に祖母だけ1人残すのも可哀想かもしれないと思ったので今まで言わなかったのだ。
1日だけなら、大丈夫だろうかと不安になりながら半ば命令状態だが言ってみた。

すると、祐樹は何度か瞬きをして驚く。
持っていた昆布(干し)を慌てて棚に戻しながら、


「は、はい!俺、まだ料理とかあんましできねぇけど…」

頑張ります、と小さく拳を握る。
そして、むずむずと口元を動かして、自分の願望を告げた。



「じゃあ…俺の誕生日、西條さん家に泊まってもいいっすか?」


残業とかあるなら、8日でいいんで!とか、嫌ならいいんで!とか後々訂正しつつ。
…西條にとって、爆弾でしかない発言をぶちかましてきた。
西條の思考能力が止まる。思わず、変な顔をしてしまうほどに。
祐樹はやっぱだめか…と、軽くしょげた。バイトである自分を軽々と泊めたりしないだろうと考えたから。

しかし、西條にとって祐樹が泊まるなんて浮かれていいのか慌てていいのか分からないほど衝撃的だった。


「…俺は、…構わないが…そのだな、お前ン家のばあさんが1人になっちまわねぇか、それは」


そわそわと、今度は西條が麩(干し)のパックを取ってそわそわと弄る。
2人ともそわそわする時は行動が似ているらしい。傍から見ると謎極まりない。
何か手元に無いと落ち着かないようだ。


「えと、実は7日から祖母ちゃん実家にちょっと帰るっぽくて」

返上で6日に祝ってもらうんです、と何ともラッキーなのかどうなのか分からない事実をはにかみながら告げた。
誰かの家にあまり泊まったことが無い祐樹。
いきなり想い人の家に泊まりたいという大胆発言をしたのは、訳があったのだ。

西條はあまりの好都合に思わず麩(干し)のパックを勢い良く元の場所に戻す。
意味不明な行動だが、不安が一気に無くなったのだ。


「分かった。…俺の家狭いけど我慢しろよ」


片付けはする、とぶっきらぼうに告げながらあっさりとOKした。
祐樹はホッと安堵の息を吐きつつ、心臓を高鳴らせて喜ぶ。
ふにゃっと頬を綻ばせながら、「飯、何がいいかな…」なんて早速楽しみにした。
西條も、俺の家に泊まるだけでいいのだろうかと疑問に思いつつ、楽しみで仕方ない。

内心浮かれまくっている2人は、何故か乾物コーナーで誕生日の約束を交わしたのだった。



2人とも会計を終わらせて、すっかり夜も更けた外へ出る。
今日は月が大きくて、何だか不思議な雰囲気だ。空気も生暖かい。
ぼんやりと祐樹が月を見ていると、西條は「送ってくか?」と聞いてきた。
もう少し一緒にいるのも、嬉しいけれど今日は頭を横に振って「大丈夫っす」と断る。


「俺ン家、すぐそこなンで…」

「そうか、気をつけろよ」

そう言いながら、西條はついでに「7日は迎えに行く」と告げた。
7日の祐樹のシフトは午後シフト(13時〜17時)で、西條はP番(11時〜21時)なので、都合が合わないためである。
祐樹に断る気は無いので、あっさり何度も頷いて「家で待ってます」と了解してそれぞれ帰路へと向かった。


祐樹が、西條に送ってもらうことを敢えて断った理由。
それは、あまりにも嬉しくて、幸せで、浮かれているからだ。
心がふわふわ浮いて、今にも飛んでいくんじゃないかという位浮かれている。
また新しい約束が出来て、会う事が出来て、ましてや西條の家に行けて泊まれるのだ。

へにゃへにゃと締まる気配のない緩い笑顔が止まらない。
あまりにも心が落ち着かなくて、祐樹は思わず小走りし始めた。
今週の土曜が、楽しみで仕方が無い。あと3日だけれど、料理の本を買って勉強しようと祐樹は決めたのだった。



一方、西條はというと。
煙草を吸って落ち着かない心を、無理やり落ち着かせながら車を運転させて早めに自宅へ着いた。
そして、そんなに急がなくてもいいのに早速部屋の掃除を始めたのだ。
元々それほど散らかさない性分なので、精々ゴミをまとめたり本を棚に綺麗に揃えたり。
洗濯物が溜まっているので、まとめて洗濯機に入れて回す。
掃除機をかけるのは、夕方にしておこうと近隣住民のことを考えてやめておく。

ふと、自分は何をしているんだと己の行動に驚いた。
部屋を軽く見渡してから、落ち着くためにまた1本煙草に火をつけてベッドにどっかり座る。


(…俺はガキかよ…!)


好きな人が部屋に来ると聞いて、こんなにもそわそわするのは中学生以来である。
どれほど惚れてるんだ、と思うと何だかちょっと自己嫌悪に襲われた。
とにかく落ち着こうと西條は買ってきたカップ麺を食べるために、湯を電気ケトルで沸かし始める。


お湯が沸くまで、ぼんやりとさっきの事を思い出していた。
Tシャツとジャージというラフな祐樹の姿や、照れてもじもじする行動に、まさかの誕生日の誘い。
更に、泊まりたいだなんて最上級の誘い文句を言ってきたのだ。
まるで夢のような出来事に、西條はしばらくぽかんと天上を見つめる。

ふと、泊まりという単語からあることに気づいた。
それは、西條が大人の男だからこそちょっと危惧していること。


(…俺、大丈夫か…手の出し方は知らんが、出すかもしれねぇぞ…!?)


女性が「泊まりたい」と言えば、大抵シている夜の営みだ。
最近全くと言っていいほど、抱いて欲を処理していないので少しばかり悶々している。
祐樹と一晩共にするなんて、そりゃもう理性との大格闘だ。
だが、男との寝方なんて知らない。何となくやり方は下種な会話を聞いて知ってはいるけれども。
知識と実践では訳が違う。


(…布団、朔哉から無理やり借りてくるか…)


一緒の布団で寝なければ、きっと大丈夫。
そう決めて、望月にとって大迷惑なことを決めて、西條は沸いたお湯をカップ麺に注ぐために台所へ向かった。
台所も掃除しておかないとな、と祐樹がここで料理をする想像を楽しそうにしながら。


その日の夜、西條から望月に届いたメールの内容は、


『悪いがその日は予約済みだ。
 呑みはまた今度誘ってくれ。
それと、7日の夜布団貸せ!
絶対だ。俺の理性がかかっている』

と言う、なかなか意味の分からない内容だった。
それを受け取った望月は、一緒に呑みに行けないことを少し残念に思いつつも、メールの内容が不思議すぎて呆れる。
理性がどうのこうの言っているので、恐らく祐樹が絡んでいることは確実なのだが、やっぱり意味不明。
望月は思い切り溜息を吐きながら、乾いた笑いを零す。


「…俺、7日の夜布団無しで寝ンのかよ…」

一応替えの布団はあるけれど、と思わず独り言を呟いてしまった。
とりあえず、

『了解、また今度な。
 どういう事か知らんが、もういっそ一緒に寝ろよ。
既成事実を作れよ。
布団持ってくなら、お前が俺ン家に来いよ』

と、ちょっと冷やかしを混ぜた返信をしておいた。

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