夜空星流るる
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夏も本格的に始まりを見せる。
まだ本当に暑いという訳ではないが、気温は確かに上がっていた。
現に、祐樹たち含む学生達の制服はすっかり半袖と衣替え。

天明寺高校はブレザーであるため、夏服は半袖のYシャツにベストとネクタイと言ったいかにも真面目そうな制服だ。
学生達が一気に夏模様になると同時に、ホームセンターでも衣替えをしていた。
と言っても、作業服であるジャンパーを脱ぎ、下が指定のYシャツになっただけなのだが。
青を基調とした、1枚でも着れそうな厚めのYシャツ。袖にはホームセンターのマークが付いている。
とても爽やかな制服だ。

もちろん、西條も衣替えをしてそれを着て仕事に勤しむ。
ジャンパーよりは薄着なので、男らしい細身の筋肉質さが見てとれた。
さらに、普段あまり見えない腕が見える。もちろん筋肉は付いているし、太い血管も浮き出てまさに男の腕だ。

それを見て、喜ぶ人物が数名。


「やっぱり西條さんってスタイルいいなぁ!」

ひよりがきゃっきゃと女子のミーハー魂全開に喜んだ。
いくら恋心はもう無いに等しいとは言え、男前に喜ぶのは変わらない。

「ああ、汗で張り付かないかなぁ…」

言わずもがな、西條を体目的(一応諦めてはいる)で見ている中條も大喜び。
筋肉質のスタイル抜群な男性はやっぱり大好きらしい。

そんな2人を見て、祐樹は呆れたように溜息を吐いた。
因みに今日は土曜日。
祐樹は13時〜17時までのシフトで、今から帰る所だ。
お疲れ、と2人に言って裏口へ向かおうとしたが、がっしと2人に腕を掴まれてしまった。
何!?と驚けば、2人はニヤニヤと同じような笑みを浮かべつつ、

「これからお客さんが増えますので手短に聞きます、夕飯どうでした?」
「進展しましたか?」

なんて同じ事を聞いてきた。こういう時の2人は団結力があって非常に困る。
そう、祐樹がバイトに来たのは月曜日以来。
今週は模試があったし、何より元々シフトを減らしているのだ。
仕方が無いけれども、おかげで近況が聞けずじまい。
どうなったか知りたい野次馬根性丸出しの、中條とひよりの瞳には勝てない祐樹。


西條は外に居るので、恐らく聞こえないだろう。
祐樹は手短に、ささっと言って帰ろう!と口を開いた。


「うん、まぁ…夕飯は一緒に食べたよ…ばあちゃんがめっちゃ張り切ってたから大変そうだったな…」

はは、と乾いた笑いを浮かべる。
祖母に連絡して、2人でまた西條の車に乗って祐樹の自宅へと向ったのだ。
車の中では普通の会話をしていたが、何度か西條が祐樹に何か聞こうとしていたことを思い出す。
だがすぐに別の話題に切り替えていたので、祐樹は特に気にせず一緒に話せることが嬉しくて仕方なかった。
それを2人に言うのは嫌な予感しかしないので言わない。


「ンで、その後一緒にトルコキキョウの種植えた…位だけど」


へにゃっと祐樹が幸せそうに笑う。
2人は「それは良かった!」と一緒に素直に喜んでくれた。
しかし、それ以外に全く連絡は取っておらず今日久々に会ったと報告。
その報告を聞いて、ひよりは「もっとガツガツいかないと!」と一押しし、中條は「電話とかしないんですか?」とこちらも一押し。
だがレジにお客が来てしまったので、2人は慌てて持ち場に戻った。
帰宅する祐樹にお疲れ様でしたと挨拶をして。


夏に近いためか、17時を過ぎてもまだ外は少し明るい。
裏口から出ると野良猫が目の前を走り去った。
にゃんと小さく鳴いて、何か期待損だと言った様な顔をしているのはきっと出てきたのが西條だと思ったのだろう。
そういえば、夕飯を一緒に食べてその後一緒に種を植えた時、


「そういや、最近野良猫が懐いてきてンだよな」


なんて西條が呟いたのだ。
祐樹はホームセンターの近くで野良猫を一度も見たことが無いので「へぇ…!」と驚く。
更に動物に懐かれるなんて、やっぱり動物好きな人なのかと思うと頬が緩んだ。

その猫かな、と祐樹は思いながら帰るために駐車場の前を通る。
ふと、店のほうをチラリと見ればちょうど西條が飼料関係を懸命に積んでいた。
汗がこめかみを伝う度に、持ってきたタオルで拭い、ちょっと息を吐く。
まさに働く男全開で、祐樹は思わずじっと見てしまった。

何だか最近益々男前になってきた気がする。


「ん?岡崎上がるのか」


すると、祐樹の視線に気づいた西條が飼料を1つ積んだ後近寄ってきた。
祐樹は自分に気づいて近づいてきてくれたことが嬉しくて一気に舞い上がる。
久々に会ったのに、午後シフトだったので会話もほとんど無かったのだ。
少しだけでもいい、会話をしたい。
祐樹も西條に近寄っていった。


「今日は午後シフトだったンで」

「ああ、そういやそうだったな」

なんて言いつつ本当はちゃんと祐樹がいつどのシフトかだなんて把握している。
でもそんな事気づかれたらドン引きされるので、忘れていた素振り。
祐樹は給料ちょっと減っちった、なんて自虐ネタをくしゃっとした笑顔で呟く。
そんな笑顔が可愛くて思わず西條の頬が緩みそうになる。
もっと働いてくれて構わないのだが、推薦試験を受ける祐樹にとって夏がラストスパートに近い。

何だかんだ西條は祐樹の大学受験を応援しているので、バイトよりも学業が優先だという考えだ。
頑張れよ、とエールの言葉を送り、仕事に戻ろうとする。
すると、


「あ!西條さん、これ…」

祐樹が慌てて西條のシャツを掴み、止めた。
いきなりのことで西條もびっくりして「あ?」と睨みを利かせてしまう。
さすがにそれはまだ慣れない祐樹。ビクつきながらも鞄からあるものを取り出した。

「さっきまで冷蔵庫借りて冷やしてたンで…」

渡すタイミングが合わなくて、と言いながら西條にタッパーを渡した。
中身は、レモンの輪切りが蜂蜜漬けされているよくあるアレだ。


「お前はマネージャーかよ…」

「へっ!?だってばあちゃんが夏にはこれだって」

「まあ、そうだけど…お前が作ったのか?」


作る、程のものではないがこれは祐樹がレモンを切って、蜂蜜に漬けて味見をして冷やしたもの。
ちょっと照れながら頷く姿に何だか西條は心を奮わせた。
春前にお礼と称して貰った弁当以来である、祐樹に何か作ってもらうのは。
嬉しくて黙っている西條をじっと見て、祐樹はある事にハッと気づく。


「あ!…やらかしたー…!冷蔵庫に置いてくればよかった…!」


西條は仕事中。
冷やした方が美味しいであろうそれをいちいち冷蔵庫にしまってくるのは面倒だ。
ならば、冷蔵庫に置いてあるんで事務室に戻ったら食ってくださいと言えば良かったと後悔。
祐樹は早く西條に渡したかった一心で、うっかり要領良く出来なかったのだ。
しょぼん、と項垂れて落ち込む祐樹に西條は思わず笑みがこぼれる。

面白いのもあるが、そんなにこれを俺に渡したかったのかと期待。
何だかんだ、この男はまだ期待しているのだ。
しかも期待しているくせに、まだ祐樹に「俺の事が好きなのか」なんて聞けていない。
夕飯を一緒に食べた時も、聞こうと何度か思ったのだが諦めたのだった。


「俺戻してきます…後で食ってください」

すると、祐樹が渡したものを受け取ろうと手を伸ばす。
だが西條は、タッパーを祐樹に渡さずにその場で開けた。
開ければ漂う蜂蜜の香り。ひんやりとした空気も薄っすら感じる。

祐樹がびっくりしている中、西條は手ごろなものを1つ掴み、口に入れた。
よく浸かっていて、レモン特有の酸味もあまり無い。
しかし西條の味覚を知ってか、甘すぎない。ちょうど良いオヤツである。

もぐもぐと食べている西條を、きらきらとした瞳で見上げる祐樹。
食べている姿にきゅんとくるプラス、自分の作ったものを食べてくれているのだ。
とてつもなく、嬉しい。そして、


「ん、うまかった。ありがとな」


にっ、と意地悪な子どものような笑顔を見せる。
タッパーは俺が戻してくるから気にすンな、と告げながら。
容器を返すのはまた祐樹が来てからでいいかと確認するも、祐樹は何だかぼんやりしながらひたすら頷く。
西條が笑ってくれるだけで、ものすごく幸せで何も聞こえなくなるのだ。

ぼんやりする祐樹に西條は小首を傾げながら、もう1つ食べようかななンてタッパーを開けようとした。
そんな土曜日の午後。




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