25
----------

アルバイトの休憩時間は19時頃である。
補充の祐樹が先に10分程休憩をとって、ひよりに代わるという制度。
今日も祐樹はコソコソと事務室に入り、持ってきた菓子パンをもそもそ食べながら休憩に入った。
ついでに英単語帳を取り出して、単語を記憶しながら。


(がんばらねぇと…)

祖父母も両親も自分が大学へ進むことを応援してくれている。
その応援に応えるべく、祐樹は一気にもぐもぐとジャムパンを食べきると単語帳に集中し始めた。
すると、溜息と一緒にドアが開かれる音がした。
パッとドアの方向に目線を向ければ、そこには分厚いファイルを持った西條。
やれやれ、と言った表情になぜかドキリと祐樹の心臓は跳ねた。

どうやら、マネージャーから何やかんや言われたらしい。
膨大な資料を持って書類仕事をするのだろう。
西條はあまり書類仕事が好きではない。
早く終わらせようと、店長机にどっかり座った。

くるくるとペンを回して、何を書くか決めかねている。
思わず祐樹は西條の指を凝視。
ゴツゴツした指はちょっと太めだけれど長いので綺麗な手だ。
それが器用にペンを回したり、時たま書いたり。
そして、書類に向かう西條の瞳が真剣で。横顔が、相変わらず綺麗だ。

単語帳を見るのも忘れてしまう祐樹。
英語なんて1単語も頭に入らず、ほけっと西條を見てしまう。

さすがに、その視線に気づいた西條はゆっくり祐樹の方を見てみた。
口の端にジャムをくっつけながら此方をじっと見ている。
その間抜けな姿に思わず噴出してしまった。


「…鏡見ろよ、アホだな…!」

「えっ!?…あ!」

パッと壁にかけてある鏡を見れば、口の端にジャムがちょっとついてる。
あまりの間抜けさに、祐樹はイチゴジャムと同じ位顔を赤くさせた。
ダサい所を見られてしまったと、泣きそうになる。
高校3年生にもなって、口の端にジャムを付けてぼけっとしているなんてひどい有様だ。
しかし、西條はツボにハマったのか未だに腹を抱えてケラケラ笑っている。

笑ってくれるなら、まだ大丈夫かなと祐樹はティッシュで口の端を何度も拭った。
ティッシュをくしゃくしゃに丸めて事務室のゴミ箱にひょいと捨てる。
あまりゴミは溜まっていない。けれど、カップ麺の空容器が捨ててあるのは西條のものだろう。
今日の昼飯はカップ麺だったのかな、なんて思う祐樹。
そんな自分にハッと気づいて、軽く頭を振った。


(俺はストーカーか!キモっ…!!)


西條は一体今日1日どうやって過ごしてきたのか、何を食べて何を思ったのか。
そんな一挙一動が気になって仕方ない。
恋ってそういうものなのだろうか?と祐樹は自分の考えることに不思議がる。
やっぱり、まだ西條が好きという気持ちばかり先立って恋愛がどうとか分からないのだ。

ふと、また西條を見てしまう。
相変わらず書類を真剣に書いていた。
すると、店内放送が若干聞こえる位の小さな事務室の中で軽く音が鳴った。

「…あ、」
思わず祐樹の声が漏れる。

何故ならばそれは、祐樹がよく鳴らして西條にゲラゲラ笑われる音だ。
だがしかし、今日は祐樹の腹から鳴ったのではない。


「…お前の食ってる姿見てたら腹減ってきたンだよ…わりぃか」


ちょっと頬を赤くして、恥ずかしそうに表情を歪める西條。
昼から何も食べていないので、この時間帯は腹が減るのだ。
いつもならばコーヒーを飲んで凌いでいるのだが、すっかり飲むのを忘れていた。
祐樹みたいに、きゅうとか可愛らしい音ではないのだがやっぱり恥ずかしい。


「西條さんも腹鳴るンすねー」


すると、祐樹は珍しいものを見たと言わんばかりにニヤニヤしながら軽く茶化す。
恥ずかしがる西條が何だか可愛らしくて、思わず構ってしまった。
西條はまさか祐樹に茶化されると思わなかったので、ぐるんと椅子を回転させて振り返る。
軽く床を蹴って、車輪付きの椅子に乗ったまま祐樹に近寄った。
そして、


「ぎゃ!」

「俺だって人間だからな!」


軽く蹴りを一発。
うらうらと祐樹の太ももを軽く蹴ると、祐樹はケラケラ笑う。
何だか最近よく笑うようになったな、なんて西條は思いながら調子に乗って祐樹の脇腹をくすぐってやった。
体を触るのは初めてかもしれない。
ちょっとふにっと柔らかかったが細かった。
一方、くすぐられる祐樹は触られたことにドキドキしつつもあまりのくすぐったさにケラケラ笑った。
あひゃひゃ、とちょっと高めの笑い声と西條の意地悪な笑い声が事務室に響く。

すると、いつの間にか祐樹が休憩に入ってから10分経ったのか、事務室のドアが開いた。
むっと顔をしたひよりが「岡崎先輩!もう15分経ってますよ!」と怒りながら入ってくる。
が、じゃれあう2人を見た瞬間。


「…あと5分なら許したげまーす」


ニヤニヤしてゆっくりドアを閉めていった。
完全に冷やかしているひよりを見て、さすがの2人もパッと離れる。
祐樹は、何で俺の気持ちを分かっていながら冷やかすンだと悶々。
西條はやっぱりあれは俺の事なのかと悶々。
変な沈黙が流れてしまった。

「…あ、俺レジ交代してきまーす…」

「おう…」

とりあえず耐えられない沈黙だったので、祐樹は何とか理由を探し出しその場から逃げることにした。
西條も何とかこの空気が止んで良かったと胸を撫で下ろす。
祐樹は単語帳を鞄にしまい、エプロンの紐をしっかと結びなおして早足で事務室を出て行く。
その背中をぼんやり見つめながら、また西條は悶々とひよりの言葉を思い出していた。

「あっ、西條さん!」

すると、その言葉の主がご機嫌に登場。
ポケットに忍ばせておいた小銭で、外の自販機のジュースを買ってきたのだろう。
缶ジュースのプルタブを開けながら、ひよりはいつもの端っこの椅子にどっかと座る。
やっぱ仕事の合間にはこれですねーと、何とまあブラックコーヒーを一気に飲み干した。

まるでビールを飲み干すが如く、爽快に飲み干すとひよりはじっと西條を見る。
一体何だ、と西條は思いながらも何となく地面を蹴って店長机へと戻った。


「西條さん、あのー…外で怒鳴った時私達の話聴いてましたか?」

「…は?」


とりあえずストレートに尋ねるひより。
遠まわしに聞いては逆に怪しまれると踏んだのだ。
しかし、直接聞いても遠まわしに聞いても西條は何となく勘付いてしまう。
きっとあの会話をどこまで聞いたのか知ることで今後を決めるのだろう。
西條はちょっと口を紡ぐ。
本当の事を言うべきか、それとも誤魔化すべきか。
一頻り悩んで、西條は溜息と一緒に返事をした。


「何かマズい事でも話してたのか?」


西條は、半端に誤魔化すことを選択した。
やっぱりここで聞いたことを言う事は勇気がいるらしい。
すると、ひよりは「いえ別に〜」と此方もこちらで濁った返事。
隠せないひよりのニヤニヤを見て、西條の期待はより高まる一方なのだが。


(あー…やっぱそうなのか…!?)


岡崎は俺の事を、と思うだけで夢のようだ。
段々考えすぎて頭が痛くなってくる。
一旦コーヒーでも飲んで落ち着こうと西條が席を立つと、ふと違和感。
バッとドアの方向を向けば、若干扉が開いていた。隙間から覗いているくりくりした瞳。


「…何やってんだ岡崎」

「いっ、いえっ別に」

話しかければ目を泳がせて挙動不審になる祐樹。
そんな反応をされたら、もうますます期待は確信に近づいてしまうではないか。
そう、西條は思いながら必死に我慢し「レジ戻れよ」と命令して、コーヒーを入れるために背を向けた。
それがチャンスと言わんばかりに、ひよりが覗き見している祐樹にジェスチャーで合図を送る。

『夕 飯 に 誘 え !』

応援してくれるのはありがたいのだが、凄い形相だ。
祐樹はビクッと肩を震わせてビビる。
しかし、西條があの話を聞いていなかったので夕飯に誘わなければならない。
確かに以前から誘いたくて仕方なかったのだが、きっかけがやっぱり掴めないのだ。
だが、ひよりが早く早くと指示。
閉店後では、西條が残業をしてしまう可能性があるからだ。

祐樹は、半ばヤケクソにレジに誰も居ない事を確認した後ダッシュで事務室へ入った。
コーヒーを淹れ終えた西條が「何だ!?」と驚く間もなく、叫ぶように話しかける。


「あのっ!西條さん今日残業あるンすか…!?
な、無かったら俺ン家で飯…食いませんか…そのっ、いっぱいおかわりして良いンで!」


再び、沈黙が訪れる。
祐樹はあまりの恥ずかしさに「いや、迷惑だったらいいです」と前言撤回を仄めかす。
西條が返事も言わず、ぽかんとしてるものだから怖くなってきたのだ。
逃げたい、と怯えていると「あー…」とちょっとだけ困ったような西條の声。
そして、西條は首の後ろを痒くもないのに掻きながら、

「お前ン家が大丈夫だったら…行ってもいいか?」

ちょっと照れくさそうに返事した。
祐樹はその言葉を聞くと、パアッと顔を輝かす。
大丈夫です!と元気に返事をして、ご機嫌に事務室のドアへ駆け足で向かった。
あれだけ喜ばれると、どうしたらいいか分からない西條。とりあえず残業は誤魔化そうと決心した。
まだちょっとだけ残っているのだ。
すると、祐樹が思い出したようにくるりと振り向く。そして、


「…前貰った種、まだ植えてないンで…」

一緒に植えたいっス、と小さなお願いをした。
その可愛いお願いに、西條の胸がときめく。「おお、」とぶっきらぼうな返事をした。

そんな2人を見て、ひよりはニコニコと笑みを零す。
気づいてしまえばどう見ても両片思いな2人が微笑ましいのだ。
何だか、見ているだけで勇気が沸いてくる。そう、自分の恋とこれからの生き方に。

(…私も、今を頑張るって岡崎先輩に言おう)

そして、目一杯祐樹を応援してやろう。
やっと芽吹いた2人の恋心は、とてもきらきらしているから。

- 138 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -