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西條が裏口から顔を出して、やかましい3人に怒鳴ったのだ。
どうやらたまたま裏口にいて、3人の騒がしい声が聞こえたらしい。
店先で騒ぐなと言わんばかりの不機嫌顔。
思わずろくに顔も合わせた事の無い雄太も「すいません…」と謝ってしまうほどだ。


「すいません西條さんー、今行きます!」

ひよりが何とか機嫌を戻そうと、ハッキリ呼びかければ「早くしろよ」という声。
兎にも角にも早く店に行って着替えなければならない。
ひよりが雄太に一応礼を言ってから行こうと思えば、


「…岡崎先輩…?」

へろへろとその場に座り込む祐樹が、居た。
呆然と空中を見つめて、動く気配が無い。それはさながら放心状態。


「ぜ、絶対聞かれた…」


ひくっひくっと喉を鳴らしながら小さく絶望的な言葉を吐いた。
しかも、例えば聞いていたとしたら非常にご機嫌斜めになっている西條。
あまりのことに、祐樹は意識を飛ばしそうになった。
絶望する祐樹に、ひよりと雄太は「やってしまった」と同じような顔をして小さく呟く。

この時、祐樹がいくらか恋愛経験を積んでいたなら話は別なのだが如何せん経験が無い。


「大丈夫だって、祐樹!聞かれてねーよ!」

「そうそう、西條さんって怒る前周りの音聞かないし!」



平気だ平気だと2人は言うが、祐樹は心配で仕方が無い。
もし聞かれていたら一体どう自分は反応すればよいのだろう。
その事ばかりがぐるぐる思考を埋めて、最終的に土下座する自分が目に浮かぶ。
そこまで考えなくてもいいのに、空回りもいい所である。


「とっとにかくバイト行きましょう!
西條さんには私が聞いときますから、ねっ?」

「本当に…!?」

「本当本当!じゃね、鶴谷先輩!」


ぐったりする祐樹を半ば引きずるようにしながら、ひよりは駆け足で店に向かった。
2人の背中を見つめながら、雄太は手を振る。


夏が近づいて、夕方が徐々に伸びてきた。
まだ昼間のように照る太陽を薄っすら見上げながら、雄太は何だか腹がくすぐったくて頭を振る。
また明日から遅くまで図書館に行って、最終バスに乗ってここで降りてやるか。
なんて、考えながら。




「おはようございます!遅れてすいません!」

ばたばたと急いでエプロンを付けて、髪を結んで、ひよりはレジに向かう。
5分程遅刻してしまい、ちょっとだけ宮崎に怒られてしまった。
ちょうどレジに来た常連客に、精一杯の笑顔を見せてレジ業務を始める。

「あれ?東條さん目腫れてるよ?」

少し離れた所にある工場で働く青年が心配そうに聞いた。
ひよりは何度か瞬きをして、さっきより華やかな笑顔を見せて


「学校で友達と泣き映画見てたンです!」

なんて、軽く嘘を吐いた。
青年は何だかいつもより大人びた笑顔に、ちょっとだけ胸を跳ねさせたりしたとか。



一方その頃、祐樹はというと。


(…ああ…なんでこんな時に俺ってば補充…)


ふらふらしながら倉庫でトイレットペーパーの箱を引きずり出していた。
無理も無い、ひよりが来れば自動的に祐樹は補充業務だ。
女性の方がレジ業務に向いているからである。
しかし、補充作業の方が西條と会う確率が高い。しかもどうやら、西條も今日は補充業務らしい。

会って話したいのは山々なのだが、やっぱり先ほどの事を思い出すと怖いのだ。
ひよりの言うとおり、西條と会えるのは精々あと半年。


(…でも…どうしろっつンだよ!!)

幸先悪そうなスタートだった先ほどからどう挽回すれば良いのか。
祐樹はとにかく仕事中は忘れようと、とにかく急いでダンボールを台車に積む。
最初は積むのもフラフラしていたが今はしっかりと崩さないように積み上げられる。
とりあえずこのぐらいあれば大丈夫だろう、と踏んで祐樹は外へ出ようとした。
そのとき、


「…おい、岡崎」


倉庫の機材置き場に居た西條が声をかける。
祐樹はまさか声をかけられると思わなかったので、びっくりして肩を跳ねさせた。


「は、はいっ!?」

思わず上擦った返事をしてしまい、自分何やってんだと自己嫌悪。
恐る恐る西條の方を見れば、西條は祐樹に何か話しかけようと口を開けたが、すぐに目を泳がせて閉じてしまった。
祐樹が思わず首を傾げれば、


「…なんでもねぇ。…後で洗剤も出しとけ」


特に怒った口調でもない、いつも通りのトーンで指示。
どうやら機嫌は戻っているらしい。
良かった、とひとまず安心して祐樹は「了解です」と返事をして、台車を押して出て行った。
ガラガラと車輪の転がる音が遠ざかっていく。

居ないことを確認して、西條は思い切り溜息を吐いた。
積みあがったダンボールに身体を預けながら。


(…ガキか、俺は)


全身の血管が締まったように切ない痛みを帯びて、鼓動が早まる。
ガキみたいになんで動揺してるんだ、と自己嫌悪。
でも、浮かれる心は落ち着こうとしない。
その言葉が、本当かどうかなんか本人は何も言っていないのに。


(マジだったらどうする、俺…)


ガシガシと自分の頭を爪を軽く立てて掻き回す。
ぐしゃぐしゃになった髪を整えながら、また西條は溜息を吐いた。
それは、心が重いとか、苦しいとかそういった息ではない。
胸の中がいっぱいになってくるそれをどうにか軽くするためのものだった。


西條は、バッチリ聞いていたのだ。
ひよりが「あと半年しか!」と祐樹に詰め寄っているところから。
最初は一体誰にアプローチしているんだともやもやしていたのだが、次のひよりの言葉で全てが逆転した。

『西條さんだって絶対岡崎先輩の事が好きなんだから!』

俺!?と驚く間もなく、後ろからちょうど宮崎が「騒がしいわね」と来てしまったので思わず怒鳴ってしまった。
祐樹の反応を待てばよかったと、軽く後悔。
先ほど祐樹に話しかけたのは、それを確かめようと思った故だった。
しかし、どう聞けばいいか分からなくて諦めた。


もう一度、思い切り溜息を吐く。
今日どういう顔をして祐樹に会えばいいか分からないなんて、本当にガキだと自己嫌悪しながらも西條は頬が緩みそうになった。
もしかしたら両思いかもしれないだなんて。
何だか不思議すぎて理解が追いつかない。とりあえず、今はそのことを忘れて仕事に取り組もう。
そう西條は決めてスイッチを切り替える。
それでも、やはり浮かれた気分は変わらないのでいつもより着々と仕事を進められたのだった。


その頃、ちょっとばかし店が空いたので祐樹はこそこそひよりと打ち合わせ。


「じゃあ私が休憩被ったら、さっきどこまで聞いてましたか〜みたいなのを聞きますね!」

「どこまで?って逆に聞かれたら聞いてないってことだよな!?」


とにかく、西條がどこまで聞いていたのかだけでも聞きたいらしい。
もし祐樹が西條を好きだと1ミリでもバレていたら、それはそれでどうするか考える。
聞いていなかったら、勇気を出して今日辺りでも夕食に誘おうと思っているのだ。
例え急でも、祐樹の祖母ならば受け入れてくれるだろう。

しかしまだオロオロする祐樹を見て、ひよりは景気づけに一発肩パンチを繰り出した。
脱臼するか!?と祐樹はあまりの痛みに言葉無く悶える。


「大丈夫ですって!ね!友達の私を信用してください」

「…え、うん…えっ!?と、友達…」

急な友達発言に、祐樹は目を真ん丸くさせる。
まさか、ひよりが自分からそう言ってくれるとは思わなかった。


「だめですか?」


しかし、ひよりは相変わらず笑顔で祐樹の肩を幾度か軽く殴る。
どうやら彼女にとってこの暴力かスキンシップか分からない触れ合いが友情としての証らしい。
痛いけれど、祐樹は嬉しかった。


「…ううん!ンなことねーよ…よろしく…
あっ、雄太の事だったら俺にいくらでも聞いてね」


「…べ、別にいいです…」


そういうンじゃないです、とひよりは口を尖らせつつも目を泳がせる。
相変わらず可愛いなあと祐樹は和やかな気持ちになった。

「おい、サボってンなよ」

すると、後ろから西條の声。
祐樹はギクッと肩を竦ませて、「すいませんんん」と言いながら通路へと逃げていった。
慌て逃げる背中を見つめながら、また西條は溜息を吐く。
そんな彼の表情を見て薄っすら何かに気づくひより。
ふへへ、とバレないように小さく笑ってみたりした。


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