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ふわふわ、と何度も髪を撫ぜる掌が温かい。
ひよりは一体誰だと思う間もなく、目の前の祐樹を見つめた。
撫でているのは祐樹では無い。

なぜなら、祐樹は目をパチクリさせてとても驚いていたから。
何度も瞬きをして、ひよりの頭を撫でる幼馴染を見る。

「…雄太…」

どうしてここに、と言う間もなく「途中から後ろに居た」と彼は呟いた。
2人とも気づかなかったが、話が聞ける範囲に居たらしい。
雄太はパッとひよりから手を放して、祐樹に近づく。
祐樹はビクリと肩を動かしたが、じっと幼馴染を見つめた。

雄太は、一体何を言うのだろう。
好奇心やただの疑問ではない。
ひよりに一体、どう声をかけるのだろうかと純粋に感じたのだ。
けれど雄太が見ているのは、祐樹。
それなのに、雄太はひよりに向かって呟いた。


「…昨日は悪かった、あんなこと言って」


実は、雄太とひよりは昨日の夜会っていた。
そう、ひよりが祐樹に「どうして?」という疑問をぶつけた後のこと。



話は、昨日の夜に戻る。

祐樹が困惑しすぎて気づいていなかったが、2人の一連の流れを隅にあるベンチで聞いていたらしい。
その時、走っていってしまった祐樹を追いかけようと思った雄太だったが、何故かひよりの方へ近づいてしまった。
なぜならば、彼女がひどくうな垂れていたから。
ゆっくりとひよりに近づき、いつものように「おい」と話しかける。
すると、ひどく泣きそうな顔でひよりは振り向いた。
ずきりと雄太の胸が痛んだ。


「…どうしよう!私、岡崎先輩をっ…!」


話しかけたのが雄太だと気づくやいなや、ひよりは縋るように雄太に近づく。
しかし素面すぎて、ひよりは思わず掴みかかるように雄太の胸倉を掴んでしまった。
元々身長差がある2人。急に引っ張られたので、雄太はバランスを崩す。
危ない、と感じてひよりの細い肩を掴んで何とか倒れるのを凌いだ。

(…ほっせぇ…)

これだけの力を持っているのに、なんて頼りない肩なんだろうか。
そう、雄太は思いながらオロオロするひよりを見つめる。
正直祐樹を追って慰めてやりたい。幼馴染として。
それなのに、彼はどうしてもこの場を動けなかった。


「わ、わたし、前も同じことしちゃったのに、どうして、」

ひくひくとひよりの細い喉が鳴る。
多分あまりのことに呼吸が追いつかなくなっているのだろう。
このままでは、呼吸が止まってしまう。


「…落ち着け」

雄太は、何とかひよりを落ち着かせるために呼びかけた。
肩を何度か柔らかく叩き、じっと見つめる。
まるで子どもをあやしているかのようだ。おかげで、ちょっとだけひよりの動揺が収まる。
上下する肩を支えつつ、先ほどまでの経緯を聞くことにした。
やはり、雄太が見ていた通り2人はすれ違ったらしい。

話し終えた後、

「やっぱり分からないよ、私」

同じ性の人物を好きになることが、はっきり言って分からない。
ひよりは声を押し殺して、そう呟いた。
雄太はぐっと息を止める。それは、まるで自分に対して言っているかのようだった。
思い出すは、遠くに行ってしまった幼馴染の想い人。


「お前は女だから分かる訳が無いだろ」


否定を、否定で返す。
しかもそのワードは今のひより、いやむしろ以前からの彼女にひどい心の激痛を与えるものだった。
じんじんと胸の真ん中が焼け焦げるように痛み、ひよりは溜めていた涙をぼろぼろと流す。
その水はお湯のように熱くて、焼けそうだった。

苦しそうに泣いているひよりには、悪いけれども雄太は更に言葉を突き刺す。
どう救えばいいか、彼にはわからないから。


「…祐樹と友達でもねぇのに、そういう事言うな」


その言葉で、ひよりはハッと気づく。
そういえば自分達は友達ですらないのだ。
連絡先は知っているし、バイトが終わればちょろっと話すのだが所詮その程度。
お互い、何も知らない。
更にひよりの気持ちがずたずたにされる。
ずたずたにしているのは雄太ではない、自分自身が自分を攻撃しているのだ。

心がキャパシティオーバーになる音がする。

ひよりの瞳からわっと涙が溢れだした。嗚咽と叫びが同時に喉から飛び出す。
えぐえぐと肩を揺らして、今までに無い弱い弱い力で雄太の胸を2発叩いた。


「男とかっ、女とかっ…関係無しに人を好きになる岡崎先輩が…
私、羨ましかったの…!
い、いつ、も…私はっ…誰かを好きになると…っ
女だけど、女じゃない私なんかダメって、思っちゃう、の…」


初めて好きになった人が西條だなんて嘘。
本当は、幾度か人を好きになったり好きと言われたりしたことはある。
けれど、自分をちゃんと好きになってくれるんじゃないかって期待したのは西條が初めてだ。
それは西條が男女関係無く人を愛せるんじゃないかって勘付いていたから。
ただ、その思いが自分じゃなくて、祐樹だった。それだけ。

だけど、心の底では西條も祐樹も男を好きになるなんてこれっぽちも考えやしなかった。
不安定な17歳の気持ちは、綺麗とワガママが混ざって混ざりまくってあんな言葉が出たのだ。


「…どうして、どうして男とか女とか関係無しに好きになれるのか知りたかった…」


昔、ひよりは先天的な不妊症だと聞かされてからずっと悩んでいた。
ひよりの家族は多く、姉弟4人。更に、従妹も多くまさに子宝に恵まれている。
初めの方はそうだとしか認識できなかったひよりも、年上の従姉妹が結婚したり子どもを産んだりして徐々に劣等感を覚えてきたのだ。
だからこそ、知りたかった。


しゃくり上げるひよりを見て、雄太はグッと拳を握る。
祐樹のことを何も知らないのにそんなことを言うなと言っている自分が、ひよりの事を何も知らなかった。
自分の浅ましさと、人を傷つけた苦しみに下唇を思い切り噛む。鉄の味が口の中に少し広がった。


「…ごめんなさい…」


小さく呟かれた言葉と共に、ひよりは雄太の前から逃げるように走り去る。
待て、と言いかけ伸ばした腕は届くはずも無く、ひよりの姿はあっという間に夜の闇に消えた。





「…いや、おかげで私岡崎先輩に謝ることが出来たし」

そして、今に至る。
今日、奈多高が休日であるおかげでひよりは色々考えることが出来たのだ。
まだどうしたら自分が救われるかは分からないけれど、祐樹に謝る決心は付いたらしい。

祐樹は2人がそんな会話をしていたことに驚く。
何だか自分のせいでこじれた様で申し訳なさが先立った。
雄太の後ろで力なく項垂れるひよりに、俺は気にしていないと声をかけようとする。
だが、それより先に雄太が声をかけた。


「お前は、どうなんだよ」

祐樹を見ていた瞳が、ひよりに映る。
項垂れているため、旋毛だけが見えた。その旋毛は小さく揺れる。
頭を横に振って「大丈夫だ」と言う合図だ。

ぐっと雄太の喉が鳴る音がする。
その音は、幼馴染の祐樹にとっての合図だ。
雄太が怒るか怒鳴るかのどちらかの音。
これ以上ひよりを追い詰める気なのか、と祐樹は焦って雄太を止めようとした。


「雄太!お前、これ以上ー…」

その声と同時に発せられた言葉は、



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