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「東條さん…?」

彼女が泣きそうな顔をしている、というよりは泣いてしまった姿を見たことがあるのだがやっぱり慣れる訳がない。
どうしようと祐樹はおろおろし始める。
この雰囲気で、西條の事を話したらより泣かれるんじゃないかと怯えた。
泣かせるつもりなんてサラサラ無い。

しかし、ひよりも泣く気はなかった。
むしろ泣いてはだめだ!と念押しどころか頭突きをして誓ったのである。
ぐっと息を呑んで、涙を飲み込んだ気になった。
そして覗き込む祐樹の肩を掴み、しっかりと立たせる。
急に肩にありえない力が入って、祐樹はヒィッと悲鳴をあげた。
肩の骨から嫌な音。

だが、すぐにその力は無くなる。
ひよりはただ祐樹にこれ以上見つめられたくなかったから。
女性並みに大きい訳ではないが、男性の並以上にはある瞳はきらきらしている。
出逢った頃より、何だか純粋になってゆく瞳に見つめられては、心が折れてしまいそうだった。

そして、祐樹が怯んで目を逸らしている間に。


「…岡崎先輩は、西條さんのことが好きなンですよね…」

小さく疑問を投げかけた。
前は、自分が一方的に聞いて祐樹の反応を見て決めていたから。
ちゃんと聞きたい、自分の耳で。

祐樹の口が緊張渇いてゆく。
潤わないと分かっていても、乾いた喉に唾を送る。
喉に張り付いて少し痛いけれど、祐樹はゆっくりと声を震わせた。


「…うん、」


人に聞かれて、そうだと頷くとより一層自分の思いが自分で分かる。
恥ずかしいやら、ありえないやらで混乱しそうになる頭を落ち着かせるため深呼吸した。
さっき、中條と話して自分で気づいて分かったこと。
それをひよりに押し付ける訳ではないけれども。
せめて、これ以上ひよりを悲しませたり混乱させたくないから。

続けて祐樹は言葉を続ける。言葉に出来るか分からないけれど、伝えられるのはきっと今しかない。

「…俺も、さ!最初はありえねぇって思ってた。
だって、俺元々男が好きとかじゃなかったし…それに西條さんの事嫌いだったンだ俺」

パッとひよりの顔が上がる。
そういえば、そんな気がしたと言いたげな表情だ。


「…西條さんに、俺が好きだなンて言ったら絶対嫌われるだろうけど…
いいんだ、俺 好きでいられるだけで」

ホームセンターのアルバイトを引退するまで、せめてこの恋が続けばいいと。
それだけで、自分は満足なのだと。
祐樹は、そう伝えた。
これを伝えて、ひよりがどうしたらいいのか分からなくなるのは知っているけれど、それが自分の答えだ。

ひよりの胸がズキリと音を立てて痛む。
同性同士の恋愛なんて、今まで信じられなくてあまりにも非現実的で分かっていなかった。
勝手にその恋愛は「気持ち悪いもの」だと当てはめて、考えもしなかったこと。
しかし、それが一般的感覚だ。簡単に受け入れられるものではない。
だけれども、今自分に優しい視線を送る祐樹は何て純粋なのだろうかとひよりは思った。

本当に純粋な気持ちだけだとは分からない。
ただ、そう言う建前なのかもしれない。
だけど、ひよりはそう思えなかった。そういう人間じゃないと、分かっているから。
1年も経たない付き合いだけれど、確かに分かる。

そうと決めれば、することは1つだ。

勢い良く頭を下げる。最早土下座の勢いで。
そして何故か元気良く「すいませんでした!!」と謝罪の言葉を張り上げた。
いきなりのことに、祐樹はぽかんと口を開ける。
何も言えない祐樹を余所に、ひよりはその勢いのままひたすら謝罪を始めた。
何だか、デジャブである。


「私みたいな部外者が、好き勝手言ってすいませんでした!
それに、女の私が男同士がどうかしてるだとか、男だったらどうしろだとか言って…すいませんでした!」

「ま、待って待って…」

ぺこぺこ謝るひよりに付いていけず、祐樹はおろおろする。
まさか謝られるとは思っていなかったのだ。

「人の恋愛を貶すなんて、私最低です…さあ、殴ってください!」

「無理…!」

まさかそこまで覚悟していたとは更に思っていなかった。
祐樹がひよりを殴れる訳が無いので、さすがに頭を横に振って拒否する。
すると、「無理」という言葉に反応したひよりは思い切り祐樹に詰め寄った。
ふわりと女の子特有の甘い香りがして、思わず祐樹はゴクリと喉を鳴らす。
いくら西條が好きとはいえ、元々はヘテロなのだ。反応はしてしまう。


「あと…!…伝えないで、離れちゃうンですか?」


祐樹の目が、驚いたようにゆっくりと大きく瞬いた。
この思いを伝える、なんてことは好きになってから考えたことも無かったから。
だって、まだ、怖い。
祐樹はふるふると弱く頭を横に振る。
そんなことは出来ないと掠れた声で弱音を呟いた。


「その方が、俺にも西條さんにも良い…。
一緒に居られるだけでいいンだ。
好きだなンて言ったら、絶対もう一緒に居られないし…
それに、西條さんが俺みてぇなやつと付き合う訳ねぇよ!
アホだし、要領悪いし、…何より男だし」

西條が一緒に居たいと言ってくれた、それだけで良いと思えた。
それはきっと、祐樹がアルバイトを続けている間中なのだろう。
もしくは、彼女が出来るまでなのだろう。
そう、祐樹は思い込む。本当は、「ずっと」一緒に居たいと西條は思っているのに。
それに、西條が心の奥底で欲しがっているのは家族だ。


「…俺じゃ、家族は作れない…」


西條のことが好きである以上、兄弟のような家族にはなれない。
か細い声でそう呟いた。
ひよりは、西條に家族が居ないことは知らない。知らないけれども、


「…子ども、?」


それは違う、と心の奥底から感じた。
ぶるぶると拳を握って、肩を震わせる。苦しくて俯くひより。
小さな頭がふるふる震えたかと思えば、怒りに似た悲しい顔つきをしたひよりがバッと顔を上げた。


「そんなの、そんなの関係無い!
確かに、男ってだけで問題があるかもしれないけど…可能性は0じゃないかもしれないじゃないですか!
…だから…、家族が作れないから無理だなンて…」

思わないでください。

フェードアウトした悲痛な叫びに、祐樹は呼吸を止める。
直後に、また女がしゃしゃってすいませんというひより。
先ほどから、ひよりは何だか「男」だとか「女」だとかを執拗に連呼している気がする。
確かに、この問題には絶対に必要不可欠だけれども、何だか不思議な位固執していた。

祐樹は小さく「ごめん」と謝った。
家族が作れないから恋愛は成立しない、と言ったことに対して。
そして、


「…東條さんは、どうして…」

不思議な位、男女と家族に固執しているひよりに少し感づいたのだ。
彼女がどうして、それをひどくコンプレックスにしているのか。

ひよりはしばらくうな垂れた後、パッと顔を上げて悲しそうに微笑んだ。
そして、小さな小さな声で祐樹に教える。


「…男だけが、子どもを作れない訳じゃ無いンですよ。
もし、家族が作れないのはいけないことだったら、じゃじゃ馬な私は岡崎先輩よりもっともっといけない女です」


私も、同じ。
この腹に命を宿すことの出来ない人なんです。
そう、ひよりは切なそうに呟いた。


祐樹はその無理やり作った切ない笑みを見て、「違う」と呟く。
重みが違う。
祐樹は、子どもを作りたいだなんて思ったことは一度も無い。それは彼が男だから。
けれど、ひよりは女性だ。
世には色んな人がいるし、子どもなんていらないと思う女性も多い。
しかし、ひよりの表情を見れば分かる。彼女は結婚して子どもを産んで家庭を作りたかった。

やり場の無い思いが祐樹を襲う。
自分の浅はかさと、こんな時何て言ってやればいいのだろうと試行錯誤。
すると、いつの間に現れた長身の男が、ひよりの後ろに立ってその小さな頭に掌を乗せた。

ふわふわな髪が、揺れる。

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