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しばらく中條と世間話をした祐樹。
思った以上に奈多高校は変わった所で、不思議なことに体育祭や合唱祭は無いらしい。
1年に1度の文化祭だけで、遠足もほとんど無い。
その代わり普段の生活が大分緩くて自由らしいが。
しかし逆に、祐樹の通う天明寺高校は進学校で、校風も「文武両道」でお堅い。
文化祭は3年に1度。
だが、その代わり違う年は合唱祭や体育祭などを行っているのだ。
因みに今年は体育祭。
更に、毎年夏前に球技大会なるものを行っている。
この行事を終えれば夏休み突入なのだが、祐樹は球技大会が嫌いで仕方なかった。
元々運動は出来ないし、それほどクラスに馴染めなかったので、大体卓球に回されるという実態。
バスケットボールやソフトボールなど目立って活躍できる人ではないから。
「俺と雄太がやってる時とかチラホラな応援だよ…」
しかも負けるし、と苦い思い出を語る祐樹。
中條は「本当ですか…」とちょっと同情混じりの慰めをしながら、ふとある事を思い出す。
「球技大会に東條さんを誘ってみてはどうですか?
彼女、そういうの好きみたいですし」
話のきっかけになれば、と中條はアドバイス。
先ほど、ひよりに「なぜ?」と言われてしまったことを相談していたのだ。
さすがの中條も、ひよりにそう言われてしまったら困る。
しかも否定じゃなくて疑問だ。
どうと言われても、中條は祐樹ではないし、どうしたものかで終わっていた議題。
「でも、嫌だっつって断られたら…」
以前、赤井や中條相手にブチ切れてたひよりを思い出してゾッと身震いする。
もしひよりに殴られたらひとたまりも無い。
それに、あまり嫌われたくないのだ。仮にも以前好きだったから。
もう西條のことが好きだと知られたのできっと無意味だろうけれども。
「つか、東條さんにとって俺も敵じゃん」
「も、とは?」
「自分の胸に聞いてみような、中條君!」
思い出すは、ひよりが凄い形相と荒れた口調で中條に掴みかかった場面。
テメェ西條さん狙ってンじゃねえ!と言っていたひよりを思い出して、祐樹はぞっと身震いした。たまらなく、怖い。
ひよりが祐樹に掴みかかることは無さそうだけれども、中條はそれを言わず、
「なんとか頑張ってください」
これは、東條さんと岡崎先輩の問題ですので。と割り切る。
意外にも大人な男である、中條は。
やはり人生経験が違うのだろうか、と中條の方が年下なのに、祐樹はちょっと尊敬してしまった。
今日のバイトはまたひよりと一緒。
2日連続同じということも時たまあるのでおかしくは無いが、ナイスタイミングである。
頑張る、ありがとう。と中條に告げて祐樹は中條家を後にした。
外はすっかり晴れていて、西の空には太陽がオレンジ色に光っている。
ぐっと伸びをしながら祐樹はその太陽を目が痛くなるほど見つめた。
ふと、電源を入れていなかった携帯を開く。
雄太から連絡が来ているだろうか、と思いながら電源ボタンを押した。
すると、やっぱり雄太からメールが数件来ている。
どれも「今日休み?」なので特に今すぐ返信する必要は無いだろう。
しかし迷惑と心配をかけてしまったので、さすがに連絡を入れようとメールを打った。
『ごめん、今日は色々あって休んだ。
明日は復活すっからノート見せて』
謝罪とお願いの内容を打って送信。
送信完了の文字が出た瞬間、ナイスタイミングでメールが入った。
もう返事が!?と祐樹はアホなことを考えながら慌ててメールの受信箱を開く。
そこには、『東條ひより』の文字が。
祐樹の手が少し震える。
彼女の名前を見るだけで、口の中が乾いた。
思い出すは、あの切ない視線と「なんで?」の声。
(…なるように、なれっ!)
それでもちゃんと向き合わなければならない。
祐樹はそう決心して、バクバク言い始める鼓動を抑えながらメールを開いた。
『いきなりメールごめんなさい。
今日、少し早くバイト来れますか?
話したいことがあるので、社員駐車場のトコに来てください』
絵文字が少々使われているのを見て、祐樹はひとまず安心する。
しかし、内容が一種の呼び出しと認識した瞬間少し怖くなった。
もし、以前に行われた送別会の時みたいにいきなり襲い掛かられたらと思うと、寒気が走る。
あの時ほどの恐怖は無い。初めて女子を恐ろしいと思えた程だ。
だが、ちゃんと話し合わなければならない。
それは自分のためでも、ひよりのためでもあると祐樹は思った。
震える指をゆっくり動かして、返信を打つ。
『了解。
15分前くらいでいい?』
よし、と送信完了を確認した後携帯を閉じて、祐樹は急ぎ足でホームセンターへ向かう。
幸いなことに中條の家から近いので、約束の時間には間に合いそうだ。
高鳴る心臓を抑えて、祐樹は走る。体力が無いのですぐに歩き始めたが。
一方その頃、祐樹からのメールを受け取ったひよりはというと。
(…うう…緊張するなぁ…)
もう既に約束場所の社員駐車場にいた。
社員駐車場と言ってもそれほど広くなく、少し余った土地に数台の車(恐らく西條と店長)が止まっている程度。
空いている縁石に、ひよりはちょこんと座っている。
ひよりは、何度も息を吸ったり吐いたりして気を落ち着かせていた。
しかし何故か緊張する ひより。
先ほど買ったお茶を飲んでみても、軽いストレッチをしてみてもダメ。
最終手段に、ひよりはいきなり駐車場近くにある標識に頭を数度打ちつけた。
(殴ってはいけない!あの顔見たら多分無理だけど!
あと泣いちゃだめ!私は強い!!)
うおおお!と唸りながらガンガンぶつける様を、たまたま近くを通り過ぎた犬の散歩をしていた老人が凝視するのも気づかず。
お嬢さんやめなさい、と彼は言おうとしたが、
「理解ぃいいがぁああ大切だぁああ!」
と、腹の底から低い声を出して標識を軽く変形させている彼女を見た瞬間、口を噤んだ。
関わってはいけないと、共に怯える柴犬と共に彼は逃げる。
きゅんきゅんと犬の鳴く声に気づいたひよりは、自分のした様を見て自己嫌悪。
高校生になったら女らしくなろうと決めていたのに、気を抜くとこうだ。
やはり、自分はほとんど男みたいなものじゃないか?
ありえないことを思って自嘲する。
その瞬間、一気に落ち着いた。というよりは、切なくなって動けなくなった。
額が腫れてきたが、痛覚が人より多少鈍感なので気にしない。
帰ったら母にまた叱られそうだ、と思いながら最初に座っていた縁石にまた戻った。
そのとき、
「ごめん、ちょっと遅れた…って、血出てる!?なンで!?」
息を切らして走ってきた祐樹がちょうどよく現れた。
ひよりは気づかなかったが、額が少し切れて血がダラダラ出ていたらしい。
あまり血を見ることの無い祐樹は大怪我かという位慌てて、ポケットからハンカチを取り出しひよりに渡した。
綺麗に畳まれたそれを受け取って、ぼんやり見つめる。
しかし、はっと気づいて
「ちょっと気合入れただけですよ!血の汚れ取れないンで…大丈夫ですあはは!」
ハンカチを返して、袖口でごしごし拭く。
後で事務室の救急箱から絆創膏借りるんで!と強がった。
「気合!?ってか、袖で拭いたらダメだろ…!俺のハンカチ位汚れてもいいから…」
けれど、祐樹は心底心配して優しく傷口を拭く。
水で濡らした方がいいかな、なんてぶつぶつ言いながら。
本当に優しい人だ、とひよりは祐樹に額を拭かれながらぼんやり思う。
きっと友人達に紹介すれば、誰か1人は好きになるだろう。
でも、彼が好きなのは西條だ。どうしてだろうか?元々そういう人だと聞いたことは無いのに。
「…でも、女の私が言うことじゃない…」
ぼそり、と呟いたひよりの言葉に祐樹は目を丸くする。
手を下ろし、俯くひよりの顔を覗き込んだ。ひどく、泣きそうな顔をしていた。