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広いリビングにミルクティーのいい香りが広がる。
祐樹は綺麗なマグカップに入れられたそれを、ゆっくりとちびちび飲んだ。


「…美味しい…」

今まで飲んだ紅茶の中で1番美味しいと思えた。
冷えた体がじんわり温まる。

「お口に合って良かったです。
それより、今日はどうしましたか?
天明寺はお休みじゃないでしょう?」

どうやら奈多高は休日らしい。
創立記念日がそろそろだと赤井が話していた気がする。
祐樹はもごもごと口ごもりながら「何となく」と返事した。
そこは中條も奈多高生。
サボりの理由など追求しないのがマナー。
そうですか、ではゆっくりしていってくださいと優しく返してくれた。

祐樹はほっと胸を撫で下ろす。
なんだか先ほどのもやもやが少し取れた気がした。


スコーンを用意する中條をぼんやりと見つめる。
思い出すは、彼が同性愛者で尚且つ西條を狙っているということ。
認めたくないが、祐樹も同じだ。
西條の身体を狙っている訳ではないが、同じというだけで何となく親近感が沸く。
祐樹はまたミルクティーを一口飲み、口を開いた。



「中條君って、…その、男が好きなンだよな…」

中條は一瞬目を丸くするが、すぐに目を伏せて祐樹にスコーンを渡す。
美味しそうなイチゴジャムも一緒に。

そして、


「はい、僕は男性しか愛せません」

キッパリと告げた。
そこは少しだけ違うかな、と祐樹はぼんやり思う。
だからこそ、いっそそうだったら楽だったかもしれない。

祐樹は貰ったスコーンをちびちびかじりながら、また質問した。


「それは…親とかに言った?…辛くない?平気?」


質問というよりは、今まで自分が悩んでいたこと。
中條が答えをくれるとか、そういう願望を思うほどの余裕は無い。
ただ、聞きたかった。
この、恋が正しいのか間違っているのか。



中條は少し困ったように笑って、部屋にある写真立てを持ってきた。
そこに写るのは、中條の家族。
みんな幸せそうに笑顔を浮かべている。

「僕の家族です。
…みんな、僕が同性愛者とは知りません。
それに僕の家はカトリックなので、絶対に知られてはいけないンですよ」


「えっ…」

意外だ、と祐樹は驚く。
あんなにオープンに変態なのだ、とっくに親には知られていると思っていた。
しかも絶対に知られてはならないだなんて、祐樹はぎゅっと心臓を掴まれた気持ちになる。

自分もきっと、祖父母や両親には言えない。
1人息子が男性を好きになっただなんて、きっと卒倒してしまう。悲しませてしまう。

やっぱり、諦めた方がいいのではないか。
今なら、引き返せるかもしれない。


「やっぱり…そうだよな…」

今度はマーマレードをつけて、食べながら呟いた。
叶わない上に、誰かを悲しませてしまう恋なんて。
その寂しそうな呟きを聞いた中條は、ハッと顔を上げた。
じっと祐樹を見つめる。
青い瞳がきらきら揺れた。


「…岡崎先輩、も ですか?」


祐樹の手が止まる。
ひよりに気づかれたと言い、そんなに自分は分かりやすいだろうか。
確かに先ほどの発言を振り返ればそうかもしれないが。

でも、もう諦める恋だったら良い。
言ってしまえ、と祐樹は苦しげに眉を寄せて、


「…うん…俺は元々じゃないけど…好きになったンだ
でも、やっぱりもう諦めるよ」


きっと、いつか忘れられるよ。
マーマレードの甘酸っぱい味を堪能しながら答える。
甘いものを食べていなければ、苦くて泣きそうになるのだこの思いに。

中條は何となく、祐樹が西條を好きになったのだと察した。
しかも中條は最近バイトに出ていると、なんだか2人とも楽しそうにしていると気づいていたのだ。


中條はまた一口ミルクティーを飲む。
そして、優しく告げた。



「…まだ、決めるのは早いと思いますよ」


祐樹の顔が上がる。
先ほどのように苦しんでいる表情ではなく、きょとんと目を丸くして驚いた表情。
中條はくりくり動く祐樹の瞳を見つめながら、ゆっくりと静かに話し始めた。



「僕らは10代です、まだいっぱい時間はあります。
少し遠い将来を考えて、苦しみながら潰すよりは、まだ恋愛に浸っていてもいいと思うンです。

僕は家族には言っていませんが男性とお付き合いをしていますよ。
僕も、これが正しいのかは分かりません。
だから、自分が楽なようにしたンです」


自分が楽なようにしていい。

その言葉は、以前祖父が西條に言っていたこと。
祐樹の胸にわだかまっていたものが、ふわりと落ちた。
好きでいて、良いんだ。
そうだ、時間はある。
自分がバイトを止めるまで、彼を想える時間はある。
ムリにその時間を止めなくていい。



「…俺は、西條さんを、好きでいていい…」


言葉に出すと、涙腺が緩んだ。
慌てて目を擦り、何とか涙を流さずに済む。
その代わり、安心したように柔らかく微笑んだ。

中條はやっといつもの笑顔に戻った祐樹を見て、同じように微笑む。
祐樹が西條を好きになるなンて驚いたが、それよりも彼がこんなに悩んでいたことを、自分の言葉で落ち着かせたことが喜ばしかった。

追加のスコーンとミルクティーを出してあげよう、とるんるん気分で席を立つ。

「では、お茶しながら西條さんの魅力について語り合いましょう!」

そんなことを言いながら。
さすがの祐樹もそれは出来ないので「いや、いい!」と拒否。しかし中條が聞くわけも無く。
遠慮しないで、と鼻歌を歌いながら台所へ行ってしまった。


(…まったく中條くんは…)

呆れてみるも、中條と話すのがちょっぴり楽しみ。
魅力は語れないが、西條とキスすることはやめろと釘でも打っておこうか、なんてちょっぴり企んでみたり。


少しばかり残ったミルクティーをすすりながら、小さく響く雨音を聞いた。



すると数秒後、中條が追加のミルクティーとスコーンを持って楽しげに鼻歌交じりで戻ってきた。


「はい、岡崎先輩どうぞ!」

「ありがと、これ凄いうまい…」

すっかり中條家の紅茶とお菓子がお気に入りになった祐樹。
幸せそうにまたもぐもぐとスコーンにジャムを塗ったくって食べ進めた。


「さあ、早速西條さんについての魅力を…」


すると早速西條トークを始めようとする中條。
祐樹は慌てて食べていたものを飲み込みながら、首を振る。
そんないきなり他の人に西條のどういうところが魅力的だとか語れる訳が無い。



「ムリ!それより、中條君は俺の…俺の気持ち知ってるンだから西條さんにその、キスしないと諦めないとかやめろよ!」


顔を赤くして、西條にキスすることを諦めさせようと頑張る姿はなんとも可愛らしい。
思わず中條はニヤニヤと笑いながら、



「えー?どうしましょうか…西條さんの好きなところを教えてくれたら諦めますよ」


なんて条件付け。
祐樹は何て卑怯な!と口をぱくぱくさせながら視線を泳がせた。
しかし、ここで自分が恥ずかしさを捨てて言ってしまえば西條は無理やり中條にキスされたりせずに済む。


緊張で揺れる膝を押さえながら、分かったよと小さく唸った。
そして、



「…さ、西條さんは…いっつも意地悪だしムカつくけど、かっこよくて…そんで、ちょっぴり弱くて…たまに可愛くて…ンで、本当は凄く優しいンだよ…」



ぼっと火が点いた様に祐樹の頬がかっかと赤くなる。
何で好きになったかなんて言葉には言えないけれど、西條のそういう全部が好きだ。
そう自覚した瞬間、恥ずかしくてたまらなくなり顔を両手で隠す。


「へぇ…岡崎先輩べた惚れじゃないですか」


「うるっせえ!もう…!俺言ったンだから諦めろよー!」


からかいからかわれる楽しそうな声がリビングに響く。
いつの間にか雨音は徐々に小さくなっていった。
まるで、祐樹の気持ちに比例するかのように。

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