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夜空の下を、息を切らしながら祐樹は走る。
行きとは違い、早く帰りたいと思えば思うほど心が苦しくなってなかなか自宅へ辿りつかない。

何度も、心を無にしようとした。
けれどその度にひよりの言葉がリフレインする。


(…そうだよな、おかしいよ)

忘れなきゃ自分もダメになりそうになってゾッとする。
けれど、ひよりの言葉と視線を思い出すよりたくさん思い出すのは、西條のことばかり。
今日会って話したこと、昨日一緒に出かけたこと、好きになったと気づいた夜の事、触れられたこと、出会ったこと。

ぜんぶ、ぜんぶぐるぐると思い出してゆく。

おかしいと思えば思うほど、好きだという感情もそれ以上にあふれ出してくる。
それが怖くて、祐樹は逃げ込むように自宅の鍵を開け、玄関に滑り込んだ。
そこは真っ暗で、恐らく祖母は雄太の家で夕飯を頂いているのだろう。ちょうど良かった、と祐樹は心底思った。

真っ暗で冷たい玄関の床。
滑り込んだというよりは倒れこんだので、頬や額にその冷たさがやけに冷たく感じた。

自分が、何で、どうして。
そうぐるぐると思い悩むも、その苦しみは全て胸の中だけで蠢いて涙となって出てこない。
泣けたら少しは楽かもしれないけれど、何故かそれが出来なかった。


(…どうしたらいいか、分かンねぇよ…)


きっと諦めなければならない恋なのに、こんなにも西條のことが好きで、諦めるだなンて出来ない。
もう考えたくなくて、祐樹はゆっくり身体を起こすと、とぼとぼと暗い廊下を歩いていった。





翌日、まるで彼らの気持ちを現したかのように浅見は静かな雨模様。
雄太は、ビニール傘から見える曇った景色を1人バス停の前で見上げていた。
もうすぐバスが来る時間なのに、祐樹は一向に来る気配を見せない。
自宅からバス停までそう距離は無いのに、寝坊でもしたのだろうかと少し心配になった。


(…ただの寝坊ならいいけど)


携帯を開いて、祐樹へのメールを打つ。

『先に行ってる。
来れるなら次のバスで頑張れ』

次のバスは小中学生がわんさか乗るタイムゾーンだ。
朝からやかましい声を聞くことを避けるためにいつもこの時間なのだが、もう間に合わない。

遠くから水溜りを跳ねさせて走ってくる音が聞こえる。
雄太は深く溜息を吐いて、携帯を制服のポケットにしまった。

ぼんやりと、昨日の夜のことを思い出しながらバスに乗り込む。
雨のせいで湿気がひどい。
おかげで座席シートも若干カビ臭い匂いが漂った。
最悪だな、と小さくひとりごちると、彼女の言葉が頭の中で木霊した。


『知ってる!知ってるよ、私は最低だよ!』


うわああとこの雨のように泣きじゃくる小さな姿を思い出して、雄太は無意識にぎゅっと目を閉じる。


(…祐樹、本当に今日来ないのかな…)

癒してくれる幼馴染も、きっと今日は会えない。
俺も学校をサボってしまおうか、なんて考えつつも天明寺へと向かうバスへおとなしく乗った。




その頃、心配されている祐樹はというと。
携帯の電源も切って、尚且つ自宅にも居なかった。
本当はいつも通り家を出たのだが、バス停に向かう気になれず反対方向へと1人歩き続けている。
次のバスにも乗れる自信は無かった。


(…学校も、バイトも行きたくねぇな…)

とにかく1人になりたい。
もやもやしているこの状態で、誰かに笑顔を向けることは出来ないと思った。
通学用のローファーを水溜りでビシャビシャに濡らしながら、ひたすら黙々と歩く。
やっぱり、心の中は昨日と同様のこと。
夜通し考えたけれど、結局答えは出なかった。

何度吐いたか分からない溜息。
溜息を吐くごとに幸せは逃げるというが、そんなことを考える余裕も無いほど自然に溜息が出てきてしまう。


気づけば、普段通らない道を来たせいかよく分からない住宅街へと迷い込んでいた。

なかなか高級な家が並んでいる。
こんな所があったのか、と祐樹はある1軒の家の前で立ち止まる。
洋風の緑が貴重の高級そうな一戸建て。
広い庭には、綺麗な花々が可愛らしくまとめられている。
凄いなぁ…とぼんやり見ていると、庭の奥から異国の老婆が顔を見せた。

見つかってしまった、と祐樹が慌てて会釈をして退散しようとすると、


「Attends une minute!」


英語とは違う発音で呼び止められた。
海外の言葉で話しかけられることなどほぼ無きに等しい祐樹。
緊張と罪悪感で、立ち止まってしまった。
このまま異国の言葉で話されたらどうしよう、と冷や汗をひとつ流していると、


「あ…ごめんなさい、つい日本語忘れちゃって…」

今度は流暢な日本語で、優しそうな笑顔を向けてきた。
普段から年配の方々と話している祐樹は、やっとホッと息を吐いて緊張を解く。


「いえ、その…俺もジロジロ見ててすみませんでした」

日本語はほとんど通じるのだろうか、と不安に思いながらもとりあえず謝罪。
すると老婆は、ふふふっと穏やかに笑って、


「熱心に花を見ていましたね。
それより、徹のお友達でしょう?
どうぞ上がってください」

ここは寒いから、と中に入ることを促した。
祐樹は心底驚いて目を丸くする。
徹って誰!?俺部外者なんだけど!と内心わたわたするが、言葉が出てこない。

そうこうしている間に、がっしりと腕を掴まれる。
細身なのに、意外と力が強い。
さすが外国人など、意味の分からない解釈をする祐樹。
半ば引きずられるように、老婆の自宅へと連れ去られてしまった。


玄関もやはり高級そうな匂いが漂っていた。
模造かもしれないが、海外の絵画が飾ってある。
何の絵だろう、と祐樹がぼんやりと見ていると老婆がその徹という人を呼び始めた。

もし徹という人が来て、誰だよ?となったら恐怖。
祐樹は慌てて帰ろうとすると、


「どうしたの…?って、あれ!?」


2階に続く階段から降りてきた人物は、目を丸くして祐樹を凝視した。
祐樹も、彼と同じように驚いて凝視。
それもそのはず、降りてきたのは、


「…中條くん家だったのか…」

「岡崎先輩がどうして家に!?」

中條 徹だったから。


「あら、先輩だったのー」

そんな驚き固まっている2人をよそに、中條の祖母はほんわかと「お茶を入れてくるわね」なんて空気も読まずに言った。


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