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「東條さんはレジだからOKね、岡崎くん補充終わった?」

「あとコンテナ1つ分やったら終わりっス」

1つ、と言っても残っているのは電球などそれほど量が無い。
さすがに2年程やっていれば商品の場所は大体把握する。


「じゃあ、東條さんと一緒にパッパと終わらせてね!
さて、西條君は…」

宮崎は西條に視線を向けてニマニマした。
嫌な笑みである。
西條は乾いた笑い声を小さく上げ、口の端を引きつらせた。


「…11時まで私と一緒に残業ね!
ぜんっぜん終わらないから…」

「…うわ…」


今回、あまりにも発注と倉庫の整理が追いつかなかったのだ。
がっくりと西條は肩を落とすも、その前に休憩しましょうと言われたので少し回復。
少し位祐樹と話せるだろう。
ちらりと祐樹を見れば、困ったように小さく笑って「大変っすねぇ」と呟いていた。
西條の心がちょっと癒されて、表情が緩くなる。
頑張ろう、と思えた。


西條と宮崎が30分程の休憩を取っている間に、祐樹とひよりはさっさと仕事を終わらせ帰宅の準備をする。
祐樹はチラチラとひよりを見つつも、財布と携帯を尻ポケットに突っ込んでいた。

何だか、ひよりが思い悩んでいるように思えたのだ。
先ほど一緒に補充をしていたのだが、珍しすぎるほどに無言。普段は勝手にベラベラ喋っているのに。
風邪でも引いたのだろうか、と祐樹は心配になった。

帰りにジュースを奢ろう、と思いながらも祐樹はいそいそと西條の近くへ向かう。
もちろん、少しだが話をするために。



「あの、西條さん…」

おずおずと話しかけてきた祐樹に、西條は座っていた回転する椅子をくるりと動かし身体を向けた。
何だ?と問えば、


「えーと、西條さんが発注ミスった花の種、貰えるって常田さんから聞いたンすけど…」

西條にとってちょっと恥ずかしいこと。
自分のミスでやらかしてしまった置き場の無い花の種。
可哀想なので買ったのだ、自腹で。
しかし西條の住むアパートにはベランダらしいものは無いので、育てることが不可能。

どうしようか迷っていたものだ。

「…あれか…、欲しいのか!?」

それを欲しがるなんて、やはり植物が好きなのだなと再確認する。
特に拒否する理由など無いので、西條は机の中から一旦保管していたその花の種を取り出した。


「やるよ、岡崎ン家の庭広いしな」

俺が育てるよりは良いだろ、と告げながら渡す。
祐樹はへにゃへにゃと笑って、


「あれ?トルコキキョウってフェイス無かったンすか?」

その花の種のパッケージをじっと見つめた。
派手すぎず、それでいて慎ましやかに美しい花。


「ああ、無ぇンだよ。作ればいいのになぁ」


西條はそんなことを言いながら、園芸担当の宮崎をチラリと見やる。
宮崎はいつもの笑顔で、


「え?なぁに?西條君」

仕方ないだろと云わんばかりに圧迫をかけた。
こういう時の宮崎は苦手なので、西條は「いや別に」と逃げるように椅子を回転させた。

祐樹はそんな2人に小さく笑いながら、ふと時計を見やる。
気づけば、西條達が休憩に入ってから30分経っていた。
本当は好きな食べ物のことを聞きたかったのだが、仕方ない。それはメールで聞くことにしようと決めて、帰りの支度を終えたひよりをチラリと見ながら、

「じゃあお疲れ様でしたー」

と挨拶をして、店を出て行った。
その後ろをひよりも着いて、西條と宮崎に挨拶をし、一緒に店を出る。
2人を見送った後、宮崎と西條は長い残業に取り掛かることにした。



2人が外に出ると、外はすっかり真っ暗。
今日は三日月な上に雲が多くて、月明かりも薄い。
この暗い中帰るのは少し嫌だな、と祐樹は思いながらフラフラと自動販売機へと向かう。
ポケットから財布を取り出し、ちょうどあった120円で缶の清涼飲料水を買い、入り口でぼんやりと空を見つめていたひよりに駆け寄った。


「東條さん、これ」

「…え?」


目を丸くするひよりに、飲み物を手渡す。
ひよりは何が何だか分からないと云った顔で、おずおずとそれを受け取った。


「何か、今日元気無かったみたいだから…」

ジュースで悪いけど、ともじもじしながらも告げる。
ひよりは祐樹の優しさに感動と罪悪感を覚えながら、ありがとうございますと小さくお礼を呟いた。

祐樹は、優しい。
大っぴらに優しい訳ではない。
抱え込んでいる人にちょっと近づいて、癒してくれる。

優しくしてくれる祐樹に、これ以上不信な目を向けたくない。ひよりはそう決めて、震えそうになりながらも疑っていたことを聞いた。



「…西條さんのこと、好きなンですか?」


祐樹の肩が跳ねる。
一瞬青ざめた表情が、徐々に照れと焦りが混じったものに変わった。
いや、その、違う、と祐樹が口ごもるも頬は染まり耳まで赤い。一目瞭然だ。

ひよりは眉を下げて、切なげに呟いた。



「…なんで?」



その一言が、祐樹に冷たく鋭利な刃物として心にまっすぐ突き刺さる。
祐樹は言葉を失くしてしまった。


それでもひよりは先ほどから、いやずっと考えていたことを吐き出す。


「西條さんも、岡崎先輩も、優しくてかっこよくて…そりゃ、好きになるのに年齢も性別も関係ないかもしれませんが…」


愛に垣根は無い、と綺麗な思いで受け止めたい。
でも、ひよりはまだ幼くて何より「 」にコンプレックスがあるからそれを受け止められなかった。
こんなこと、言うのは駄目だ!と分かっているのに止まらない。
どんどん表情を失くしてゆく祐樹が見えているのに。



「なんで、男なんですか?」


元々そうだ、ということは無いことなど知っている。
現に西條も祐樹もヘテロで、真性ではない。
でも、その純粋な疑問が、ヘテロであるのに男性を好きになってしまったという矛盾する思いを抱える祐樹には、


あまりにも、ひどく、突き刺さる言葉だった。

ひくり、と祐樹の喉が鳴る。
それは恐怖と、今更ながら感じる後悔やありもしないはずの罪悪感。


「…そ、だよな、おかしい…よなぁ」


分かっていたつもりだった。
西條を好きになっても、迷惑がかかるかもしれない。
それに将来は全く許されていない上に、自分が好かれる可能性など無きに等しい。それは、祐樹が男だから。
それに、西條はきっと家族が欲しいだろう。
自分では、家族になれない。作れない。

どっと、今まで目を瞑っていたものが現実となって突き刺さる。
それはひよりという身近な女性に言われたおかげで、より現実味を帯びていた。


祐樹は震えそうになる腕を押さえて、無理やり引きつった笑いを浮かべながら、俺帰るねと早口で告げると、駆け足で帰路へと向かっていく。
1秒でもこの空間に居たくなかった。
1人になりたかった。


「あ、岡崎せんぱ…」

ひよりの声は祐樹に届かず、宙に浮かんで消える。
伸ばしかけた手を戸惑うように降ろし、穿いてきたスカートの端をぎゅっと握り締めた。


(…私… 最低…)


涙が零れそうになって、ひよりはぎゅっと目を閉じた。
おかげで気づかなかった、近くに祐樹と自分だけではなくもう1人居たことを。

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