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本日、快晴。気温も高くも無く低くも無く心地が良い。
天明寺高校の文化祭は2日間行われるが、1日目は演劇鑑賞会。
演劇の内容は、生徒達のためにとコメディ風でありつつ最後には命について感動させられるものだった。
祐樹も演劇鑑賞は嫌いではないので、しっかり見入った。
最後には少しうるうると瞳を潤ませているくらい。
帰りに、あのシーンが感動した!と雄太に語る程気に入ったらしい。
雄太はその語りを適当に聞きつつ、この機嫌が明日も持続することを願った。
そして2日目。
クラス展示の一般公開である。
全校生徒が作り上げたものを完成させて、うきうきしている早朝のなか、
祐樹は悲鳴をあげた。
「ムリムリ!こんなの着れねぇよ!」
思い切り腕と首を横に振って拒否を示す。
女子一同に押し付けられる形で受け取った仮装の衣装は、彼にとって着れるようなものではなかった。
だが、それを女子一同許すわけも無く。
「だめ!他に無いんだもん!」
「他にあまってるのバニーガールの衣装しかないよ」
より露出が激しく、何より股間部分がまずいものを出され、それよりはマシかと錯覚し始める。駆け引きとはこのことか。
しかしまだ心の準備が着かないのか、おろおろと手渡された服とクラス中をちらちら見ながら戸惑った。
あと一押しと言ったところ。
女子は一生懸命になって、祐樹に捲くし立てる様に次々に着てくれアピールを開始した。
「大丈夫!他にもっと凄い人いるから!」
「今井くんとかレースクイーンだよ!」
名指しされた今井は既にレースクイーンの衣装を着ている。
彼は陸上部なため、鍛えられた筋肉が浮き彫りになり、非常にえもいわれぬ状態。
しかしそれが彼に衣装を着させる決定打となった。
「…わかったよ…」
すごすごと着替えに男子トイレに向かう祐樹を見て、皆ガッツポーズを決める女子。
男子は両手を合わせて「ご愁傷様」と同情を送った。
男子トイレから戻ってきた祐樹は、ぐったりとしながらスースーする足元をどうにかしたくスカートを延ばす。
股がスカスカして、まるで何も穿いていないかのように落ち着かないのだ。
だがワンピースのため伸びるわけがない。
そんな彼を見て、
「やっぱり似合う〜!」
「岡崎君ってウサギっぽいもんね〜!」
きゃあきゃあと黄色い声を飛ばす女子。
それはとても微笑ましいものだが、その声を浴びる祐樹はたまったもんじゃない。
普通の状態で黄色い声を飛ばされるものならば、人生勝ったと言わんばかりに嬉しい。
しかし、この格好で言われても、ただ惨めなだけだ。祐樹は泣きたくなった。
なぜならば、彼の格好はウサギの耳をつけた立派なメイド服。
コスプレ用なので丈は短めで膝上。
もちろんしっぽもちゃんと付いている。
女子が揃えた衣装の中で最も完璧に揃えられたものだった。
「しにたい…」
その完璧ゆえに羞恥と男のプライドがずたずたにされた感が同時に彼に襲う。
しかし今更止めることもできず。
仕方なく、自分がこんな格好をしているのは夢だと言い聞かせた。
早く時間が経ってこの格好から解放されたいことを祈りつつ。
しかし、もうすぐ一般入場者が来てしまう。
急いで準備に取り掛かる皆の後を付いていくと、
チャイナ服を身にまとった雄太が、同情を示す目をしながらも、更に祐樹を地獄に落とすようなことを彼に告げた。
「今日、西條さん来るよな」
その言葉を理解した瞬間。
一気に、祐樹の血が足元に落ちた。
頭に血がいかなくなったかのように、眩暈がしてくる。
そして、ガッと自分の頭を両手で掴んで膝を落とした。
「忘れてたぁあああ!!」
「忘れてたのかよ!」
雄太の言葉も聞こえぬほど、祐樹は慌てふためく。
安易に想像できる西條の馬鹿にした笑い声と視線。
羞恥と恐ろしさが混じり、今にも錯乱状態になったその時、火事場のバカ力もとい判断力を発揮する。
クラスの全体を取り締まる学級委員長の元にすぐさま向かい、頭を下げた。
その時うっかりうさ耳が落ちそうになったのを抑えながら、
「委員長!西條さん来たら隠れていいすか!?」
「…え、っと、誰それ」
いきなり頼まれた学級委員長はおろおろとしながらも、親切に対応する。
恐れと羞恥に泣きそうになる祐樹を宥めながら、
「まあ、見られたくない人もいるしね…ボクも従兄弟に見られたくないし」
「だよな、だよな!
あの、西條さんってのは超えらそうで感じ悪そうな男前な大人の人なンだけど…。
1人で来るから分かると思う!」
「よ、よくわからないけど顔出したら教えればいい?」
「多分、俺のこと呼ぶからその時は「居ません」って言って!」
必死に頼む祐樹に、委員長はわかったと笑顔で対応した。
思わず笑顔で綻ぶ祐樹に、委員長こと長崎は心を和ませる。
普段あまり表情を変えない祐樹に対してどこか怖いイメージがあったのだ。
だが、その整った顔を笑顔にして、そのうえ女装をしていると他の男子よりは可愛らしい青少年。
しかしその多少可愛らしい青少年は、いきなりニヤニヤと意地悪な笑顔に表情を変える。
これもまた、初めて見る表情なのだが、ついで出た言葉が。
「しっかし…委員長のセーラー服何か変だな!」
「しょうがないじゃんか!岡崎君が似合いすぎなンだよ…!」
少々デリカシーが無いところはその辺の男子とあまり変わらなかった。
俺が似合ってる訳無いだろ!と冗談で怒りながら長崎のスカートをぐいぐい引っ張って遊ぶ祐樹。
止めろよーと長崎は言いながらもケラケラ笑って、祐樹のスカートもぐいぐいと引っ張ってみた。
はたから見ると不思議な状態なのだが、何だか楽しいので祐樹は周りの温かい視線に気づかなかった。
「委員長、岡崎くん!準備、準備!」
すると、見かねた副委員長がじゃれる2人に注意。
2人はハッと周りの視線に気づき、お互いに謝りながら各々の準備に取り掛かった。
そして、天国か地獄か。
運命の一般公開が始まったのである。