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夕陽もすっかり落ちて、夜空に星がぽつりぽつりと光り始めた頃。
ようやく祐樹の家の前まで来た。
送ってくれてありがとうございます、と律儀に礼を言う祐樹。祐樹は、健気である。

西條は祐樹が車を降り、運転席側に回ってきたのを確認するとパワーウィンドウを降ろす。
すぐに家に帰らない辺り、何か言うことがあるのだろう。
とりあえず西條は、祖父母に遅くまで連れ回して悪かったと伝えてくれと祐樹に言伝を頼んだ。
しかし祐樹は、


「いや、悪くないっすよ…!その、楽しかったし…あと、そのー…」


ふるふると頭を横に振りつつそう告げる。
そして、もごもごと恥ずかしそうに何か言おうと戸惑っていた。
何か言いたいことがあるのか、と西條は特に考えもせず「何だ?」と言及。
祐樹はぎゅっと下唇を噛んで、勇気いっぱい振り絞り。


「こ、これっ!」


ポケットに手を突っ込んで、財布から昼間買ったストラップを取り出した。
そしてそれを、不器用に西條に差し出す。


「帽子のお礼…には安いかもしれないけど…」


西條さんの携帯、ストラップ無いし…ちょうどいいかな、と思って。
そう微笑みながら祐樹は素直に告げた。
西條は目を丸くし、呆然としながらも優しくストラップを受け取る。
夜空を模したそれは、とても綺麗で驚いた。
まるで、自分が昼間弾いた曲のような贈り物。

何だか嬉しくなって、頬が緩む。


「ああ、…サンキュ」


素直にお礼を言って、早速封を開けた。
西條が喜んでくれたらしいので祐樹は嬉しくてたまらない。つい、着ける所を凝視するほどに。
ストラップを付けた事が無いに等しいのだろう。
少々戸惑いつつも、西條は小さな穴に紐を通してしっかとそれを付けた。

黒い携帯に映える夜空を模したストラップ。
自分の携帯が宝物かのように思えた。



「じゃあ、また…」


すると、祐樹は満足したのか軽く会釈しながら運転席から離れようとする。
携帯を見ていた西條は、祐樹の声を聞いてふと思い出した。それは、今日の朝から薄っすら思っていた事。

しかしその事を他人に自分から言ったことが無いので、なかなか言い出せない。
とりあえず「ちょっと待て…!」と待たせた。
祐樹は不思議そうに首を傾げながらも、ちゃんと戻ってきて西條を待つ。

早く祐樹を帰さなければ、心配されてしまうのに言いたいことがなかなか喉を震わせない。
かと言ってこの沈黙もキツい。祐樹はさほど気にしていないのだが。



(あー…もう、なるようになれ!)


気合を入れたために、なぜか一瞬祐樹をギッと睨んでしまう西條。
あまりの怖さに、祐樹は思わず「ひぃ!」と小さく悲鳴を上げてしまった。好きだとは言え、それは怖い。

ヤバいビビってる、と思いつつも西條は勢いで自分の携帯を祐樹の肩に軽くぶつけて、



「…お前のアドレス教えろ。…病院行くときとか俺をアッシー代わりにしていいからな」


それ以外でも構わない、とちょっとぶっきらぼうに告げる。因みに本音は最初の「教えろ」のみ。
ちょっと奥手な西條は思わず言い訳みたいなことを付け足してしまった。

しかし祐樹は、「それ以外でもいい」のくだりをしっかりと聞いていた。つまり、プライベートな連絡も可。

ぽぽぽ、という音が聞こえるくらい祐樹の頬が火照ってくる。
まさか、西條にアドレスを聞かれるとは思わなかったのだ。大体、彼は仕事上祐樹の自宅電話番号は知っているのに。つまり、祐樹と個人的に連絡を取りたいと。



(…うわあぁあ…!?ど、どうしよう…どうしよう…!と、とりあえず、)


祐樹はあまりのことにパニック寸前になりながらも、何とか冷静を取り戻して、自分の携帯を取り出した。


「は、はい…!えと、じゃあ、赤外線…」

「…ああ、じゃあ俺が送る」


さすがに西條も赤外線送受信は把握している。
ポートを合わせて、数秒間。
お互いの連絡先が、お互いの携帯に登録された。
何だか、とてつもなく距離が近づいた気がして、祐樹の頬は火照りを止めない。
隠すように片手で軽く左頬を押さえながら、アドレス帳のさ行を見る。

西條瑞樹、の文字。

見た瞬間。
心がふわふわ浮いて、これが現実なのか分からなくなった。



「…休む時とかも携帯に連絡してもいいからな。じゃあ」


「あ、ハイ…!」


すると、西條はそれだけ告げてギアを動かし、祐樹を離れさせてから自宅へと車を発進させた。
ちょろっとまた手を振って。

祐樹は、西條の車が見えなくなるまで、ずっとその方向をぼんやり見ていた。
ぎゅっと自分の携帯を握り締めながら、車の排気音がちょっとでも聞こえないかと目を閉じる。


今日のことは、まるで夢のような出来事だった。
普通に過ごしていては、絶対にありえなかったこと。



(…すげぇ、…身体があったかい…)


初夏に近づいて気温も温かくなってきた。
けれどそれ以上に、今の祐樹の胸の中はぽかぽかと暖かい。西條と遊んだことを思い出すだけで。

まだ、ほんのちょっとだけ思い出す。
突き放されたこととか、祖父の病気のこととか。
苦しくて、悲しくて、つらいことを。
けれど、今はそれも和らぐほど、祐樹は。



(…西條さん…)



ふにゃあ、と微笑むけれど泣きそうになる。
も、一度アドレス帳のさ行を見た。



きっともうすぐ、自分は大切な人の死というものを体感してしまうかもしれない。
きっと、とても悲しんで苦しんで泣き叫ぶかもしれない。もしくは、口も利きたくなくなるかもしれない。
けれど、そこに西條が居てくれたら。
もし、もしも「大丈夫だ」と言ってくれたら。


救われる、気がした。



祐樹は緩む涙腺を押さえ、駆け足で玄関に飛び込んだ。
居間の方から今か今かと待っていた祖母が、「夕飯はどうしたの?西條さんは帰っちゃったの?」と質問責めしてくる。
祖母に、夕飯はまだという事と西條は帰った事を伝えると、いそいそと祐樹は自室に戻る。

着替えをするという建前、また携帯を見ようとしているのだ。

やっぱり、アドレス帳のさ行を開いてしまう。
思わず詳細を開いて、最近覚えた個別登録をしようと企んだ。
もし、連絡が来たらすぐに知りたい恋心。


(どうしよう…西條さんっぽいの…ジョーズとか…?)


恋心を抱いている割にはセレクトがひどい。
しかし、さすがにジョーズではびっくりしてしまうので(自分が)最近無料で貰った曲にしてみた。
しかもそれは、片思いをしている人を謳った曲。
何だか、女子高生みたいで恥ずかしい。


(…やっぱ、ジョーズにしよう…)


結局、そのセレクトにした。



「祐樹ー、ご飯食べてお風呂入りなさーい」

「んー」


登録し終えると、祖母に呼ばれたので祐樹は律儀に居間に向かった。
チラリとまた携帯を見るが、今日の所はこれで満足なのだろう。ふふん、と息を吐きながら軽いスキップをする。




「祐樹、そんなに西條さんとお出かけしたの楽しかったの?」


「え!?」


案の定、ゆるゆるな表情は祖母にあっさり見破られハッキリ言われた。
驚いて目を丸くする祐樹に、思わず祖母は笑ってしまう。こんなに誰かと出かけて幸せそうにしている祐樹を見るのは初めてだからだ。


「また連れてって貰えるといいねぇ」

「う、…うん…」


祐樹は目を逸らして、一生懸命煮物を頬張りながらも嬉しそうに頷く。
因みに祖母は、祐樹が西條のことを恋愛対象として好いているとは1ミリも気づいていない。




さて、夕飯も風呂も予習復習も済ませた祐樹。
いつもならばすぐ床に着くのだが、まだ22時前。
ある事をするには都合の良い時間帯である。

布団の上に座りながら、じっと枕元に置いた携帯を見つめ続けた。


(…いきなりってウザいかなー…けどまだ時間的に大丈夫だよなー…)


新規メール作成を立ち上げて、宛先を西條にしたままずっとその状態なのだ。
つまり、祐樹は西條とメールがしたくてたまらない。
今日話して遊んだばかりなのに、恋の病とは恐ろしいものだ。しかも自覚症状無し。

そんな祐樹は、勇気が出なくて思わず布団の上でごろごろ転がった。
お日様の匂いいっぱいに包まれる。



「んー!んー…どうすればいいンだろ…」


ひとりごちながら悩む。
こうしている間にも刻一刻と時は過ぎて行くのだ。
無情な秒針の音は、静かな部屋に響き渡る。
時間を気にするおかげで、それはより大きく聞こえた。


もう、なるようになれだ。
祐樹はバクバク音を立てる心臓を抑えながら、震える指でゆっくりと打っていく。



『こんばんは、いきなりメールしてすいません。
今日は楽しかったです。
ばあちゃんが、また夕飯食べにきてくださいって言ってました。
あと、今月はシフト変更多分無いです』


因みに所々絵文字は使われている。
汗とか、笑顔とかシンプルなものだけだが。
祐樹は元々絵文字を使わないメールばかりなのだ。大分進歩したと思われる。

しかし、打ったは良いものの指が送信ボタンを押さない。ばたばたと布団の上でバタ足をしながら、唸る祐樹。
とてつもなく緊張するし、恥ずかしい。



(うわああぁ!どうしよー!保存、保存しよう)


祐樹は逃げに出た。
一旦保存して、また落ち着こうという考えである。
しかし、サブメニューを開こうとしたその瞬間。

画面には「送信完了」の文字が出た。



「えええ!?何で!?」


思わず声を上げてしまう祐樹。
どうやら間違って押してしまったらしい。
あまりのことに、脱力して携帯を手放してしまった。
文面はちゃんと打ったとはいえ、心の準備なしに送ってしまったのだ。

返事怖い!と祐樹は慌てて携帯をなぜか枕の下に隠す。
そんなことをしても、急に返信が来るわけが無いのだが。



(ね、寝よう!)



祐樹は携帯を枕の下に置いたまま、目をぎゅっとつぶって布団にもぐった。
ふかふかした布団は、今日の疲れを癒してくれる。
静かな部屋に、遠くで鳴くふくろうの声だけが響いていた。


本当は、枕の下でバイブレーター音が鳴っているのだけれど。





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