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お互いの息がかかったその時。



祐樹のポケットから、コブシの効いた演歌の着うたがムード台無しと言わんばかりに大音量で鳴り響いた。
祐樹は驚いてぱっと目を開ければ、同じように驚いている西條のどアップな顔。

心の中で「近いぃいい」と叫びながら、慌ててポケットをまさぐる。

西條はぱっと手を離し、距離も置いた。
凄い着信音だな、と苦笑しつつ。


「す、すいません…あ、ばあちゃんだ…」

ちょっと出てくると言った祐樹が帰ってこないので心配になったのだろう。
祐樹は火照った頬を押さえながら、祖母からの電話に答えた。


「うん…大丈夫、今ちょっと出かけてて」

祐樹が祖母と会話している間に、西條はがっくりと肩を落としながら片手で額を覆った。
それはキス出来なかったという悔しさではなく、


(…俺は何がっついてンだよ!?でも岡崎も目ェ閉じて…いやでも、前したときに分からないとか言ってたし…あーもう分かンねぇ!)


自分のハングリー精神にガッカリしたのと、祐樹の気持ちが分からない不安からだった。
ハングリー精神は仕方が無い。まさか、あんな表情をすると思っていなかったからだ。
元々手を出すのが早い訳ではないが、過去に二度祐樹とはキスしているからだろう。

そう、そこから祐樹の気持ちが分からない不安が生まれている。
嫌がる訳でもなし、けれど分からない。
それを自分も祐樹に対してしてしまったのだが、好きになってしまった以上、それを好意として受け取っていいのかそれとも年上だから何も言えないのか。

しかし、さっきは安易に目を閉じて待っていた。


(…とにかく、がっつくな俺…)

祐樹に幻滅されないように、西條は心に深く誓った。
恋愛、しかも何も知らない同性同士な上に年下となんて確実にがっついても取り返しのつかない事になるだろうと思っているのだ、西條は。

しかし、祐樹は草食系どころか恋愛のノウハウのノの字も分からないウブなので、むしろがっついた方がよういのだが。


「うん、じゃあ切っから」


祐樹は溜息を吐きながらやっと電源ボタンを押す。
慌てて西條を見上げながら、


「すンません、婆ちゃんが…」

いきなり電話が来たことに謝った。
直後、これは「キスできなくてごめんなさい」みたいじゃないか?と祐樹は心の中で慌てる。
自意識過剰だ…!と思う祐樹。しかし西條は、

「いや、もう夕方だしな…帰るか」

さらりと大人の対応を見せた。
確かにもう夕方である。夜遅くまで、未成年者を連れまわすほどアホな大人じゃないので、西條は車に戻るぞと言った。
祐樹も慌てて「はい!」と返事をしながら、落としてしまったドーナツを拾い、傍にあったゴミ箱へと捨てる。
もったいないけれど、仕方が無い。

けれど、その残骸だろうとも見るだけで先ほどの西條の近さが祐樹にはリアルに思い出された。
また頬が熱くなってくる。


「岡崎ー」

ゴミ箱見つめンなよ、と背後でやれやれといったような声を出す西條。
祐樹は慌てて、前方で立ち止まり振り向いている西條へと走り寄った。
近くなるにつれ、なんだかうきうきしてくる心境。
呼ばれることが、こんなに嬉しい。

西條の隣に立つと、なんだか胸の中がくすぐったくなってきて思わず微笑んだ。




「あ、毛虫がいっぱい」

アスファルトに出ると、温かいからか毛虫がうようよと這っている。
さすがに西條も嫌な顔をして、


「うっわ…、そういや毛虫撃退の薬切れてたな…」

店長注文してっかなー、と仕事の事を呟く。
祐樹も園芸エリアはよく商品補充をしているし、演芸関連については少し詳しいので、「あー」と同意の声を上げながら頷いた。

「そろそろ殺虫剤の季節っすからね…そういえば、もうすぐ苗入りますよね」

「ああ、お前らバイトの嫌いなブルーシート掛けも増えるぞ」

「うえー…俺あれいっつも失敗する…」

苗を陳列しているのは外なので、盗難や虫の被害、予想外の冷えなどから守るために閉店間際にブルーシートを被せる作業である。
意外に力作業且つ器用さが問われるので、祐樹はあまり好きではなかった。

でも時々西條が手伝ってくれるので、ちょっと楽しみだったりする下心。


そんな感じで、2人とも共通の店の話をしながら車へと乗った。
相変わらず鶏糞の袋は改良されないと困るだの、この前ひよりがうっかり力を入れすぎてペットの餌の袋を破いてしまっただの、そんな他愛の無い話。

こんな2人だから、先ほどのキス未遂もさらりと無かったことのように流れてしまうのだ。
もうちょっとどちらかが留まれば、もしかしたら告白してしまうというハプニングが起こってしまうかもしれなかったのに。
2人の赤い糸は、気づかないほどやけにこんがらがっているみたいだった。



相変わらず車内はラジオが淡々と流れる。
2人は店の話を続けながら、浅見へと向かった。
ふと、ラジオが今夜から明日にかけての天気予報に変わる。
どうやら今夜は雨らしいが、明け方には止むらしい。


「良かった…傘かさばるからなぁ」

祐樹はちょっと溜息を吐いて、天気予報の感想を呟く。
西條はそれを隣で聞きながら、ふと「傘」というキーワードが引っかかった。
何か忘れている気がする、と眉間に皺を寄せてひたすら思い出す。
傘といえば雨。雨といえば、ごたごたがあったあの日の天気。


ちらりと祐樹を横目で見る。
背中が痒かったのか、シートから少し離れて頑張って背骨の横辺りをちょっと掻いていた。


傘と、祐樹の背中がイコールで結ばれる。
西條は思わず息を飲み込んだ。


そう、あの墓参りの日。
軽くとはいえ祐樹に怒りのあまり傘をぶつけてしまったのだ。
元々西條は祐樹がヘマをやらかしたりするときにチョップをしたり、プロレス技をかけていたりしたのだが、それは自分の身体を使ってそれほど本気でしていない。物を投げたりは一度もしたことが無いのだ。

昔の自分の行動に「凄いな…」と思いつつも、忘れたままにするわけにもいかない。
乾いた口にフリスクを放り込んでガリガリ噛んで、緊張をほぐした。


「…岡崎、」

はい、とクエスチョンマークを浮かべて祐樹は西條を見上げる。
ちらりと横目で見るが、何の疑いも持たない純粋な眼差しで見てこられると、息が詰まった。
以前に「キモい…!」と言っていた頃が懐かしいな、と別のことを考えて息を整えつつ、


「背中、大丈夫か」


軽めのジャブで問う。
しかし祐樹は分からないのか、首を傾げて「ちょっと痒かっただけ…」と先ほどの状況を言った。


「そうじゃなくてよー…あれ、俺が傘ぶつけただろ…悪かった」


遠まわしでは通じないと悟り、西條は直接ストレートに聞く。
しかし、まだ祐樹はよく分かっていない。
腕をちょっと組んで無言で必死に思い出している。
そして、ようやく。

「あ…!あのとき、…いや、でも俺全然痛くなかったし…!」


本当はちょっと痛かったけど、西條に怒鳴られて突き放されたことのほうが何百倍も心に痛みが帯びたので蚊に刺されたぐらいだ。
むしろ、西條が覚えているということに申し訳なさを覚えるほど。


「俺が、あんなことを言ったから…」


しゅん、とうな垂れる祐樹。
西條は慌てて、「いや、お前は悪くない。大丈夫ならいい」と話題を切った。
落ち込ませるために言ったわけじゃないのだ。
もうあの時の話は止めよう、と決めて西條は何か話題を探す。

しかし出てくるのはどうしても店のことばかりで、これではつまらない男になりそうだ。

何か好きなもの、と思った瞬間出てきた話題は、



「…岡崎は犬と猫どっちが好きだ?」


なんて、くだらない話題。
しまった…アホか俺は。と西條はちょっと肩を落とす。しかも犬と猫の2択なんて、どちらも好きではないと言われたら終わり。

しかし祐樹はまた顔を上げて、


「犬は、散歩してるのしか見たこと無いっすけど…猫はよく家に来るンで…猫かなー」

ちゃんと話題に答えた。
祐樹は西條のことを以前は嫌いだし怖い!と評価していたが、以前含め元から敬っていない訳ではないのだ。
恋心含めて慕っているので、西條の出した質問にはちゃんと答える。最早今時いない大和撫子状態である。

西條は答えてくれた祐樹にほっとして、話を続けた。


「それは野良か?」

「いえ、近所の猫っすねー。確か名前は…モロッコだったような」

「なんだそれ!?」

「飼い主さんが語呂かな!って!」


意外と盛り上がる話題。
元々、祐樹と西條の相性はいいので一度会話が始まれば続けられるのだ。

静かなジャズが流れるラジオを聴きながら、浅見まで2人は動物やらテレビの話やらで盛り上がる。
こんなにたくさん話したのは、初めてかもしれない。


祐樹は嬉しくて、思わず小さくぱたぱたと足を振ってしまうほどに。

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