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「上はゲーセンとかっスね」
またエスカレーターで上に向かう2人。どうやら次が最上階らしく(実際本当の最上階はエステ専門店らしく論外)学生の量も比例して増えていた。
見渡す限り学生だらけで、西條はちょっと居心地が悪い。
と言っても、家族連れや大学生が居るので少しはマシなのだが。
そしてゲームセンターエリアにたどり着く2人。
楽しそうな騒ぎ声がごった返して、賑やか過ぎるフロア。
2人はとりあえず端っこからうろうろしてみることに決めた。2人ともゲームセンターには慣れていない。
祐樹がお菓子が大量に入っているクレーンゲームをちらちら見ている間、西條は不思議そうにあるエリアを凝視していた。
「…おい、岡崎」
怪訝そうに出した声に、祐樹はちょっとびっくりしつつも「はい?」と返事をして西條を覗き込む。
顎に手を当てて、理解出来なそうに眉をしかめている姿から見て信じられないものでもあるのだろう。
何だかデジャブを感じて祐樹はその視線を追った。
その先は、女子達がきゃっきゃと集うエリア。
「…あれ何だ?」
「…えっと…プリクラ、っすね」
祐樹は生まれてこの方プリクラを撮った事が無い身だが、情報やらゲームセンターに行って実際見たことがあるので答える。
と、いうか今の世代知らない方がおかしい。
だが、
「は!?でかくねぇ!?」
西條は目を丸くして、それこそ不思議そうにしながらプリクラのエリアにずかずか足を踏み入れた。
最近では、男性客お断りの所が増えている。祐樹もおぼろげながら知っているので、慌てて
「うわー!?西條さん待って!」
ばたばたと走り寄る祐樹。
いきなり西條が落書きコーナーのカーテンを捲くる。
そこには気づかなかったのか、楽しそうに落書きをしている女子の集団が。
「ん?撮ってねーぞ」
「ぎゃあああ!西條さん何してンすかぁ!!」
女子の集団は目をぱちくりさせて西條を見やる。
慌てて駆け寄った祐樹によって、何とか落書きコーナーから離させることが出来た。
祐樹は必死に西條の背中側から抱きついて引きずり出したのだが。
いきなり引っ付いてきた祐樹に驚きながらも、西條は「何か書いてたな」と祐樹に見たことを報告した。
全く子どもなのか大人なのかよく分からない人だ。
祐樹は若干呆れながらも、何だかそういう所が可愛く思えて複雑な気分。
しかし、先ほどの行動と言動からして気づくこと。
「…あの、西條さんって…プリクラ知らないンすか?」
「あ?知ってるっつのそれぐらい」
じゃあなぜあんな行動に出たのか祐樹には理解不能。
もしかして、年々新しくなってくるプリクラに着いて行っていないのだろうか。大人の男性が着いて行ったらそれはそれで気持ち悪いのだけれど。
祐樹はとりあえずプリクラコーナーから離れようと、西條を押してベンチへと進んだ。
とりあえず座って落ち着く。
祐樹はまた西條の視線を追った。…やっぱり不思議そうにプリクラコーナーを見ている。
「あのハサミ置き場が気になるな…」
「あれはプリクラを切るためのスペース…かな。何か切らないと剥がせないみたいっスよ」
「は!?…あれシールだろ、剥がせねぇの?」
祐樹は確信した。
ごくり、と唾を飲んで西條から視線を外しつつ、聞く。
「…西條さん、って…あの昔のプリクラで止まってたり…」
西條の口の端がひくりと動いた。
祐樹の言うとおり、西條はプリクラ初代機のフレームのみが選べ、尚且つ写れるのはバストアップ。そして1種類のプリクラが丸みを帯びた長方形の形で切り抜かれているため剥がすのが簡単な状態。
今は無き、昔の産物だ。
西條は基本的にアウトドアな遊びしかしなかったのだ。高校の頃は部活で忙しい上に、調子に乗ってバイクの免許も取ったのでツーリングしたり釣りしたり。
そのうえ、ゲームセンターといえば大抵カラオケがセットで着いてくるので確実に拒否していたのだ。
よって、彼のプリクラ認識は旅先での今では見られない最古機種。
ひどいジェネレーションギャップだ。
「ちげぇよ!知らなかった訳じゃなくてなぁ…知る必要が無ぇだけだっつの…」
オジサンじゃないか、と思われるのが最も嫌な西條はちょっと見栄を張って反発してみる。
祐樹は男なので、プリクラを知らないからどうとか全く思わないのだが、焦る西條を見て思わず笑ってしまった。
「あっははは!でも、ダメっすよ!いきなし、入ったら…!やば、今思い出したら凄いおもしれぇ…!」
けらけら笑う祐樹。
笑われるのはちょっとムカつくが、祐樹が声を出して笑うことは珍しい。それは、西條にとって嬉しくないはずがない。
「るっせーな、気になることは調べるだろ普通!」
「普通じゃねぇ…!あはは、さっきの女の子たちぜってぇビックリした…!」
ひぃひぃ笑う祐樹。
そんな祐樹の頬を軽くつまんで、「笑うンじゃねぇー」と軽く制裁してみる。
久々の制裁だが、それはあまり痛くなくて西條も楽しいのだと祐樹は薄っすら気づいた。
やめへくらはいーと頬を引っ張られてるせいで呂律の回らない抵抗をする祐樹。しかも、止めてと言っている割には楽しそうに笑っている。
可愛いな、と西條は薄っすら思いながらやっと手を離す。
最後に照れ隠しにと一発軽いでこピンを浴びせて、立ち上がった。
そして、
「おし、じゃあ岡崎、対決するか」
いきなり宣戦布告なるものを軽く告げた。
祐樹に行くぞと言いながら、目的地へと向かう。
「え?な、なにで?」
祐樹も慌てて立ち上がり西條に着いて行った。
まさかホッケーとかシューティングゲームとかだろうか、と予想していると。
「よし、これにするか…座れ」
金は入れてやっから、と西條は2人分の小銭を入れる。チャリンチャリン、とその機械は音を立てて準備万端の映像を映し出した。
祐樹は動けない。
「岡崎?」
なぜなら、それは。
「…な、何でカーレース…」
祐樹が大の苦手としている、カーレースゲームだった。
ゲームセンターの大きなカーレースも、家庭用のゲームも何故か出来ない祐樹。
しかし西條がお金を入れて待っているので、仕方なく祐樹は隣に座った。
アクセルとブレーキがまず分からないけれど、とりあえず勘で車を選んだ。
「意外と速かったりしてな、お前」
そんな祐樹など露知らず、西條は「負けねぇぞ」と悪戯に笑った。
祐樹は人の気も知らないで!とムッとしながらハンドルをぎゅっと握り締める。
スタートと共に勢いよくアクセルを踏んだ。
「ああああ!?どこ?え!?うわああ動かない、そっちじゃねぇ!さ、西條さんたすけて!」
「ばっか、お前どんだけ逆走して…って逆走しすぎて俺にぶつかってンじゃねーか!」
「え!?これ西條さん?こ、この車に着いてけば…!?」
「ごり押しすンな!俺まで変なところに行ってるだろが!」
2人がやっとゴールする頃には、祐樹は疲れ果ててぐったりしていた。
ハンドルの切り方がありえない不器用さ発揮しているのを見て、祐樹は運転免許が取れなそうだと西條は哀れに思った。それは祐樹も同じで、もう車なんて運転したくない!と心に決めてしまう。
「…お前、苦手だったかこれ…」
悪かったな、と言いつつも今度は西條が笑い始める。先ほどと立場逆転だ。
軽くゲラゲラ笑いながら、
「さっきの岡崎の慌てっぷりは爆笑もんだな!」
意地悪な言葉を突きつける。相変わらずだ。
祐樹はむっと唇を尖らせて、
「だ、だってハンドルが動かねぇンだもん!」
「動かしすぎなンだよ!」
ムキになる祐樹が面白くて西條はますます笑いながらからかう。
祐樹は相変わらずこの人は!とイラつくが、そういう所は完全に受け止めているので問題は無い。
でもやっぱりムカつくので、ぷいとそっぽを向いて拗ねてみた。
すると、西條はゲラゲラ笑うのを止め、笑顔で祐樹の頭を軽く叩く。
「拗ねンなよ、お前がさっき見てた菓子の山取ってやるから」
だがあっさりと大人な発言をされ、祐樹の怒りは一気に無くなる。何だかんだ優しい所があるのだ。
祐樹は「一発でとってください」と可愛いらしいちょっとした意地悪を言いながら、クレーンゲームに向かう西條の隣に並ぶ。
先ほどからのボディタッチにドキドキしながら、西條にバレないように触れられた自分の頭をこっそり撫でてみる。
その後。
「よし、これは押して捕るか」
「そんな技術が!」
機械関係が得意な西條は、祐樹の意地悪通り一発で菓子が大量に詰まった景品を取った。
時刻はもうすぐ3時を過ぎる。
そろそろ、楽しい時間はリミットを迎え始めた。