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食休みも済んだので、西條は再び車を走らせる。
午後の予定は特に決めていなかったので、適当に店をぶらつこうと祐樹は提案。
最近でも無いが、天明寺で1番新しいショッピングセンターにはゲームセンターなどもあるので良い遊び場だ。
祐樹はあまり行かないが、学生の大部分はそこに行って放課後遊んでいるらしい。

とりあえず、クラスで人気のところに行けばハズレは無いかと踏んだのだ。
西條も、祐樹と買い物に出かけるなンて貴重極まりないのであっさり承諾した。


ショッピングセンターは市役所に近いので、すぐに着く。天明寺は駅前より市役所近辺の方が栄えているためだ。とりあえず市役所周辺にいれば遊びには困らない。
因みにそのショッピングセンターの向いにあるカラオケが祐樹と雄太の行きつけ。…というほど行っていないが。

車はショッピングセンター脇の立体駐車場に止めることにした。
祐樹は車で天明寺に来たことが無いので、変な感動を覚える。立体駐車場は薄暗くて、ぐるぐると上げって行くので面白い。
どこが空いてるかな、なンて西條が探しているのに祐樹もついつい探してしまった。


立体駐車場でテンションが上がる祐樹に、相変わらずよく分からないアホだなと思いながら西條はショッピングセンターへの入り口に近い場所へと止めた。



「ここよく来るのか?」

西條の声が静かな駐車場に響く。
カツンカツン、と遠くでハイヒールの音が響いていて、それに重なってちょっと薄暗い雰囲気を醸し出していた。
その音を聞きながら、祐樹はチラチラと辺りを見渡し、


「いや、あんまり買い物とかしないンで…2回目くらいかな…」

そう言いながら2人並んで、ショッピングセンターの中に入っていった。


今日は休日のためか、案の定人が多い。
家族連れはもちろん、カップルや友人グループなど系統は様々だが沢山居た。
今日はクレープ売り場でなにやらフェアをやっているらしい。客の目的は主にそれだった。
しかし、西條と祐樹は先ほど昼食を済ませたばかりなので、別のフロアに向かう。

ふと、ピアノの音が2人の耳に入った。


祐樹がそちらに行きたいと言ったので、西條も後ろを着いていく。
着いたのは一角の楽器専門店。楽器だけではなく、楽譜なども売っている。因みに隣はCD・DVDショップだった。

祐樹は歌が好きなので、自然と楽器にも興味があるらしい。
もう音楽の授業が無くなってしまったが、楽譜を読んだりのレベルは出来るのだ。


「おお…凄い!この楽譜もあるんだ」

弾けないけど、と言って眺めている楽譜本を西條は横からのぞき見た。
予想はしていたが、案の定歌謡曲の楽譜を持っていた。
段々、祐樹の年寄り臭い趣味に慣れてきた西條。
あるにはあるもんだな、と感心した。

ふと、西條は近くにあったアップライトピアノに手を出す。
近くにピアノがあると、ついつい誰でも鍵盤を鳴らしてしまうものだ。
ポロン、と優しい音色が響く。


何となく、西條は椅子に座って、久しぶりにペダルを踏みながら、


「おい、岡崎お辞儀しろお辞儀」

と、イタズラに笑って。

よく卒業式などでピアノの合図と共に礼をする、あの合図の音色を軽々と弾いた。
祐樹はばっと振り向き、お辞儀もせずに西條の手元を凝視する。若干、白目が血走っていた。
西條は、不思議に思いながら「やれよ」と急かす。
だが、祐樹はそんな冗談にノっている余裕は無い。


「…え、西條さんピアノ弾けるンすか!?」


ついつい、このフロアに響き渡るであろう大声で叫んでしまった。
普段ホームセンターで男らしい作業をしているので、繊細なピアノ演奏など全く想像がつかなかったのだ。ましてや、西條。25のイケメン男性がピアノを演奏出来るなど、誰も予測不可能。

しかし西條はそれを特別と思っていないのか、軽くピアノソナタのようなものを弾きながら、


「何ありえねぇみたいな顔してンだよ?俺の周りは楽器弾けるヤツばっかだったからなぁ…朔哉もあれでバイオリン弾けるぞ、キモいけど」


それもまた驚きである。あのふざけた望月が、真面目に優雅なバイオリンを弾くとは想像が全く出来ない。
確かに、外見だけ見て2人が演奏している所はとてつもなく輝かしいだろう。しかし、2人の性格を知っている祐樹にとっては驚きを通り越して何だか気持ち悪い。

眉間に寄る皺を前髪で隠しながら、祐樹はちょっと隣に寄って見る。
西條のちょっとゴツいけれどスラリと伸びた指が、柔らかく鍵盤を押して奏でているのはとても綺麗だと思えた。イケメンはどこのパーツも綺麗なんだと思うと、ちょっと切なくなるほどに。
かと言う祐樹の指も十分綺麗なのだが。


「どんなの弾けるンすか?」

何となく、祐樹は西條の演奏姿に見惚れてしまって、催促する。
しかし、店側に悪いのではないかと西條がやんわり拒否をして別の所に行こうとしたとき、


「ど、どうぞお弾きになってください!」


いつの間に現れた女性店員が目を輝かして許可してしまった。
またか!と祐樹はちょっとむくれるも、おかげで西條のピアノ演奏が聞けるので心の中で許してみる。

しかし、気づけば女性店員だけではなく、フロアにいた女性のほとんどがチラチラと西條を見ているではないか。気にしていないのは、西條を好みではないであろう女性か男性、子どもくらい。
注目が集まっていることなど知らない、というか知りたくない西條はとりあえず自分の覚えている楽曲をひたすら思い出した。


「大体でいいか…」

フルで弾いてもいられないので、とりあえずペダルに足をかける。
大分久しぶりなのか、何度か拳を握ったり開いたりして指を慣らしてから鍵盤に指を置く。
人の前でピアノを弾くなんて、小学生の頃発表会で演奏したきりだ。その発表会も、西條は嫌々出たのだが。
そもそもピアノは西條の両親が彼の音痴を直してあげるために通わせたもの。…直らなかったのだが、何故か。

嫌な思い出を振り払うかのように、演奏を始める。

『ショパン ワルツ第7番 嬰ハ短調 作品64の2』

切なさの中にどこか明るさも感じられる音だと祐樹は思った。
西條の指が、手が軽やかに動く。
本当にピアノを習っていたのだな、と今更ながら祐樹は実感した。
早くなるたびに肩も動き、横顔は真剣な眼差し。

男前とはこういうことを言うのか、と祐樹はもちろん周りで演奏を聴く女性達はうっとりした。


ショパンのワルツ。
西條が最後に発表会で演奏した曲だ。
ピアノに触れると、両親の姿を思い出す。
1曲1曲覚えていくたびに、褒めてくれた。
発表会が終わると、同じ会場でバイオリンの発表会をしていた望月と一緒によく家族で夕飯を食べて帰ったものだと、西條は思い出にふける。

何だか胸が苦しくなって、西條は転調に入る前に演奏を止めた。

周りの女性は「終わり?」と嘆く。
周りなどどうでもいいのだが、そのワルツが何だかレクイエムになってしまいそうで嫌になる。


「綺麗だ」


ふと、祐樹は呟いた。
西條は不思議に思いながら立ち上がる。
許可してくれた女性店員に一言礼を言って、祐樹と一緒にそのフロアから出た。
先ほどのワルツを口ずさみながら、祐樹は上機嫌に西條の隣を歩く。
やっぱり、歌がうまいのか鼻歌レベルなのにちゃんと音を捉えていた。


その歌声を聴きながら、西條はふと問う。


「あの曲好きなのか?」


祐樹は、一瞬首を傾げて考える。
そしてぱっと西條を見上げて、はにかんだ。


「好きというか…俺はクラシックとか全然分かンないけど…なんていうか、夜みたいだと思いました」


その言葉を聴いて、思い出がフラッシュバックする。
西條の母も、ワルツを聴いてそう言っていたのだ。
『夜のようで綺麗、月が隠れそうで切ないの。そんな感じ、いつか好きな子に聴かせなさいよ瑞樹』そうちょっとふざけながら。

聞かせてしまったなぁ、と西條は心の中で苦笑しながら、人にぶつかりそうになる危なっかしい祐樹の背中を片手でこっそり守る。


「俺の母親もそんなこと言ってたな」

と明るく話しかける。
祐樹も「おお、やっぱりそうっすよね!」と嬉しそうに返答した。
何だか、祐樹に救われた気がした。


対する祐樹は、そんなこと微塵も思っていなくて。
ただ西條の意外な一面をまた見れてとても嬉しいとしか思っていなかった。
何でピアノは弾けるのに音痴なんだろうか、と矛盾点に疑問を抱きつつも、今度はどのフロアを一緒に見ようかなとワクワクする。


肩を並べて歩くことに、ちょっとずつ慣れてきた。

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