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ちゅるちゅると意外に可愛い音を立ててうどんをすする西條。
やっぱり食べているところに胸きゅんする祐樹は、思わずぽんやり見つめた。
「伸びるぞ」
祐樹が何故かぼんやり見てくるので、不思議に思った西條が声をかける。
食事を凝視されるのは、さすがに相手が祐樹でも居た堪れない。何となく食べろと誘導した。
「あ、ハイ。いただきまーす」
祐樹は素直に視線を器に戻し、きつねうどんの油揚げをはぐはぐ食べ始める。
美味しそうに食べる姿に、西條も思わず見つめてしまった。
祐樹はうどんを吸うのではなく、少しずつ口に入れて食べる派らしい。
不思議な食べ方だなと西條は薄っすら思った。
それは、唇に視線がいって思わずキスのことを思い出さないように。
それ以上見ていたら、また触ってしまいそうになるので西條はうどんを食べることに集中し始めた。
そのとき、
「…あれ?岡崎くん?」
西條の後ろは通路。そこから祐樹に気づく声が聞こえた。
祐樹はもちろん、西條も声がした方に振り向く。そこには、眼鏡をかけたいかにも学級委員長らしい男子高校生が立っている。
彼こそ、祐樹にこのうどん屋を教えてくれた人物だ。
祐樹は目を丸くして、究極に焦る。
まさか同級生に見つかるとは思わなかったのだ。
しかも、委員長と西條はばっちり視線を交わしている。
どうしようかと祐樹がパニックに「っわあぁ」と変な悲鳴を上げ始めたとき、
「えっと、文化祭のとき来た…西條さんと遊んでるの?岡崎君」
さらっと委員長は笑顔で告げた。
祐樹はやっと思い出す。
確かに、文化祭のとき一方的だが委員長は西條を見たことがあるのだ。
意外とあっさりとしてくれて良かった、と祐樹はほっと胸を撫で下ろす。だが、
「…岡崎の同級生か?」
西條は知らないのだ。
「そうなんだ、じゃあね」で終わらせようと思ったのに話を掘り下げてしまった。
因みに西條はただ単に好奇心。
委員長は西條に話しかけられて一瞬怯えるが、すぐに人当たりの良い笑顔を浮かべて、
「あ、ハイ。僕、岡崎君の友達で…長崎です」
ちゃんと答えてくれた。
西條はそうかと答えて、委員長に手を振る。
委員長は家族と来ていたらしく、父親らしき人に呼ばれてひとつ礼をして駆けていった。
その後ろ姿を見て、西條はまた視線を祐樹に戻す。
祐樹も真面目なので、やはり真面目には真面目の友達が付くのかと納得しながら。
すると、祐樹がほけっとしていることに気づく。
「岡崎?なにぼけっとしてンだ?」
「…と、友達…」
「は?アイツお前の友達だろ?」
西條は疑問に思っているが、元々祐樹と委員長は同じクラスというだけで友達ではなかった。
最近よく話すが、まさか向こうが友達と思って接してくれていると思うと、祐樹はとてもとても嬉しい。
「…は、はい!友達、友達っす…!」
一気に表情がきらきらして、またうどんを食べる祐樹。
なにやら嬉しそうで良かった、と西條は思いながら掻き揚げを頬張った。野菜の味がじんわりと舌に染みる。
静かなBGMと、周りの客の暖かい談笑が響く。
暖かな空間にいると、たとえ2人が無言でもとても落ち着くものだ。
祐樹はもちろん、西條の食べている姿を見つからないようにチラチラ見ていたのだが。
祐樹の胸きゅんポイントは、あまり一般的なものではない。
2、30分後。
ようやく食べ終え、食休みに駐車場に車を止めたまま車内でのんびりと過ごす。
BGMはラジオだけだが、意外にこうしてゆっくり2人で話すのは久々だ。
相変わらず内容は、野菜のどれがおいしいかとか世界一大きい動物は何かとか大分くだらないものだが。
ふと、その時祐樹がラジオのBGMに気が行く。
「あ!この曲ちょっと気になってたンだよなぁ…奮発してフル買っちゃお…」
と、何となく携帯話に移行しようとすると…
「…フル?買う?」
なんじゃそりゃ、と西條は眉間に皺を寄せる。
ピタリと祐樹の動きが止まった。が、祐樹は気を取り直して、
「着うたフルっすよ」
と、訂正する。が、いまひとつピンと来ないのか西條は自分の携帯を取り出した。
祐樹はあまり携帯事情に詳しくは無いが、恐らく古い。
着うたフルくらいはありそうだが、大分古い。
「どこに ンな機能あンだよ」
祐樹に携帯をぽいと渡す。
知っている人に操作を任せた方が楽だと考えたのだ。
基本的に西條はメールと通話くらいしか携帯を使わない。ましてや音楽など、あまり聴かないのだ。
祐樹は一瞬、西條の携帯を見てしまうドキドキに駆られたが、慌ててプレイヤーを探す。
確かにあるにはあるが、西條は恐らくパケット割など知らない。下手にダウンロードしてお金がかかるのは申し訳ない。
「えっと、このプレイヤーで1曲聴けるンです」
「CD無ぇじゃん」
「え!?いや、ダウンロード?だっけ、するンすよ!」
西條はうーんと考えて、
「じゃあ何かやってくれ」
と言うが、祐樹にパケホ?と聞かれて意味が分からないとばかりに首を傾げる。
ジェネレーションギャップなのか、それともただ単に西條が携帯方面に無知なのか。
とりあえず、祐樹は携帯を返して、自分の携帯を見せた。フルが入っている携帯の方が説明しやすい。
「えっと、こういうサイトに行って、ダウンロードすると聴けるンです」
「ふーん、便利だな…俺の周りで使ってるヤツ居ないからなぁ」
はっと祐樹は気づく。
フルが普及してから、恐らく西條は若い友人たちとそういった情報交換をしていなかったのだ。
祐樹はちょっと複雑な気分になりながらも、ひとつ気づく。
自分が教えればいいのではないか。
西條が感心した目で「へぇ、もっと教えてくれよ」と来れば、もう祐樹のテンションはうなぎどころか竜昇り。そんな単語は無いのだが、そのくらい嬉しい出来事。
祐樹はわくわくしながら、自分の持っているフルの1曲を再生した。
素晴らしい、…歌謡曲が流れた。
西條も生まれて無いくらいの曲。
さすがの西條も、目を丸くして驚く。
「お前、いくつ?」
思わず聞いてしまうほどだ。
祐樹は素直に「17」と答える。
その答えに若干「若いな…」というギャップも感じて悲しくなるが、まさか17歳でこれを聴いているヤツがいるとはと西條はとても驚いた。
確かに、祐樹は祖父母と暮らしている年月の方が断然長い。年寄りくさくなってしまうのは仕方ないかと西條は思いながらもちょっと切なくなった。
そんなことは露知らず。
祐樹はお気に入りの歌謡曲を聴いてちょっと満足。
お互いにお互いのギャップに驚いた数十分だった。