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西條が打ち終わり、外に出ると祐樹はきらきらした瞳で彼を見上げる。
その瞳を見つめ返すと、不思議と西條の鼓動が早くなっていった。手汗をかくまえに、手早くバットを元に戻す。


「西條さん凄いっすねー…俺もいっぱい練習したら出来るかな…」

西條と他にプレイしている人を交互に見ながら、ちょっとため息を吐く。
自分も、他の男性のように球技がうまくなって背が高くなりたいなと祐樹の小さな欲望が疼く。
祐樹もやっぱり男なのだ。

西條はチラリと祐樹の手を見やる。
先ほど触れた手の甲は相変わらず白くて、傷は無い。
せいぜい、中指の第一関節にペンだこがぷっくり浮き出ているくらい。

勉強してるンだな、と西條は思いながら目を逸らした。


「ま、別にそんなに必要なもんじゃねぇし。
…それより飯食いに行くか」


出来なくても大丈夫だというようなことをほのめかしながら、西條は出口に向かって歩く。
その後ろをちょっと早足で祐樹は追いつき、恥ずかしそうにしながも隣に並んだ。
普段から、隣同士で肩を並べて歩くなんてことは出来ない。
何だか、仲が良くなったようで祐樹はちょっと微笑んだ。

そんな祐樹を見下ろし、ちょっと速度を落とす西條。
歩幅を、合わせた。


「何か食いたいのあるか?」

というかコイツは何を食うのだろう、と西條はちょっと首を傾げる。
祐樹が土日の出勤且つ昼間からの場合、時折彼の昼食状況は見るが、いつもパンかおにぎり。
しかもパンは某コンビニで大人気なチョコとクリームの柔らかい千切れるパン。
あまり参考にならない…と西條は何となく自分が十代の頃よく食べていたものを思い返していた。

その頃祐樹の脳内は、雄太との電話を思い出してばかり。


(雄太に言われた通りに、自分の食べたいやつはちゃんと…!え、でも何がいいんだ?…西條さんの食べてる姿見たいから…向かい合って食べれるのがいいな…)

思い出すは、西條が自分の作った弁当を完食してくれたこと、一緒に祐樹の家で夕飯を食べたこと。そして、時折見る食事姿。
祐樹が見るときは、昼食の時だけ。西條は間食をしないのだ。しかも、昼食はカップラーメンかコンビニ弁当。
それでも、もぐもぐと夢中で食べている姿は、なぜか祐樹のドツボにハまっているのだ。

何だか、きゅんきゅんと胸が高まるらしい。

その勢いに任せて、


「…か、カウンターじゃないとこ?」


何食べたいをすっ飛ばして、どういった形態で食べたいという返事をしてしまった。
ちょうど車に着いたため、西條はドアを開ける格好で固まった。


「…?座敷がいいのか?」

相変わらずなアホ発言をされて、さすがの西條も疑問を浮かべる。
祐樹は「やばい、ひかれた!」と焦りまくるが、結構いつものことなので(というかむしろ西條は祐樹のそういう抜けてる所が好き)西條は気にしない。

とりあえずいつまでも駐車場に突っ立っている訳にもいかないので、再び西條の車に乗った。
祐樹も助手席に乗り、きちんとシートベルトを付ける。律儀な男だ。


西條の指が何度かハンドルを叩く。
とんとん、と無機質な音を慣らしながら、悩んだ。


「座敷…、居酒屋しか思いつかねぇ…」

しかし相手は17歳。
瞬間、自分と祐樹の年の差に愕然し始めた。
一回りとまでは行かないが、祐樹はまだ10代後半の男子高校生。20代後半の自分に付き合って遊んでいるなどムリしていないか不安になる。

年の差で恋愛する場合、きっと年上の方が苦労すると聞いてきたのはこれか、と西條は痛いほど実感した。


そんな西條の思い悩みに気づく様子も無い(当たり前だが)祐樹は、何とか昼食の場所を考える。
西條と食事なんて、祐樹にとって嬉しいもの以外何も無い。何とか、ここで解散!とならないように頭を捻った。


(座敷…座敷があるおいしいとこ…あ!)


やっと思い浮かんだ、場所。


「あの、市役所の近くに『たかみや』っていううどん屋さんがあるンすけど、そこ座敷っす!」

よく、クラスメイトが話題にしていた店。
最近話すようになった学級委員長も「たかみやは落ち着いた店でとってもおいしいンだ」と言っていたのだ。


「おお、うどんか。いいな、市役所行けばすぐか?」

エンジンをかけて、ギアを入れる。
市役所方面には幾度か行ったことがあるので、分かりやすくて助かったと薄っすら思いながら。
祐樹は「はい」と頷いてにこにこ笑った。

内心、委員長情報をありがとう!と感動しつつ。
雄太に報告しようか迷ったが、今は携帯を開くより西條と会話をしたい。
何を話そう、それとも運転の邪魔にならないように黙っていた方が良いのだろうか。

ぼんやりと祐樹は考えながら、ふとあることを思い出した。


ちょっと、思い出したくないというよりは掘り返したくない事実。



「あの、西條さん」

「ん?」

ちょうど、赤信号に当たった。
目の前の横断歩道を、学生や子どもたちがぞろぞろと駆け抜けてゆく。
その中には天明寺高校のジャージもちらほら。
それを目で追いながら、西條はちょっと祐樹のジャージ姿も見てみたいなんて考えた。


「…あの、…俺、南條さんのお墓参りしたの『何となく』とか言ってごめんなさい…」

しかし、祐樹がしゅんとしてそんなことを言ったのでそんな煩悩は一気に吹き飛んだ。
慌てて隣を見れば、案の定瞼を伏せて、すっかり元気をなくしている。
そんな姿は見たくない。

だって、もう悲しませたり、泣かせたりすることはしないと心に誓ったから。


赤信号が、青に変わる。
ゆっくりとブレーキから足を離して、アクセルを踏んだ。ラジオが、ちょっと悲しいバラードソングをかける。まるでこの雰囲気を知っているかのように。


「…お前、アホだからあの時テンパったんだろ」

本心じゃねぇのは分かってる、と西條は前を真っ直ぐ見て答えた。
祐樹はハッと彼を見上げる。
その横顔はいつもと変わらず、キリっとしていて無表情だけれど、瞳には薄っすら悲しみが見え隠れしていた。
祐樹の胸が締め付けられるように痛む。



「言ったろ?…いつまでもひきずらねぇよ、それに…」


そう言って西條の言葉が詰まる。
祐樹は不思議に思って「それに?」と聞き返した。しかし西條はちょっと唸るだけで続けない。
薄っすら頬が赤いのだが、西條は祐樹ほど顔に出ないので、鈍感な祐樹は気づかなかった。


「…まぁ、いい。それよりたかみやってあれか?駐車場どこだ…」

さすがにそれを伝えることは出来ず、西條は話を逸らす。基本的に祐樹は受身なので、「話逸らすな!」と怒ることは無い。
よって、あっさりと「あ、駐車場は裏にあるンすよ」と答えた。
祐樹が結構大雑把で良かった、と西條は安堵する。


ちょっと狭い駐車場に車をバックで器用に入れる。
早速降りて、ゆっくりとたかみやに向かってまた2人並んで歩いた。
あそこ、天かすとか無料なンですよ!俺天かす好きなンですよね、と祐樹が微笑みながら西條の隣に並ぶ。
西條が歩調を合わせているので、歩きやすいのだ。

微笑んで、楽しそうに話す祐樹を見つめて、西條は「そうか、うどんに天かすは付きもんだよな」と相槌を打ちながら先ほど詰まった言葉を心の中で伝える。



(…それに、お前が一緒に居るっつうなら、)


もう独りで耐える寂しささえも忘れられるから。
そんなことは絶対にまだ口に出せないけれど。


とりあえず、一緒にうどんを食べながら午後またどこかに遊びに行こう。
この貴重な時間を存分に使おうと、西條はちょっとだけ歩幅を広げた。



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