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「天明寺のは広くていいよな」
30分、色々と喋って(主に店のことばかりだが)ようやく着いたバッティングセンター。
西條が言うとおり、天明寺のバッティングセンターは西條の地元や浅見のものより広く、様々な球速が豊富にあり、男性にとって嬉しいものであった。
楽しそうにバットを選ぶ姿はまさしくプライベートな姿。祐樹は何だか嬉しくて、自分もこっそり隣で選ぶふりをしてみる。
因みに祐樹は、あまり球技が好きではない。
もとい、運動自体得意ではないので西條が打つ姿をひたすら眺めようとこっそり計画した。
しかし、
「お前はこれだな」
西條は祐樹の体格に合った、ちょっと軽めのバットを祐樹に差し出す。
「え!?俺!?」
「初めてなンだろ、俺が見てやるよ」
俺ばっかり楽しむのは悪いからな、と西條はさりげない大人の優しさを見せる。
それはとても嬉しいのだが、祐樹はあまり気乗りしない。絶対ムリであることなど、本人が1番分かっている。
しかし、西條が楽しそうに「初心者は80キロくらいか?」と機械があるところまで祐樹の腕を引っ張って連れてゆくので、断るに断れなかった。
西條は無意識に引っ張っていったのだが、される祐樹はもうプチパニック。
ぎゅ、と掴まれる腕。そこから伝わる体温や、手のひらの大きさに気が遠くなりそうになった。
(い、いきなりこれは心臓が…!)
やっとお目当ての所に着いたときには、自然と腕を離されていたが、鼓動はいつまでもうるさくて、掴まれたところはいつまでも暖かいと感じるほど。
「よし、金入れるから構えてみろ」
西條はポケットから財布を取り出し、小銭を入れる。
慌てて祐樹は構えようとするが、野球などほぼしたことがないに等しい。
小学校のときは、そういう遊びに混ぜて貰えなかったので分からないのだ。とりあえず、テレビで見た構えをとってみる。
が、所詮不器用な祐樹。
「おい!剣道みたいになってンぞ!」
「え!?剣道!?」
フォームがほぼ垂直で、まさしく剣を構えてるかのようになってしまった。
これでは振れるわけがない。
慌てふためく祐樹に、西條は思わず爆笑してしまった。
面白いフォームで面白い反応。しかも、
「ぎゃー!速ぇ速ぇ!死ぬー!」
「速くねぇーよ!おら、がんばれ」
目の前に飛んできたボールに怯えて逃げ惑い、西條に頑張れと言われて頑張るも、フォームがフォームなので一向にボールに当たらない。
しまいには、くるんと一周して近くのポールに頭をぶつけてしまった。
悪いと思いつつも、西條はその間抜けな姿にげらげらと腹を抱えて笑う。
相変わらず意地悪な西條に、一瞬なんで好きになったンだろうと思いつつも、祐樹は悔しくて下唇を噛みながら唸った。
「わ、笑いすぎだろ…!!」
「だってよ、お前どうみてもコントだろそれ…!」
ひぃひぃ笑いながら、西條はご機嫌にドアを開ける。
いきなり入ってきた西條に、代わるのかと思った祐樹だったが、予想は大きく外れた。
「大体、どこ見て打ってンだよ…こうだ、こう」
祐樹の背後にまわり、いわゆるマンツーマン体制で祐樹のフォームを整え始める。
ちょっと下心を持って、西條もその行動に出たのだが、第一に祐樹が出来なくてむくれているから、思わず。
西條の大きな手が、祐樹の細い手に重なりバットの持ち方を教える。
西條はすべすべした手の甲に驚きながらも、間接は男らしく結構ごつごつしている所に少年と青年の間にいるヤツなのだと今更ながら確認した。
持ち方を整えさせ、腰を掴み、背中を押す。
腰の方は、初めて触れたが予想以上に細い。
腰の周辺にはあまり肉はついていないらしく、ごつごつはしていないが柔らかくはなかった。
だが、そこに何故か不思議な色を感じる。
西條は唾を飲み込みそうになるが、変態だと思われると大変なので我慢して祐樹の顔を球が来る方向に向かせた。
因みにこの間、祐樹はあまりのことに意識はフリーズ。
言われるがまま体を動かすばかりだった。
「よし、これでボールが来たと思う前に振れ。岡崎はとろいからな、そのくらいテンポだ」
「と、とろくねぇし…!」
祐樹はちょっとむくれながらも、最後の1球が来た瞬間、言われたとおり祐樹が認識するよりちょっと早くバットを一生懸命振った。
すると、無機質ないい音が響いたかと思うと時速80キロの野球ボールは、大きく大きく放物線を描く。
初めて打った重みに、祐樹はじんじんと手首の痛みを覚えるも、嬉しくてついつい「やった!」とはしゃいだ。
「打てた!すご、飛ンだ!」
思わず西條に駆け寄り、何度も飛んでいった方向を指差す。
そんな無邪気な反応が可愛らしくて、西條は頬を緩める。
「さすが俺の指導だな」
笑いながら、やっぱり意地悪なことを言ってみる。
確かにその通りなのだが、祐樹はちょっと悪ノリして「俺の隠れた実力ですー」と口を尖らせてみた。
新しい表情に、西條は面白くなってけらけらと笑う。
辺りは速球の音と、バットを振る音。
そして打つ音ばかりが響いてうるさいはずなのに、それらが一切気にならない程2人は楽しんでいた。
しばらくして、
「あ、西條さんも打つンすか?」
「ああそうだな…久々にやるか」
そして、西條が100キロ以上出る場所に行くと、ついでに後ろをひょこひょこと祐樹が着いてくる。
それはとても嬉しいことなのだが、西條はちょっと首を傾げて、
「お前暇になるだろ。打ってろ」
せっかく打てたのに、わざわざ西條の所に来る祐樹に気をつかった。
だが、祐樹は軽く頭を横に振って、
「俺はもう満足なンで…西條さんの見てます」
西條の打ってる姿を見たいために、素直に告げた。
さすがの西條もちょっと焦る。
好いている相手から、あなたのことを見てますなンて告げられれば自然とテンションはうなぎ上りなのだ。
「…まぁ、別にいいけどよ」
しかし、浮かれて三振などする訳にはいかないので、なるべく視線を外しながら西條は中に入っていった。
久々なので、打てるかどうか心配しながら。
そんな西條の心境など露知らず、祐樹はわくわくと中に入った西條を見つめる。
さっきの自分のように沢山打つのだろうか、という純粋にスポーツを見たい目線と、西條の打つ姿が単に見たいという下心。
ジャケットの第三ボタンを指で遊びながら、今か今かと待っていた。
すると、数秒後。
先ほどの祐樹が受けた球とは比べ物にならないスピードで放たれるボール。
何この速さ!?と祐樹が驚いたとほぼ同時に、西條はいい音を立ててヒット級のバッティングを見せた。
「すご!速ッ…!」
思わず興奮して小さくひとりごちる祐樹。
ついついうろうろと周りを歩いてしまう。
一方、西條はというと、とりあえず空振りしなくて良かったと内心とてつもなくほっとしていた。
しかし、安堵する間もなく次々と放たれる速球に西條はひたすら集中して全て打ちまくるというはめになってしまった。
「西條さんすげぇ…!」
だが、祐樹の尊敬を手に入れたので、結果オーライになった。