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「…あー…、もう朝か…」

酒焼けですっかり枯れた喉を独り言のために鳴らしながら、望月は二日酔いで鈍く痛む頭を抑える。
気づけばいつの間にか寝ていたらしい。
目覚めれば外は明るい朝日が差し込んでいて、部屋を暖かくしてくれていた。

何とか手探りでぼやける視界を正すために眼鏡を見つける。
黒縁眼鏡はフレームが曲がる心配が少ないので、雑魚寝をしても大丈夫のようだ。
それをいつものように掛け、時計を見れば時刻は10時前。随分遅い目覚めである。

ふと、一緒に飲んでいた西條を探す。
隣で寝るとか気持ち悪いことになってはいないが、どこに居るのか。
辺りを見渡せば、狭い部屋なのでいい図体をした男はあっさり見つかった。

勝手に布団を借りて丸まっている。
そういえば、寒がりだったなと思いながらも、どうせ布団借りるならベッドで寝ろよ!と望月は内心で悪態吐く。
なぜなら、西條が寝ているのは結局は床。

ベッドから布団を引っぺがしたのだ。
半端な迷惑である。


しかし、望月は起こす気にもなれないので、勝手に目覚めるまで自分は自分の勝手をすることに決めた。
とりあえずシャワーを浴びよう、と替えの下着とバスタオルを持って浴室へと向かおうとしたそのとき。


ピンポーンと、無機質なチャイムが鳴り響いた。

土曜の朝に自宅に来る人など想像出来ないが、とりあえず誰かは確認しておこうと望月は玄関へと向かう。
宗教勧誘や訪問販売だったら無視してやろう、と少々不機嫌になりながら。

裸足で玄関を降り、覗き窓から外を確認した。
するとそこには、思いがけない訪問者が。


じっとドアが開くのを待つ、背の低いくせッ毛頭が特徴の、


(…うっわ…凄いナイスタイミングで現れたもんだな…)

祐樹だった。
望月は自分のよれよれな格好を気にしたが、無視するわけにもいかないので珍しく掛けたドアチェーンを外しにかかる。

鍵を開け、静かにドアを開ければ。


「おはようございます…、その、ビデオカメラ返しに来たンすけどー…」

玄関で用を済ませようと試みた祐樹が、慌てて鞄からビデオカメラを取り出そうとしていた。
どうやらまだちょっと望月に苦手意識を感じているらしい。
ちょっと申し訳無さを覚えるも、望月はいつものように笑って、


「ああ、ちゃんと撮れたか?わざわざ家まで悪いな、何で来たンだ?」

と世間話を始めた。
祐樹は一瞬早く帰りたい素振りを見せるも、律儀に答える。望月の目を見ずに。


「おかげさまで…撮れました。その、ありがとうございました。あと、ここまではバスで…」


浅見からバス出てるのか、と新たな情報を手に入れて望月は納得する。
その納得に祐樹はようやく帰れると安堵して、「じゃあ」と言いかけたそのとき。
ふと望月の顔を見れば、何だか見たことも無いにやけた表情をしていた。
それはまるで悪戯を思いついた子どものよう。

少し恐れを感じた祐樹は、無言で望月から目を逸らし、少し古びた階段を下りようと後ずさりした。
が、


「ま、上がってけよ。何か飲んでけ、バスまだ時間来ないだろ?」


と誘う望月の手がガッシリと祐樹の細い手首を掴んでしまった。
その握力に逆らうことが出来ず、祐樹は「少しだけ…」とその好意?に甘えることにする。
望月の面白半分な思惑になど気づかずに。



祐樹は靴を揃え、とりあえずリビングで待ってろと言われたので一度来たことのある狭い廊下を静かに歩く。
1人暮らしだとこのようなアパートに住むのか、と感心しながらちょっと西條のことも考えてみたり。


(西條さんもこういうとこに住んでンのかな)


相変わらず、時折西條のことを考えてしまうのは仕方が無い。
好きだと気づいてからというものの、西條のことが知りたくて仕方ないのだ。
けれど、やっぱり機会が無い。


(…俺と西條さん、バイトと社員だもンなぁ)


あんまり会わないなら、仕方ないか。
祐樹は溜息を吐きながら、ぼんやりと目の前の木製の引き戸を力無く開けた。

途端、漂うというか広がる勢いの、


「…酒臭っ!?」


酒のきつい香り。
ビールやら日本酒が混じってそれはもう気持ちの悪い状態になっている。
吐きそうになりながらも、望月に何とかしろと目で訴えようとするが、何故か居ない。
どうやら浴室からシャワー音が聞こえるので、なぜだか知らないが入浴しているらしい。

何て無責任なんだ、と祐樹は半ば怒りながらずかずかとリビングに入って怒り任せに窓を全快にした。

心地よい風が柔らかく入って、酒の匂いを徐々に消してゆく。


やっとまともな息が出来る、と祐樹はほっと安堵の息を漏らしながら、ふと自分の足元を見た。


(…布団?なんでここに…!?)


ベッドにあるはずの暖かそうな布団が、なぜか床に丸まって落ちていた。
どのような寝相になれば布団がこの距離を飛ぶのだろうか、と祐樹は益々望月に呆れる。

いくら他人の家だとしても、床に布団が転がっているのは気分が悪い。というか落ち着かない。
勝手に触ったり弄るのは申し訳ないが、望月も布団を直されたくらいでは怒らないだろう。
そう祐樹は脳内で解釈して、その布団を片付けようと掴み、ぐいっと引っ張った。

すると、


「…んー…、」


低い唸り声がわずかに聞こえたかと思えば、布団を死守するかのようにごろりと寝返りが打たれる。
一瞬、祐樹は「誰だ!?」と恐怖に固まるが、即座に解かれる方程式。
聞いたことのある音程、望月の部屋に居そうな人物、布団の大きさから見解出来る体格。
全ての答えは、まさに祐樹がさっきまで想い浮かべていた人。



「さ、っ、西條…さん!?」



祐樹なりに叫んだつもりだったが、あまりにも驚きすぎて掠れた小さい声をあげてしまった。
おかげで西條は目覚めることもなく、変わらず気持ち良さそうに眠っている。

祐樹は2日ぶりに会ったことと、好きだと気づいてから初めて会ったことで、脳のキャパシティがパンク寸前になる。
おろおろと意味も無く辺りをうろつき、ちらちらと眠る西條とドア周辺を見回した。


まさか、西條が居るとは1ミリも思わなかったのだ。
あまりのサプライズ。
おかげで、心臓は破れるんじゃないかという位にドクドクと脈打ち始めていた。


(さ、西條さん西條さん西條さんどうしようこれ起こさない方がいいよな、でも望月先生が上がってきたら起きそうだし起こしといたほうがいやでもいやでも)


ぐるぐるぐるとひたすら自分はどうすればいいか考えまくる。
今更ながら対応の仕方が分からないのだ。
西條の寝る姿は見たことがあるが、今見るとまた新鮮味がある。

やっぱり横に少し丸まって寝るんだ、とか布団に顔を埋めて寝るんだ、とかさりげなく観察も忘れない。


ふと、聞こえた寝息に何だか祐樹は今まで心の中で抑えていたものがじんわりあふれ出してきた。
西條に抱きしめられたときの体温を思い出す。


(…ちょっと、くらいは…)


触れてみたい。


起こさないようにそろそろと足音を消して祐樹は眠る西條へと近寄った。
ゆっくりと腰を下ろし、恐る恐る布団からはみ出た骨ばった大きい手に、触れる。


暖かい。


何度か指をなぞってみたり、軽く親指を握ったりしてみる。西條に触れている、と思うと一気に体温は急上昇した。

自分の積極性に戸惑いながら、これ以上は心が持たないと踏んで、祐樹は手を離す。
やっぱりまだ見るくらいで十分かもしれない、と祐樹は変な謙虚を使いつつ、恐る恐る身を屈めて布団の中を覗き込んだ。


規則的に聞こえる寝息。
意外と寝顔はいつものキリッとした表情が消えてあどけない。
何だか祐樹は幸せな気分になってきて、またへにゃりと笑った。

が、寝息と共に漂うは、


「…うっ、酒臭っ…」


西條からも酒の匂いがする。
どうやら望月と西條は一晩飲み明かしたらしいと、さすがの祐樹も気づいた。
大人というものは凄いような、だらしないような、と不思議な気持ちになる。

祐樹は自分が子どもで、相手が大人だということをちょっと再確認して、少し落ち込んだ。


一方、そんな祐樹の目の前で何も知らず睡眠中の西條は。
若干、意識が覚醒しかけていた。
しかし寒がりなため、祐樹が開けた窓から吹く風が少し寒くて、覚醒したくないらしい。
必死にまた布団に潜ろうとするも、何だか物足りなくなる。床で寝ているので当たり前だが。

ふと、意識の端っこで先ほど何か暖かいものが手に触れたことを思い出した。
あれは暖かい枕か何かか、と無意識ながら思い、西條は必死に手を伸ばす。と、案外それは傍にあった。


(…ラッキー、これでもう一眠り…)


思いっきりそれを引っ張り込み、自分の抱き枕状態にする。腹や胸から伝わるその暖かさが心地よくて、西條はまた深い眠りに落ちた。

…それが、祐樹だとも気づかずに。


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