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仕事が終わり、時刻は22時を回る。
仕事帰りに酒やツマミを調達して、西條は望月宅へ訪れた。

西條が望月の住むアパートに来るのは初めてである。
ここ最近忙しいらしく、衣類や指導用資料やらが散らかっていた。
しかし西條は、男同士な上に幼馴染なので多少散らかっていても気にせず、くつろぐ。


「こうやってゆっくり話すのなンて久々だよなぁ」


しみじみと昔を思い出しながら、望月は買ってきたビールを喉を鳴らして飲み干した。
時折、チラチラと自分が殴った西條の頬を見ながら。
やっぱり腫れてしまったらしく、未だに湿布らしきものが貼られていた。

謝るべきなのだが、自分の行動は間違ったと思っていない望月。
結局何も言い出せず、適当に点けたテレビ番組を2人で見ながら酒をぐいぐいと飲んでいった。


気づけば、時刻は23時を回る。
段々深夜番組も見るものが無くなってきたうえに、2人はそろそろ酒が回ってきた。


ぼんやりとしてくる思考に任せて、望月は気にしていたことを問う。
それは、あの雨の日。
自分が追いかけられなかった祐樹のことだった。



「…瑞樹さァ…、岡崎くんとどうなった?」



チーズ鱈を齧りながら小さな声で聞く。
チーズだけを器用に口の中で取り、鱈と別々にして食べるという行儀が悪いことをしながら。

望月は、西條の機嫌が悪くなることを恐れる。
彼は2人が打ち解けたことなど微塵も知らないのだ。
知るは、あの時泣きそうなくらい苦しんでいた祐樹と激怒する西條だけ。

しかし、聞かれた西條はといえば。


「…あ?…まー…、なんつーかなー…」


ちょっと頬を染めて、照れるような仕草。
よく昔から西條は照れ隠しに首の後ろを触る癖がある。
今まさにそれをしていた。


え?なにその反応?
そう、望月は素になって声をあげる。

てっきり怒りのオーラを部屋中に満たすかと思えば、正反対の何かちょっと幸せそうなオーラをしていた。
訳が分からず望月は頭を抱える。
西條は祐樹に近づいて欲しくなかったのでは?そう思って、自分は祐樹に忠告したのだ。もし、それが違っていたら。



「なぁ、瑞樹って岡崎くんと離れたかったンじゃ…」


「はぁ?ンな訳ねぇだろ。つーか俺は岡崎のことお前に喋ったか?」


眉間に皺を寄せ、ちょっと不機嫌そうに西條は首をかしげた。
そして、ひたすら不思議がる望月を見て今回の目的をようやく思い出す。
西條はまたビールを1口2口飲んでから、


「…お前が言ってたこと、分かった気がした。俺は昔に縋りついて色んなヤツを傷つけてたな。
…これからは昔のことに囚われずにいくから」


と、目を伏せて静かに話す。
望月は幾度か瞬きをした後、目を細めた。
そうか、怒っていないのは幸せになる方法を見つけたからかとぼんやりと思う。
珍しく真面目な空気にちょっと気恥ずかしくなるも、何だか嬉しくて望月はへらっと笑った。

が、しかし。


「ンで、聞きてぇんだが。お前いつ岡崎と知り合った?岡崎送ったのお前だろ?つーか帰りちゃんと送ったのか?」


「え、ちょ、ストップストップ」


いきなりの恐ろしい形相での質問責めに望月は両手を西條の前に広げて止めた。
先ほどまでのしんみりした空気はどこかへ消え、西條がなぜか怒りと疑いに満ちた視線で望月を見ている。
別に疚しいことは1ミリも無いのだが、何故か冷や汗が出てきて、望月は焦った。

ふと、なんとなくその辻褄が合ってくることに気づく。
西條は、昔の出来事を忘れないものの縛られずにこれからを生きてゆくと言った。
そして祐樹との仲違いと思えば恐らく仲直りしている。
しかも、祐樹とのことを聞けば照れくさそうにしているのだ。

…つまりは。



「…瑞樹…お前まさか…」


ごくり、と望月は唾を飲む。
目の前に居るちょっとご立腹な、男前でジャイアニズムな幼馴染がまさかの状態になっているのかもしれないのだ。

しかし、西條は望月のそんな疑惑の念をスルーして。


「いいから俺の質問に答えろ」

と、またまたジャイアニズム全快。
相変わらずだな、と思いながら望月は自分の疑念を一旦置いといて、彼の質問に答え始めた。



「えーと、東條に頼まれて俺が1回ここで岡崎くんに勉強教えたのが知り合ったきっかけ」


ぴく、と西條の眉間にまた皺が寄る。
徐々につりあがってゆく眉毛が怖い怖い。

望月はもう一度唾を飲み込んで、


「岡崎くんが、瑞樹に嫌われたかもしれないっつって苦しんでたから、俺とゆづき姐さんで墓参りの案を出して俺が送った」


そう告げると、何故かちょっと西條の怒りが収まる。
恐らく祐樹が西條に嫌われるのが苦しいという点でのことだろう。酒が入るといつもよりは分かりやすくなる西條に、またもや疑念を抱きながら最後の質問に答えた。


「…途中まで送ったンだけどよ、俺が『瑞樹に近寄らないでやってくれ』って言ったら、顔真っ青にして車から出て行っちまった…以上」


先ほど和らいだ表情が、一気に憤怒に変わる。


「はぁ!?何言って…つーか何やってンだよ…!だからアイツ風邪引いて寝込んだンだろうが!」


それは大変申し訳ないことをした、と望月は素直に落胆する。
下手なことを言って祐樹を傷つけ、あまつさえ風邪まで引かせてしまったことは大人として、教師として反省する。
しかし、元はといえば2人の問題。
自分が少し関わったがゆえにこじれた訳ではない。

望月は「悪かった」と謝り、少し西條の機嫌を直してから先ほどからの疑念を一気に叩き付けた。



「…瑞樹さ…、岡崎くんのこと…好きなのか?その、恋愛っつーか、一生添い遂げる的な意味で」


あ、これ前に岡崎君に聞いたな。
と、変に冷静な頭で思いながら。
25にもなって、お前アイツのこと好きなんだろ?と聞くのも何だか可笑しい話だが、仕方が無い。
お互い青春時代に大それた恋愛をしていないし、そのうえ祐樹は男で年下だ。
ちゃんと聞かないと、分からない。


すると、西條は案の定、首の後ろを触り始めた。
目を幾度か泳がせつつ、不自然にビールを一気に飲み干す。
もうこれだけで、幼馴染の望月にとっては理解可能。

まさかの出来事が、起こってしまった。



「…まぁ、そういうことだ」



ぼそりと酒焼けでよりハスキーになった声で西條は照れくさそうに呟いた。
望月は、予想以上にがっくり来ない自分に驚きながら「そ、そうか…」と何度か頷く。

確かに、ゆづきから聞いた話と、祐樹が西條を健気に心配する姿と、今の西條の態度やら言葉を考えると2人が添い遂げることは望ましいかもしれない。

しかし、男だ。男同士。


「…男だぞ、岡崎くん」


「…わーってるよ、俺だって軽々と決めたわけじゃねぇ、…今だってどうしたらいいかわかんねぇよ」


思い切り溜息を吐いて、すっかり空になったビール缶を勢いよく潰した。
アルミのそれはいとも簡単に潰れ、無機質な破壊音を狭い部屋に響かせる。

額を押さえて俯く西條。
恋愛でこんなにも悩む彼の姿を見るのは、はじめてかもしれない。
望月は、男に恋心どころか恐らくそれ以上を抱いてしまったという驚くべき事実よりも、西條の必死な恋愛模様になんだか嬉しくなった。



「…ま、男は考えるより行動だろ!」


頑張れよ!と望月は応援づける。
あれほどまで西條のことを想っている祐樹なのだから、多少なりとも望みはあるだろう。
相手はまだ子どもなので犯罪にならない程度にな!といらないアドバイスも送る。


「…そうだな、まぁしばらくはアイツの祖父さんの見舞いに行くか」

祐樹に会うことも目的だが、自分に救いの言葉をくれて団欒の楽しさをくれた尊敬できる存在である祐樹の祖父の身体を素直に心配しているのだ。

2人の間に、和やかな空気が漂う。

が、直後西條は望月に一番伝えたいことを思い出した。
なんとなく買ったチューハイを開けながら、ギロリと望月を一睨みし、



「朔哉、オメー分かってンだからもう岡崎に勉強教えたり近づいたりすンなよ。オメーに捕られたら最悪だ」


と、注意どころではない宣告。
望月はぽかんと口を開けて、チューハイをがぶ飲みする西條を呆れたような表情で見つめた。
嫉妬するのは構わないが(むしろ面白い)、方向が間違っている。望月が祐樹を狙う訳が無い。

望月は苦笑しながら、分かりましたと冗談めいて返事した。

とりあえず明日は土曜日。
気の済むまで酒を飲んで、お互いのことを報告しながら肴を摘んで語らおうじゃないか。



大人2人の夜は、酒に溺れるようにどっぷりと更けて行った。


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