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5時間目が終わり、祐樹は雄太と一緒に急いで病院へと向かった。
タクシーで向かおうと思ったが、如何せん先日の旅費のおかげで財布が寂しい。
それを見かねてか、雄太が「うちの親に頼むから」と申し出て、2人は雄太の母と共に鶴谷家の車で病院へと向かった。


「何か久しぶりねぇ、祐樹君」

「あ、ハイ。お久しぶりです」

にこにこと笑みを浮かべて、雄太の母は後部座席に座る祐樹をミラー越しに見つめた。
実は雄太の母と祐樹の母は幼馴染である。
親子揃っての腐れ縁。祐樹の母をよく知っている彼女は、ふとあることに気づいた。

しばらく会っていない大人だからこそ気づいた事実。


「なーんかさぁ…祐美が篤志くんと付き合ってたころによく似てるなー」

ちょっと皺が目立ってきた目じりを歪ませるように笑いながら、雄太の母は言う。
篤志とは、祐樹の父の名前。祐美の最も愛する人だ。
そんな人に恋している状態の母に似ていると。


「母さん、何言ってンだよ…」

「えー?雄太気づかないの?ようは祐樹くん可愛くなったねってことよォ!」

けらけらと笑う雄太の母。
その姿は雄太の姉である鶴谷あきによく似ていて、祐樹はちょっと身構えてしまった。
どうも、この親子には敵わないのだ。

しかし、自分がなぜそんな可愛いと言われるのだろうか。祐樹は何度も首を傾げながらミラーを見る。
いつものようにぴょこぴょこ跳ねたくせッ毛。
しかし、昨日あまり寝られなかったので隈が惜しげもなく出ている。
これを見て「可愛い」というのは一体何事かと祐樹はまた首を傾げた。


すると、雄太はひとしきり祐樹を見てから、やっとのこと母が言いたいことを理解する。
にたにたと嫌な笑みを浮かべて、


「ああ…人間恋をすると変わるからなァ」

と、呟いた。
途端、祐樹は思いっきり咽る。
唾が変な勢いで気管に入ったおかげで、げほごほと繰り返しながら、何を言っているんだと目で訴えた。
しかし、雄太は全く悪びれず、よりニタニタして「初恋じゃねー?」とからかう。


「あらあら!祐樹くん好きな人できたのー?どんな人?おばさんに教えて!」

息子と同じようにからかい始める彼の母。
八方塞に、祐樹は泣きそうになるも「好きな人」と言われて頭の中では西條ばかりが駆け巡る。
けれどそんなことうっかり口に出すわけにもいかないのだ。…だって、男同士だから。


(言えねぇよ…)

やっと普通の呼吸に戻った祐樹は、その余韻で溜息を吐いた。
自分の絶望的な初恋に、空しくなる。
ちらりと窓の外を見れば、段々と夕日に染まってゆく空が広がっていた。





3人が病室に着くと、祖父は嬉しそうに電話中。
どうやら祐美から電話がかかってきたらしい。
隣で祖母も嬉しそうに微笑んでいた。
のんびりと、穏やかな空気が漂う病室で、祐樹はほっと安堵の息を漏らす。
やっぱり怖いのだ。いつ祖父が発作を起こして永遠に眠ってしまうのではないかという事実が。


「こんにちは、お久しぶりです」

「あらあら…久しぶりねぇ、亜紀子ちゃん」

すると、雄太の母こと亜紀子が大人らしく一礼をして、祖父母の下へ近づいた。
用意していたらしい花束と見舞いの品を祖母に渡す。
祖母は「わざわざありがとう」と礼を告げて、今祖父が会話しているのは祐美だと教える。
すると、亜紀子は心底驚いた顔をして思わず「うそぉ!?」と素の声をあげた。

思わずそわそわと自分も話したい素振りを見せる。
亜紀子は一度面会に行ったものの、あまりにも場所が遠すぎてなかなか行けなかったのだ。電話も出来るわけが無い。

本当は時たま祐樹の成長具合などを報告するべきだったが、祐樹を見ることもあまり無かったので出来ずに居た。


だから教えたいのだ、今。


「亜紀子ちゃんもちょっと変わる?」

「はい、ありがとうございます!」

くしゃくしゃに笑って、亜紀子は嬉しそうに電話を受け取った。とても嬉しそうな母を見て、雄太も嬉しそうにこっそり微笑む。


「祐美ー!久しぶりねぇ…ごめんね、あまり電話できなくて…ん?失望なんかするわけないでしょぉ?私達何十年友達やってきてると思ってるのー?あ、そうそう!祐樹くんねぇ、好きな人いるみたいよぉ」


「…!?おばさん!?」

いきなりサラリと報告した亜紀子に、祐樹は目を丸くする。すると、それをばっちり聞いていた祖父母も目を丸くしながらも、嬉しそうに笑った。
このままでは誰だい?と聞きかねない。祐樹は慌ててその場から一旦逃げ出す。


(もう!おばさんは一体俺をどうしたいんだよー…雄太も!)

辿り着いたのは夕日が差し込むあの談話室。
今日は何人か入院患者が雑誌を読みながらのんびりと談笑していた。緩やかに流れる時間に、祐樹はほっと息を漏らしながら空いているソファーへと腰を下ろしてみる。
ふかふかのそれは祐樹の体重で沈み、心地よい弾力を与えた。

祐樹は焦点をぼんやりと暈しながら、昨日あのゴミ箱の近くで西條と抱き合ったことを思い出した。
西條の自分を呼び「一緒に居たい」と言ってくれたこと、体温、香りが蘇る。


(あ…そういや、俺…西條さんに謝ってない…)


あの雨の日の失言、西條を傷つけてしまったこと。
西條はもう気にしてもいないし、むしろ祐樹を傷つけてしまったことの方を気にしているのだが。

昨夜の睡眠不足のおかげでうつらうつらと船を漕ぐ。
周りにいる入院患者のお年寄りが、祐樹をほほえましく見守っていることにも気づかずに。


(あ…あとビデオカメラ望月先生に返さなきゃ…でもそういえば…俺、望月先生に西條さんと会わないでって言われたンだよ、な…どうしよ…)


気づけば祐樹は、心地よいソファーで横になって寝息を立ててしまっていた。
心地よい温度と日差しが、祐樹を包み込んだ。






「…居た!」


しばらくして、すっかり日が落ちた頃。
祐樹をひたすら探していた雄太が、やっとのこと祐樹の姿を見つけた。
祐樹が出て行ってから、しばらく雄太と亜紀子と祐樹の祖父母は談笑を続けていたのだ。
そして日も落ちてきたので、亜紀子は祐樹と祖母も乗せて行くと提案する。それに祖母は甘え、祐樹と一緒にお礼を言おうと思ったそのとき。

やっと祐樹がずっと居ないことに気づいたのだ。

もしかして先に帰ったのか、いやもしかすると途中で倒れたのか。…最悪なケースの「誘拐」をも想像して4人は慌てふためく。
4人とも祐樹を可愛い可愛いと愛でているので、男子高校生が病院で攫われる低すぎるリスキーに不安になるのだ。


そして死に物狂いで探した結果が、まさかのお休みタイムな祐樹。


「…ったく、心配させて…、ほら祐樹ー起きろよー」


「んー…、」

雄太が柔らかく揺すると、祐樹はむにゃむにゃと口を動かしながらふと呟く。


「さい、じょー…さん…」

ふにゃぁ、と純真無垢な子どものように微笑む祐樹。
しかも呼んだのは西條のこと。
雄太は目を丸くしながらも「やっぱり!」と嬉しそうにまたもやニタニタと笑みを浮かべた。

そして、意地悪なことを思いつく。
以前一度だけ会った西條の声と口調を何とか思い出し、耳元で囁いた。


「岡崎、ほら起きろよ?起きねぇとキスするぞ?」


こんな恥ずかしいことを西條が言うわけがない。
それなのに、夢と現実の狭間でふよふよとしている祐樹にはその声が西條のものに聞こえた。


「そ、そんな…!俺っ…!」


段々と意識が覚醒してきて、口調もはっきりしてくる。しかし、まだ半分寝ぼけているためそんなことを口走った。
頬を真っ赤に染め、もじもじと照れる祐樹。
このまま起きなければ本当にキスするのか、でもそんな意地悪にノってみたい気もする。
祐樹はあえて、眠るフリをしてみることにした…が。


「ぶはっ!やっぱ祐樹とうとう西條さんに惚れたかー!いや、俺は予想してたンだけどな?」


キスなど1ミリも降ってこない。
代わりに雄太のゲラゲラというむかつく笑いばかりが響いた。
やっと祐樹は覚醒し、自分に囁きかけてきたのが西條ではなく雄太だと気づくと、一気に怒りの炎を燃やした。

がばっと勢いよく起き上がり、目の前の雄太に飛び掛る。
どか、と思い切り一発肩を殴り雄太を痛みに悶絶させた。
いくら細くて小さいからとはいえ、男子高校生。
人並みの力はあるのだ。


「テメー雄太ぁあ!趣味悪いことしてンじゃねぇ!」


「悪かった!悪かったって、殴るなよ!」


必死に攻防を繰り返す2人。
2人がそうしている間にも、亜紀子と祖母は2人に追いつきちょっと呆れたが、仲良さそうな雄太と祐樹に何だか可笑しくなる。
高校生となってもまだまだ子ども。


「ほら!2人とも喧嘩しなーいの!帰るわよー」


結局、雄太にはあっさりとバレてしまい。
祐樹と祖母は亜紀子の車に乗せてもらって自宅へと送ってもらった。

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