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「お、岡崎おはよう、今日はちゃんと来たか」
「おはようございます、そんな遅刻しません…」
遅刻したのはたまたまバスに乗り遅れて、連絡するのが億劫だったからだと心の中で悪態を吐きながら、祐樹はタイムカードを切る。
連絡は必要だと教えられているが、西條にあまり電話をかけたくないのだ。
以前、とてつもなく忙しかった時に祐樹がバスに乗り遅れて連絡した時、不機嫌極まりない声で「はぁ!?…っざけんなよ…」と言われたからである。
祐樹にとって、トラウマ極まりない。
ふと、久々に会う西條の横顔を見つめる。
キリ、とした目は決して小さくは無い。
眉もキッと上がっていて、強気そうだ。
鼻筋も通って、大人のかっこよさを絵に描いたような人だ。
(そりゃ、いるだろな)
ぼんやりと思いながら、祐樹は商品補充をするために店内に足を運んだ。
今日も今日とて特に問題は無く閉店を迎える。
商品の補充と前出しを済ませ、掃除をし、自動ドアの鍵をしめた。
ふう、とため息を吐き肩を鳴らす。
今日の出勤は祐樹と西條と宮崎。だが、宮崎は子どもが熱を出したので帰ってしまった。
つまり2人きり。
ひどく気まずい。
元々そんなに会話をする仲では無いのだ。
今、西條は事務室で帰りの仕度をしている。
今日は残業が無いのだろう。ほぼ初めてと言っていい。
(…ええい、俺の命のためだ!)
女子に非難されるよりはマシだと意を決して事務室に入った。
と、思えば。
「おい、とろとろすンな」
「うあ、ちょ、まっ…!」
ばたばたとブレザーを急いで羽織り、鞄を持って事務室を飛び出す。
既に警報装置作動の合図が鳴り響いている。
その雰囲気も恐ろしくて、祐樹はほぼ全速力で外に飛び出した。
辺りの暗さが、夜空の星々を浮き彫りにする。
ふと見上げながら西條を待つと、自動ドアを閉める音が聞こえた。
「っし、…帰るか」
「ハイ」
「やっとヤニが吸える」
西條は鞄から煙草を取り出し、嬉しそうに火をつけた。
暗闇に浮かぶ炎と煙を見ながら、
「西條さんも吸うンすね」
「…も、?」
「うげっ!」
うっかり墓穴を掘る。
その後急いで「親が」とでも言えば良かったのだがどもってしまい、遅かった。
西條は意地悪そうににやりと笑みを浮かべると、思い切り祐樹の細腕を掴み引っ張りあげる。
思わずよろけて西條の胸元に顔を埋めると、太陽の香りが広がった。
が、それは一瞬で。
「どれ、見せてみろ!」
「ぎゃあああ!くすぐった、ちょ、そんなとこにねぇし!」
思い切り全身のあらゆるポケットを弄られる。
くすぐったいわ怖いわで、祐樹は慌ててほぼ暴れながらその腕から逃れた。
また弄られるのは嫌なので、渋々と鞄に隠してあったタバコを見せた。
すると、暗い中でも分かる意地悪な笑み。
「ガキだなー、ライトかよ」
「な、いいじゃンか別に!」
「俺はマイルド」
「…負けた…」
ケラケラと祐樹に対して笑いながら、片手で車の鍵を回しながら遊ぶ。
園芸コーナーを出て、店の横にあるのが社員用駐車場。
そこに停まるシルバーのセダンが彼の愛車。
それに乗り込む前に言わなければならない。
文化祭までまだ時間はあるが、予定を入れられてしまっては意味が無いのだ。
是が非でも止めなければと祐樹は意を決して、そのジャンパーの袖を掴む。
途端、ブレーキがかかったように西條はよろけながらも止まった。
「ンだよ?」
少し不機嫌そうに振り向く西條。
それにビビリながらも、祐樹は自分に気合を入れ、
「らっ、来月の20日って空いてますかっ」
ぽかん、と西條は驚く。
それに間髪いれず、
「俺の高校の文化祭がその日で!その、ほら!面白いっすよ!か 彼女とのデートにでも来たらいいかなー…と、思っ、て…」
ばしん、
「いてぇあっ!?」
「落ち着け」
いつものごとく痛みが走る。
祐樹の額に西條は軽くチョップを入れたのだった。
そして祐樹より先に西條は一息吐いて、
「お前な、色々と訳わかんねぇよ」
疑問を浮かべる祐樹に、タバコの煙を思い切り吹きかける。思わず祐樹がむせると、それに対しては軽く謝罪をした。
「文化祭に来て欲しいンだろ」
「いや、その別に。デートにオススメなだけで」
つい意地を張ってそう告げる。
祐樹は内心そんな訳が無いだろバカ!と悪態を吐きまくっていた。
すると思い切り西條がため息を吐く。
もしや先ほどの返事で機嫌を損ねたか。
そう祐樹は脅えた。
また叩かれると咄嗟に両手で頭を隠すが、
「デートって…お前…俺が独り身だからって嫌がらせか」
「いえ滅相も…、て、独り身?」
「ああ、彼女はいねぇよ」
意外な言葉に、祐樹はただただ目を丸くするばかり。
確かに店長は見て憶測をつけただけなのだ。彼女だとは決め付けてはいけないだろう。
(そうか…、でも来てくれンのか?大人の男1人で文化祭なンて…)
祐樹が一瞬考え込んでいると、
「ま、暇つぶしにはいいか」
「…え、来てくれるンすか?」
「お前ンとこなにやんの」
「えと、喫茶店…スけど」
「コーヒー1杯くれぇは奢れよ」
そう言い残して、西條は後ろ手をひらひらと振り、車に乗り込み帰っていった。
排気音がフェードアウトする中、祐樹はぼんやりとしながら携帯を取り出す。
宛先は雄太。
『来るって』
その一文を打った後、彼の心は歯痒く痛む。
ぎゅ、と胸元をシャツ越しに掴み誤魔化しながらも、持ち上がる口の端は押さえなかった。
文化祭まで、あと1ヵ月。