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翌朝、雄太がいつもの時間にバス停の前にぼんやりと立っていると、昨日来なかった祐樹がふらふらとおぼつかない足取りでやって来た。


「あ、はよー…雄太」

「あ、ああ…おはよう…どうした?」


目の下に隈が出来、虚ろに空を見上げる祐樹の異常さに雄太は首を傾げる。
ふと、雄太は昨日母から、祐樹の祖父が倒れ病院に運ばれたことを思い出し、原因はそれだと理解する。
祐樹をここまで育てて可愛がってくれた祖父が入院してしまったのならば、心配できっと夜も眠れないのだろう。

雄太は祐樹の頭をくしゃくしゃと撫でながら、


「…大丈夫だって、うちの母さんも言ってたけど投与続けたらまだ大丈夫なんだろ?」


と慰める。
少しでも気が楽になってくれればいいが、と思ってのことだった。しかし、祐樹はというと。


「?ああ、医者が峠だって言ってたけどそれは発作が来たらもう危ないってことだから…。そうだ、今日は母さんから電話が来るから早く病院に行かないと!」


あっけらかんとしている。
悲しくない訳ではないが、昨日のおかげでいくらか気が楽なのである。悲しむだけじゃなくて、最期まで精一杯幸せな思いをしてもらうためだ。

しかし、そんなことを知らない雄太は目を丸くするばかり。
意外に大丈夫だった、ということもあるが何より彼の口から出た「母」というキーワード。
5歳の頃からずっと友達で居たが、彼の前で彼の母や父のキーワードを出すことはしなかったのだ。
それが、連絡を取り合うまで。


「…なーんか、お前変わったなぁ」

雄太は驚きつつも、親友の不思議な変化に何だか嬉しくなった。
前まで自分から行動するような性格じゃなかったのになぁ、とバイトを始める前の大人しい祐樹を思い出す。


「な、なにが変わったンだ…それよりもう手ェどけろよ」


「いいじゃん、祐樹の髪触り心地いいし」


「…そ、そうなのか?」

ふわふわしていて柔らかい髪は、掌に癒し的感覚を与えてくれるのだ。
祐樹はいつもそれを雄太から聞いているものの、適当に流しているので今更ながらの反応をする。
それもそのはずで、


(西條さんも俺の髪触ると気持ちいいのかな…き、昨日の夜撫でたし…)


昨日の夜から西條のことが頭から離れないのだ。
今まで、自分の容姿のことをあまり気にしていなかったので西條から見た自分はどうなのか気になって仕方ない。

ふと、それがきっかけで昨日の夜撫でられた感触と西條の笑顔を思い出した。


途端、緩む頬。
頬をちょっと紅く染めて、ふにゃぁと緩い笑顔を浮かべた。


「…祐樹?」


いきなりの可愛らしい反応に、雄太は驚いて思わず手を離してしまう。
もしかして、自分に撫でられて嬉しいのか?と雄太はちょっと緊張してしまった。が、祐樹がふにゃふにゃ笑っているのはどうやら思い出し笑いの様子。
雄太のことなど1ミリも気にしていないようだ。

ふと、雄太はなんとなく鎌をかけてみたくなった。


「そういや、西條さん元気?」


びくっ、と祐樹の肩が跳ねる。
これではまだ意識の方向が恐怖かもしれない。
なので、じっと祐樹を見つめてみれば、


「え、?あー、元気だと思うけどッ?」


しどろもどろになりながら、よく分からない方向を見てそんなことを言っている。
そして紅くなった頬。


「…なんかされたのか?」


しかし、雄太は西條のあのキツそうな顔を思い出しもしかして無理やり何か致したのではないかと不安になった。


「なにをだよ!?」

「無理やりキスとかされてねぇ?」

「さ、されてねーよ!いいからバス乗るぞッ」


祐樹は逃げるようにして、ちょっと時間に遅れてやってきたバスに乗り込む。
バタバタと相変わらず走るときは煩い足音を立てながら、いつもの席に座った。

遅れて雄太もいつもの席に座り、相変わらずじろじろと祐樹を見つめる。
そんな雄太の視線などもう気にしていないのか、祐樹はまたまたぐるぐると西條のことを考え出した。

…このせいで、昨夜あまり眠ることが出来なかったのだ。恋わずらいは彼にとって初めてすぎるから。


(…き、キスって雄太は何を…確かに2回は確実にしたけど…あ、俺…西條さんとキスしたのか…

…ひぇええええ!)


頭から湯気が出るのではないか、というくらい祐樹は顔を真っ赤にさせ悶絶する。
想い人と気づく前とは言え2度も唇を重ねたのだ。
もう恥ずかしいやら嬉しいやら有り得ないやらで、祐樹はばたばたと身もだえした。


「…祐樹…?」


そんな祐樹を雄太は心底不思議な目で見つめる。
どうやら、この様子だと西條になにかされた訳ではないらしいが。…もしかしたら西條のことを。

分かりやすすぎる可愛らしい親友の反応に、雄太は学校に着いたらどうやってからかおうかと腹の中で笑いながら単語帳を開いた。


朝の暖かい日差しが、バスの窓越しにさんさんと降り注ぐ。
祐樹はその暖かさにまどろみながら、色んなことがありすぎた昨日のことをまた思い出していた。




そして、教室に着いて祐樹が単語帳を開いた瞬間。


「おい、祐樹。好きな人できたンだろ?」

「な!?え!?なに言って…!?」


案の定、雄太に詰め寄られたのだった。
普段よりもぐいぐいと攻めてこられ「吐け吐け」と脅されまくり、祐樹はとてつもなく逃げたくなったが、すんでのところでチャイムがなり何とか回避出来た。
まだ、誰にも言えないのだこの想いは。

むしろ、ずっと誰にも、本人にも言えないだろうと祐樹は分かっている。

昨日の夜、ずっと考えたことがあるからだ。



(…西條さんは、大人だし、男だから…俺なんか無理だろ)


それはごく自然に生まれる不安。
なんで好きになんてなったんだろ、と祐樹は今更ながら思いつつ、1時間目の教科書を開いた。


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