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夜も遅い上に、祐樹と祖母は車を運転できないのでまた西條の世話になった。
相変わらず心地の良い車内に、祐樹は祖母と並んで後部座席に乗る。
祖母に、3人なのだから祐樹は前に乗りなさいと言われたが何だか気恥ずかしくて拒否した。


「明日、祐美は祐樹の携帯電話にかけてくるのかい?」

のんびりと祖母は嬉しそうに祐樹に聞く。
祐樹は慌てて自分の携帯を取り出し、操作方法を教え始めた。電話がかかってきたらこの通話ボタンを押すという単純なものだが、ご年配の方にはそれだけで精一杯。
携帯って凄いわねぇ、と祖母は言いながら祐樹の携帯を受け取った。


「明日使わなくていいの?祐樹」

「うん、明日は5コマしかないから」

そもそもそんなに使ってないし…と、相変わらずの機械オンチな自分に少し恥ずかしくなる。
祐樹は最近になってようやくデコメールの意味をわかったばかりなのだ。少し前までは、よく件名に本文を入れて本文無し状態で送りつけるほどひどかったのだが。


祖母は大事そうにその携帯を受け取り、巾着へしまう。明日忘れないようにね、と言いながら。
出来たら充電することが望ましいのだが、それは家に帰ってこっそりやっておこう、と祐樹は口に出さない優しさを覚える。


しばらくすると、見知った家の前で車が止まる。
祐樹にとっては1日ぶりの帰宅である、岡崎家についたのだ。
祖母は何度も西條に向かって頭を下げ、「お世話になりました」とお礼を告げた。
西條は少し焦りながら「いえいえ、」と大人の対応をする。ちょっと祐樹は置いてけぼりを食らった。


「じゃあ祐樹帰りましょ…あ、そうだ!西條さんにぜひ食べてもらいたい美味しいお漬物があってね…ちょっと待っててください、持って来るわねぇ」


すると、急に祖母がそう言って早足で自宅へと戻る。
漬物は嫌いではないが、まさかこのタイミングで受け取るとは思わず西條は唖然。
とりあえず車内で待っているのも悪い気がするので、西條は祐樹と一緒にひとまず車を降りた。



車内のラジオが薄っすら聞こえるだけで、とても静かだ。
祐樹がふと夜空を見上げれば、最近まで続いていた雨模様が嘘のように晴れ晴れとプラネタリウムのように美しい星達が広がっている。
浅見はどちらかといえば田舎に近いので、空気が綺麗なおかげで星がよく見えるのだ。


綺麗だな、とぼんやり想いながら祐樹はふと溜息を吐く。
何だか、ひどく疲れた。


「飛行機でも見えンのか?」


隣で不思議そうに祐樹を見つめる西條。
確かに一生懸命ひたすら空を見上げる様子はちょっと変かもしれない。
祐樹は慌てて視線をまっすぐに戻し、


「違くて、ただ星が綺麗だなと…」


「ああ、この辺りはよく見えるよな」


以前のように西條と仲良く会話のキャッチボールを交わす。むしろ、以前よりもちょっと親しく。
何だかそれが嬉しくて、祐樹は西條に見えないように袖口に顔を埋めてはにかんだ。
そろそろ、その袖口も半袖に変わる季節だ。

ふと、西條はちらりと祐樹を見ながら小さく呟いた。



「…悪かった、変に無視してて」


「え、?あ、…あれ、びっくりしましたよ…俺、中條くんだと勘違いされたかと思ったっす」


「なんじゃそりゃ…どこをどう見れば中條とお前が一緒になるンだよ」


呆れたように西條は溜息を吐く。
どうやら祐樹の方が勘違いを起こしていた模様。
安堵と恥ずかしさが混じって、祐樹は「ふはぁ」と変な息を漏らした。

西條はちょっと変な顔をした祐樹に笑みを浮かべながら、数歩進んで祐樹の目前に立った。
相変わらず身長差12センチのおかげで、祐樹は西條を見上げ、西條は祐樹を見下ろす形になる。

祐樹がじっと西條を見上げると、月光を緩やかに後光として浴びた西條がちょっと意地悪に笑って、


「変な顔すンなよ」


ぐい、と祐樹の柔らかな頬を両手で掴んだ。
思い切り掴まれ、軽く引っ張られ驚きと痛みに祐樹はわたわたと手をばたつかせる。


「いひゃ、!?いひゃいいひゃい!」

「うわ!すげー伸びる!おもしれーな!」

げらげらと笑いながら西條はやっと祐樹の頬から手を離した。
いきなり何をするんだ、と祐樹は抗議しながらも触れられることと、なにより西條が笑ってくれることが嬉しくて、思わず言っていることとは裏腹に笑顔になる。
へにゃあ、と嬉しそうに笑う顔に、西條の胸は高鳴った。


ぱたぱた、と祐樹の家の奥から足音が聞こえてくる。
そろそろ帰る時間だ。
西條はちらりと玄関を見やってから、祐樹の頭を軽く撫でる。
西條に撫でられるのは初めてで、祐樹は驚きに目を丸くする。
すると、西條の第一声は。

「お前の泣き顔はブサイクだからな」

「ひ、ひどっ…!?」

なんて失礼なことだった。
しかし、本音はそこじゃあない。


西條はすぐに手を離して、
くしゃりと笑って囁いた。




「…笑ってる方がいい」



そっちのが俺は好きだな、と祐樹にも耳を澄まさないと聞こえないほどの声で囁いた。

祐樹はぱちくりと瞬きをしてその言葉の意味を理解しようとする。が、その前に祖母の元気な声が2人の間に割り入ってしまった。


「西條さん、お待たせしてすみませんねぇ…これ、どうぞお食べになって」


「ありがとうございます。…たくあん、俺好きですよ」

ちょっと冷蔵庫が大変なことになりそうだな、と思いながらも素直に嬉しいので西條はそれを受け取った。


西條が車に乗ると、祖母は柔らかく手を振った。
その手に答え、西條もやんわりと手を振る。
祐樹も手を振ろうとすると、パワーウィンドウが開いた。


「じゃあな、腹冷やして寝ンなよ」

また風邪ひくから、とちょっとバカにしつつもそう言葉で告げる。
祐樹も慌てて「だ、大丈夫っす!」と返事をして、手を振った。



車の排気音が遠ざかってゆく。
すっかり聞こえなくなり、近所から聞こえる若干の雑音だけが静かな町並みにやんわりと響いた。
その音を聞きながら、祖母は「さあ、お風呂入って明日に備えて寝ましょう」と祐樹に告げる。

しかし、祐樹は頬を押さえて、


「…さ、先行ってて…風呂も先いいよ」


と呟いた。
祖母は不思議に首を傾げながらも、祐樹の言葉に甘えつつもなるべく早く入りなさいとだけ言って先に家の中に入った。

祖母が玄関の引き戸を閉め、足音が奥に消えた途端。


祐樹はへなへなとその場に座り込んでしまった。
先ほど、西條に買ってもらったポッキーの残りを入れた袋がポケットの中でくしゃりと音を立てる。
それはちょろっと祐樹のポケットからはみ出て夜空を移し、虹色に光っていた。



祐樹は、自分の不思議な現象に混乱する。

(…な、なんだこれ、なんだこれ…)


ドキドキ、と高鳴り早くなる胸の鼓動。
それに合わせて熱くなってゆく頬に、何故か潤んでゆく瞳。
落ち着かない心の中は、ぜんぶ西條のことばかりで埋まってゆく。


先ほどの笑顔、悪戯に抓られた頬。
悲痛な嗚咽、泣き顔、抱きしめたときの体温。
自分に触れる大きな掌、呆れたような表情。
自分を、呼ぶ声。


きゅう、と祐樹の胸に締め付けられるようなちょっと苦しい痛みが走る。
なんだか、泣きそうだ。


でも、涙は出ない。
なぜならその「泣きそう」なことは、悲しくて切なくてという思いからではない。
幸せ、だから。


祐樹は、ぎゅうと目を閉じて両手で瞼を覆う。
ぐるぐるとする思考、どんどん高潮してゆく頬は耳まで真っ赤にさせた。




(どうしよう、俺、おれ…)




一緒に居たい、と思う気持ち。
それを現した一番の近道である言葉を、祐樹は見つけた。





(…好き、 西條さんのこと、が 好きだ)





改めてしっかとした言葉を心の中で何度も言えば、リアルに伝わる自分がどれほど西條を想っているかということ。
今まで気づかない自分、いや認めたくなかったのか無意識にその事実を避けていたのか。
それでも今、祐樹は確かに認めてしまった。


男同士とか、何歳も離れていることとか。
全て忘れて、祐樹はもう一度心の中で呟く。




(…西條さんが、好き)




初めて、こんなにも人を好きになった祐樹はあまりのことに混乱する。
慌てて脳内をリセットしようと立ち上がり、急いで自宅の中へと駆け込んだ。
しかし、そんなことでリセットなど出来るわけがない。
もう、気づいた想いは止められないのだ。



未だ高鳴る胸を押さえて、祐樹はまた玄関に座り込む。
頭を抱え、蹲りながらも祐樹はへにゃあ、と顔を綻ばせた。

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