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祐樹がやっと嗚咽を止め、ゆっくりと顔を離す。
おかげで涙と鼻水でだいぶ西條のシャツは汚れてしまった。慌てていると、西條もそれに気づいて名残惜しくも腕を離した。


「す、すいませんべちゃべちゃだ…!」


「洗えば何とかなんだろ」


さほど気にしていないのか、西條は軽くティッシュで濡れた部分を拭きながら、もう2枚ほど引き抜いて祐樹の鼻に押し付ける。
いきなりなので驚く祐樹だが、それを素直に受け取り鼻腔に残った鼻水を思い切りかんだ。
ちょっと恥ずかしいな、と想いつつそのティッシュをちょうど傍にあったゴミ箱に捨てる。

さて、祖父の病室へ戻ろう。
そう祐樹が西條に話しかけようとしたとき、ふとじっと自分を見つめる視線に気づく。


なんか、今までと違う気がするのだ。
祐樹には説明できない、その視線。
それもそのはずで、相手は恋心というか愛情くらいに発展している想いに気づき、認めたのだ。
…視線に熱が入っていても可笑しくは無い。
伝えてもいないので祐樹には分からないが。

(あ、あれ?あれ…?)


しかし、途端に祐樹の心拍数がどっと上がる。
頬が熱くなってゆき、思わず目を逸らしてしまう。
恥ずかしいような、嬉しいような不思議な感覚にひたすら内心疑問でいっぱいになった。

もう一度、恐る恐る西條を見上げようとした、そのとき。



ぐぅうう、きゅう。
なんて、間抜けで可愛らしい音が祐樹の腹から鳴った。


そういえば、祐樹は朝食以来何も食べていなかった。
あまりのタイミングの悪さに驚き、羞恥で祐樹は泣きそうになる。
なかなかいいムードだったのに台無しである。

しかし、西條はというと。
やっぱりいつも通り噴出して爆笑した。

「…お前、またか…!」

祐樹の空腹の音を聞いたのは二度目。
相変わらず間抜けな音に、西條は笑いが止まらなくなった。
いつまでも笑う西條に、祐樹は怒りと羞恥で思わずその腕に数発拳をいれる。と、言っても弱弱しいのだが。


「だって、俺朝からなんも食ってないし!」


「分かった、わーったから殴ンな…あーおもしれー!ほら、売店でなんか買ってやるから戻るぞ」


「え、ま また良いンすか…?」


「病室で腹ぐーぐー鳴らされるのも困りもんだろ」


くく、といつものように意地悪に笑って西條はポケットにしまってあった財布を取り出し部屋を出る。
ぽかん、と立ち尽くす祐樹の方を振り向きながら、


「ほら、行くぞ」


やんわり笑って手招きした。
祐樹の胸が、高鳴る。
何だかその仕草が、その笑顔がきらきら光っているように見えた。


「…はい!」


さっきまで、とても悲しくて切なかったのに今はとても嬉しい。
くるくる変わる心境に祐樹は不思議がりながらも、西條の隣へと駆けていった。

静かな病院の廊下、2人の足音とゆったりとした会話だけが響く。




祐樹が西條に買ってもらったポッキーを持ち、西條は祖父母への暖かいお茶を持って病室へ戻ると、2人は嬉しそうに微笑んで、薄っすら涙を滲ませながらビデオに映し出された娘の姿を見つめていた。

時間的に何度も見返しているのだろう。
飽きずに巻き戻しては、何度も娘の姿をじっと見つめている。

ずっと、疎遠になってしまった大事な娘。
久々に聞く声に、見る顔に、2人は心底嬉しそうであった。


「…祐美の笑顔が見れて、本当に嬉しい」


祖父は熱くなった目頭を押さえて、震える声をあげた。明日、直接電話が来ることを祐樹が伝えると、それこそ嬉しそうに祖父母は祐樹の両手を握り締める。
2人の嬉しそうな顔が見れて、祐樹はちょっと照れくさそうにはにかんだ。


「お前、これ撮りに1人で刑務所まで行ったのか?」


西條が初めて見る祐樹の母の映像をまじまじと見ながら、ふと疑問を投げかける。


「あ、うん…貯金だいぶ無くなったけど、新幹線とタクシーで」

へへ、と申し訳無さそうに笑うと、祖父母は2人共驚いて目を丸くする。
今まで、祐樹はあまり遠出したことが無いのだ。
1人でそんな遠いところに…!と2人共感動を覚える。
わしゃわしゃと祐樹の頭を祖父は撫で繰り回し、祖母は何度も軽く祐樹の背中を叩いた。


幸せそうな3人を見て、西條もふと笑みをもらす。
もう一度テレビ画面を見れば、祐樹によく似た母の笑顔もとても幸せそうに思える。


この家族に、涙は似合わない。
そう思えるほど、その幸せそうな笑顔は第三者の西條さえも幸せにさせるものだった。


ふと、祐樹はそろそろ面会が終わってしまうことに気づき、ゆっくりとベッドから離れる。
祖母も祐樹の隣につき、荷物をまとめ始めた。
また明日朝一番に来ますからね、と祖母は言いながらも少し寂しそうだった。長年連れ添ってきたのだ、どうせならば最期の最期まで共に居たい。

しかし、涙はもう流さなかった。



「じいちゃん、俺 もう泣かないからね。明日はじいちゃんの友達も連れて喋ろうな」



そう、祐樹の言うとおりである。
最期まで誰かの泣き顔を見るのは、とても悲しいことだ。自分のために、泣いてくれるのは幸せなことかもしれない。けれど、残り少ないのならば楽しく終わりたいじゃないか。

祖母も笑って、「私もまだまだ喋り足りないですからね」と告げる。
西條も「俺も良かったら話したいので」と少し遠慮がちに呟いた。



「…幸せものだなぁ、私は」


祖父も、いつものように皺に隠れた細い目を益々細くさせ、くしゃくしゃに笑った。


人生でこんなに素晴らしいことが、あっただろうかと思えるほどに。

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