5,
----------

相変わらず走るのが遅い祐樹に、西條は追いつこうと必死に走る。
途中途中で看護士や他の患者にぶつかりそうになりながらも必死に避けて、祐樹の細い腕を掴もうと必死に腕を伸ばしながら。

今、今掴まなければもうきっと二度と一緒にいることが出来ないと思えた。
駆け巡る思考は、あの過去のことばかりではなく今まで祐樹と過ごした時間。たとえ人生において少しの時間かもしれないが、とてつもなく大切なことだった。

望月に言われたこと、祐樹の祖父に伝えられたこと。
そして、自分で自分に問いかけた答え。


西條は、ようやく答えを出した。
だから今、この腕を!
そう必死に追いかけると、祐樹はねずみのようにどこかのドアへと入っていった。
西條も続けて入れば、そこは角部屋にある小さな談話室。この街全てが見通せる、とても開放感に溢れていたところだった。
ちょうど夕方で誰も居ないのか、2人の荒げた呼吸ばかりが響く。

祐樹もやっと逃げることを止め、その場に小さく佇む。振り返れない、逃げた矢先な上にまだ自分は泣きじゃくっているから。


どうしよう、そう思っていると。
祐樹の腕を、西條は必死に掴んだ。
ぎゅう、と逃がさぬように。力を込めて。


伝えなければ、自分の言葉で。
いつも西條は、言葉足らずで冗談やプライド、そして過去への怯えや祐樹に対するこの思いを信じたくなくてずっとずっと奥に追いやっていたから。
だから、今はまだ全部を伝えなくても、いいから。




(…俺は、俺は岡崎と幸せになりたい)





それを、認めるのは酷く怖い。
異性に向ける思いは、いとも簡単に認められるのになと西條は心の中で自嘲した。
そして、荒げた呼吸を整えて、西條は未だ振り向かない祐樹に、ゆっくりと告げてゆく。



「…お前がどこから聞いてたか知らねぇけど、」


祐樹の肩がびくりと跳ねる。
まだ、怖がっているのだろうかと西條は思い先ほどより掴む力を緩めた。


「俺は、家族を亡くして、…卯月を亡くして、ずっと独りだった」


他人から聞いたことはあるけれど、本人から直接聞くと重みが全く違うことに祐樹の胸は締め付けられるように痛む。


「…笑うだろ?25にもなってよ…ずるずる引きずって忘れたくないとか思ってるくせに、寂しいだなンて」


祐樹は必死に首を横に振る。
けれど西條の声に心どころか体も震えてうまく振ることが出来なかった。

大事な人を亡くして、忘れたくないと思う気持ちを恥じる要素など何一つ無い。
告げたいのに言葉が出ない祐樹。
それでも西條は、自分の言葉を、告げる。



「でも、俺がいつまでも思ってても誰も喜ばねぇ」


そう、自分を含めて。
亡くなった人は、覚えていてくれることは嬉しいけれど、きっといつまでも引きずられても嬉しくない。
彼等が喜ぶことは「覚えてくれていること」
「忘れられずにいること」ではない。


もう一度、西條はぎゅっと祐樹の腕を掴む力を込める。
口に出すことは、とても難しいことだから。


オレンジ色の光がいつの間にか消えうせ、いつの間にか空には星空が広がる。
ここの談話室は昼限定なのか、夜になっても明かりが点かない。外の月明かりだけが室内に広がり、2人を柔らかく包み込んでいた。




「…独りで居るのは嫌だ」



静か過ぎる部屋に響く切望。
今自分が言える最大の思いを、




「俺の勝手なわがままだ、けれど

…俺は、お前と一緒にいたい、」



ぎゅ、と西條は目を閉じる。
こんなに想って、伝える言葉の重みがひどく熱すぎて怖いのだ。
それでも、一番伝えたい言葉は飲み込む。
今はまだこれでいっぱいいっぱいだから。


西條が祐樹の腕を放そうとした瞬間、祐樹は思い切り振り返る。その衝撃に西條の腕は離れ、いきなりの行動に西條は目を丸くさせる。
ふざけるなと憤怒されるのか、と身構えた。
が、祐樹は。



「…西條さん…!」


初めて自分から西條の背中に腕を伸ばした。
ぎゅう、と力いっぱい目の前の男を抱きしめる。
先ほどから溢れていた涙が西條のシャツに染みを作るが、それよりもこの体の温かさと先ほどの言葉で思考はいっぱいで。

祐樹は、必死に嗚咽を堪えながら話し始めた。



「…西條さんは、弱くねぇよ…、俺はまだガキだから、わかんないけど、…寂しいのは、分かるよ…俺も、寂しいンだ…!」


諭したり、慰めたりすることはまだ出来ない。
なぜならまだ17のこどもだからだ。
けれど、西條の気持ちを全てではないけれども分かる。それは祐樹が西條を沢山思っているから。


祐樹は西條の胸に押し付けていた顔を上げ、祐樹を見下ろす西條の顔をじっと見つめた。
暗くてはっきりとしないが、目を丸くしている。




「俺も、…西條さんと、一緒にいたいよ」



航に言った言葉が、今ようやく本人に伝えることができた。そして、祐樹がやっと出来たこと。
今、彼は西條に甘えることが、出来たのだ。

ずっと、人に心配をかけてはいけない、甘えては迷惑になると押し留めていたこと。
それは父がいきなり居なくなったり、母すらも急に消えたりしたことへの不安と疑念で誰も信じることは出来なかったから。

その数十年間ガマンしてきた甘えを、祐樹は必死に西條にぶつける。
ぎゅうぎゅうと背骨を折るんじゃないかと想うぐらい抱きしめた。

その力に、西條の心は震える。
西條を求めて、西條の弱いところも全部受け止めている祐樹に。



そっと腕を回して、その体を抱き寄せた。
全身に伝わる温かみに、西條は目を閉じる。


愛しさが、溢れた。




今、もがき苦しんで認めなかった思いが、すとん、と心の中に納まる。
じんわりと暖かくなっていく心。



西條は祐樹の後頭部をくしゃくしゃに撫でながら、益々力を入れて抱き寄せた。





(… 好き、 好きだ)






(俺は、…こいつのことが、好きだ)




一緒にいたいだなんて、また随分と遠回りな思いを告げてしまった。
相変わらず俺はバカだな、なんて想いながら祐樹が泣き止むまで西條はこの体温と自分の思いを噛み締めるようにもう一度ゆっくりと瞼を閉じる。



いつもより大きい満月が、月明かりをより濃くして祐樹の髪をきらきらと輝かせていた。

- 103 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -