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すぐさま病室に入ればいいのに、その苦しそうな声が聞こえた途端祐樹は動けなくなった。
悲痛な声が西條のものだと知ると、何故か胸がひどく苦しくて痛い。

祖父の横たわるベッドは病室の一番奥。
手前のベッドとはカーテンで区切られ、入り口に居る祐樹からは3人の影しか見えなかった。

それでも、静か過ぎるこの病室にはしっかりと会話が祐樹の耳に響くようにして入ってくる。



「俺は、岡崎を泣かせたり、苦しめてばかりだから…」



違う、そんなことないと祐樹は言葉に出さず心の中で必死に叫んだ。
いつだって、自分と一緒に笑ってくれて、自分が明るく笑えて居られたのは西條と出会えてからなのに。
確かに自分は泣いていたけれど、苦しかったけれど、それよりも何倍も一緒に笑えることのほうが大きい。


「…家族を失って、勝手に岡崎を、…俺の世界に引き込もうとして、…アイツの将来も考えずに…」


西條の悲痛な思いが祐樹の全身に響く。



悲しくて、とても嬉しかった。
泣きそうに歪む顔に精一杯で、細かいことを考えれなかったが、西條が祐樹のことを思って避けていたのだと気づいたから。


震える腕を必死に押さえて、祐樹はもう一度2人の会話に、西條の声に耳を傾ける。
すると、祖父が柔らかくずっと祐樹の告げたかったことを、ちゃんとした言葉にして告げてくれた。



「…あなたは、幸せになっていいんだ」



それは、祐樹にも向けた言葉だった。
他の人のことばかり考えて、自分から逃げなくていいのだと。自分のことを考えて、自分が楽なように生きてもいいのだと。

祐樹は無意識に一歩前へ進む。
祖父の言葉に心を動かされ、嬉しくて仕方ないのだ。
ありがとう、と言いたい。
自分を育ててくれてありがとう、と。

しかし、直後。
西條の嗚咽交じりの言葉に、足は止まった。


「俺は、こんなに弱いのに…!」


初めて聞いた西條のこんなに弱った声。
そして、一歩前に進んだことにより見えた西條の姿は、神に答えを縋るかのように涙を流していた。



途端、ずっと抑えていた涙が溢れ出した。
西條に突き放されたときも、祖父が倒れ運び込まれたときも、母に会ったときも無意識にガマンしていたそれが、今。



(泣かないで、…!)


両親を失って、愛する人さえも失って孤独になったと気づいた瞬間、きっと西條はこんな風に泣いたのだろう。
祐樹は力を失い、そのまま床に膝をつく。



思わず持っていたビデオカメラが手から離れてしまい、音を立てて転がった。


その音に気づいた祖母が、カーテンから顔を出す。
彼女の瞳も涙に濡れていた。
その瞳が、祐樹を捉えた瞬間祖母は思わず祐樹の名を呼んでしまう。


その声も聞こえず、祐樹は嗚咽を漏らした。
幼い頃、苛められて帰って来た頃以来見たことの無い祐樹の泣いている姿に、祖母は慌てて駆け寄った。
祖父も動けない自分の体に怒りを覚えながらカーテンを引き、祐樹の姿を確認する。

その姿は、奥に座っていた西條の瞳にも写った。


祐樹は腕を震わせながら、必死にビデオカメラを取り、祐樹の傍に寄る祖母へそれを手渡す。
それよりも祐樹のことが心配な祖母は「大丈夫?」と聞くが、祐樹はその返答ではなく、


「…これ、じいちゃんと一緒に、見て…あと、俺の携帯持って、て…」


明日、電話が来るから。
涙に濡れた声でそう告げられ、祖母はただ祐樹の言葉に頷くしかなかった。



「…岡崎、お前いつから…」


涙を拭って、嗚咽を抑えた西條が慌てて祐樹のところへ駆け寄る。いつから居て、いつから泣いているのか。
また過呼吸を起こさないか、と心配になっての行動。

しかし祐樹は西條が目の前に来た瞬間、思わず立ち上がって踵を返し逃げる。
本当は声をかけたいのに、まだ西條のことが怖くて。
西條が自分を嫌ってあんなことをした訳ではないのだと分かっているのに。


「…岡崎!」


西條は急いで祐樹を追う。
その2人の後姿を見て、祖父母は何故かほっと安堵の息を漏らした。

祖母は祐樹に託されたビデオカメラを持ち、祖父の下へゆっくりと向かう。
しかしビデオカメラの使い方が分からないので、どうしようかと2人顔を見合わせて微笑みながら、ちょうど通りかかった看護士を呼んで動かし方を聞いた。

何だか、2人が幸せになれそうな感じがしたのだ。
確信も何もないけれど。

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