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祐樹が新幹線で向かっていたのは、以前暮らしていたあの場所。…彼の母がいる刑務所だった。

駅から遠いので、残高ギリギリまで下ろした貯金を使いタクシーで向かう。
運転手が寡黙な人だったので込み入ったことを聞かれず、祐樹はほっとしながら携帯を開いた。
思えば雄太にしか連絡を入れておらず、祖父母にも連絡を入れていない。
心配されるだろうか、と思ったが今はそれよりも祖父のことで忙しいだろうと踏んで連絡を居れず、携帯を閉じた。


30分後、やっと辿り着いた刑務所。
閑散とした場所にぽつんと建っているそこは、どこか薄気味悪くて。
国の建物とはいい、何だか古臭くて祐樹はぞっと背筋を凍らせた。
こういったホラーを思わせるようなものは苦手なのだ。
しかし、それ以上に、

十数年ぶりに会う母が怖かった。

憎くなどは無い。ただ、母との思い出が幼い頃で止まっているのでどうしたらいいのか分からないのだ。

それでも、前に進むしかない。
大丈夫、生きているのだからきっと通じ合うことは出来る。大丈夫だ!と祐樹は何度も心の中で連呼して、刑務所の受付へと向かっていった。




(…面会…誰だろう?)

一方、祐樹の母こと祐美は久々すぎる面会の知らせに不思議がりながら面会室へと向かう。
女性刑務官に連れられ、ぼんやりと自分の夫と息子を思い出していた。
もしかして、祐樹が来てくれたんじゃないか、と淡い期待を抱くも自分が彼にしてしまった罪を思うと「ありえないな」と小さく呟く。
きっと、こんな不甲斐ない母なんて憎んでいるでしょうね、と悲しそうに思いながら。


小さな面会室。
久々に来たそこを少し見渡してから、少し古い椅子へと腰掛ける。
どうやら高校生らしく、制服を着てちょこんと座る男子がガラス越しにじっと自分を見つめていた。
祐樹も確かこのくらいの年か、と思いながら弱くなった視力をフル活動させ、目を凝らす。


「…祐樹、?」


幼い頃の祐樹しか見ていない母。
しかし、居なくなってしまった夫によく似た髪質。
自分によく似た顔。ちょっとだけ違うけれども。
じっと自分を悲しそうに見つめるその瞳は、確かに自分の息子のものだった。


「…祐樹、祐樹!…ゆうき…!」

祐美はあまりのことに、思わず席を立ち上がりガラス越しだというのに祐樹を抱きしめたくて、ガタガタとガラスに擦り寄る。
愛しい息子、こんなにも大きくなって。

自分に会いに来てくれるなんて!

祐美はあふれ出る感情のまま、泣きはらした。
女性刑務官が静かに祐美をガラスから離す。
向こうで別の刑務官が祐樹と会話しているのを知っての行動である。


「そのような事情ならば仕方ないでしょう。もうすぐ刑期も終わりますし、許可します」


祐樹側の刑務官が祐樹に言ったその言葉だけが、祐美に聞こえた。
一体何なのだろうかと、祐美は疑問に思いながらも元気そうに育った息子を飽きずにいとおしげに見つめる。

祐樹はぎゅっと下唇を噛んで、必死に自分の感情を抑えた。本当は、「母さん!」と呼んで擦り寄りたい。泣かないでくれと懇願したい。
久しぶりに会った彼女は、少し更けて髪も短くなったけれど、何ら変わりない優しい母のままだったから。


けれど今は、それは正しい選択ではないと祐樹は決めたのだ。


許可されたことを本当に良かったと思いながら、持ってきたビデオカメラの電源を入れる。
不思議そうに見つめる祐美に、決死の思いで告げた。

それは彼女にとって酷く辛いことだから、だ。



「…母さん、…祖父ちゃんがもう長くないンだって。昨日倒れて今入院してるンだ。
だから、これに映って。電話と、手紙だけじゃ姿が見えないから」


祐美の大きな瞳が益々大きく開かれる。
父の死に目に、自分はなぜここに居るのだろうと苦しくなった。


「…お父さんっ…」

うわあ、と祐美は泣きじゃくる。
自分はなんて親不孝なんだ、と頭を抱えながら。
またあの時のように泣く母に、祐樹は泣きそうになる。なんでこんなことになってしまったんだろう、と神をも憎むほどに事実を恨んだ。

けれど、母のためにもちゃんと自分が動かなければ。
祐樹は一度自分の太ももを殴って、痛みで自分を抑えてからビデオカメラを彼女に向けた。


「…じいちゃんに、笑顔を見せて」

言葉を告げるのは、後から絶対電話と手紙で伝えるんだ、と祐樹は母に強く告げる。

その強い瞳に、祐美の涙が止まる。


「…祐樹、大きくなったわねぇ…」

以前会った父と同じセリフ。
思わず祐樹は「父さんと同じこと言ってる」とつい漏らしてしまった。
はっと、母のことに気づき、しまったと口を塞ぐ。
しかし、母は、


「…そう、やっぱりあの人もそう思ったのねぇ」

やんわりと笑ってそう呟いた。
その深い愛が見えて、祐樹は安堵の息を漏らす。
緩やかな暖かい空気に変わったところで、再生ボタンを押した。





「…お時間です」


約束の30分が来て、しばらく続けていた談笑を止められた。祐美は「もう?」と残念そうに女性刑務官を見るが、彼女達も仕事。迷惑をかける訳にはいかない。
祐樹は自分の荷物を確認して、名残惜しそうに席を立った。


「大丈夫、またね 母さん」


「…うん、またね祐樹。お菓子ばかりじゃなくてご飯も食べるのよ、もうちょっと太りなさい」


「わ、わかってるよ…!」


母らしい言葉をかけられ、祐樹は半分焦り、半分嬉しく思いながら刑務所を出て行った。


彼が出て行った後、祐美も刑務官と共に元の場所へと戻る。満足そうに笑みを浮かべながら、「明日の電話可能な時間はいつですか?」と問うた。
祐樹があんなにも頑張っているのだ、母であり娘である自分はもっと頑張らなければと思ってのことである。彼女にはもう自分を悲観する欠片は見えなくなっていた。
そんな彼女を見て、女性刑務官は笑みを隠しながら、明日の午後からだと告げた。





そして、祐樹が急いで帰りの新幹線に乗り、もう0に近い財布の中身を見て悲しくなりながらもやっと祖父の病室に辿り着いたとき。

西條の声が、聞こえたのだ。

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